先進国では「食品ロス」が問題となっていると同時に「食の貧困」も広がっている。
そんな中で、廃棄されていたであろう食品の寄付を受け付け、困窮者のお腹を満たす取り組みをおこなっているのがフードバンクだ。スウェーデンのストリートペーパー『Faktum』が、マルメ市とヨーテボリ市のフードバンクを訪れた。
スウェーデンのマルメ市。2009年にオープンした文化・社会活動の拠点「コントラプンクト*1」の受付カウンターに5人の女性が座っている。月曜から金曜まで、午後4時半にになるとここで食料品が配布されるのだ。
マルメ市のコントラプンクトには毎週2トンの食料品が届く Photo:Emma Larsson & Mario Prhat
*1 https://www.instagram.com/kontrapunktmalmo/?hl=ja
「食べものがムダになるのがたまらないんです」と言うミアは、ほぼ毎日ここに通っているという。「ここにいる人たちに会いたいのもあって、けっこう頻繁に来てますね」
他の女性たちに目をやり、「レシピや料理のヒントを交換したりもします。先週は配布された食料品にサワーミルクが入ってたのですが、使い方が分からなくて。そうだ、カッテージチーズを作れるかもとひらめき、さらにニンニクも加えてみました」と話すと、カウンターにいた女性がこの話に興味を持ち、「ミルクはどらくらい温めたの?」と訊く。別の女性も「最後に裏ごしもするの?」と話に加わった。
コントラプンクトに来た当初のミアの生活は、今とはかなり違った。「とにかく助けを必要としていました。でもここは困窮者のためだけではなく、食べ物を有効活用する場でもあるんだと知りました」と語る。「最近では、学校に通う姪たちに私がパンを届けています」
フードバンクの利用は恥ずかしいことではない
4時半近くになると列ができ始めた。利用者が1人ずつスロープの先に進むと、そこにはボランティアたちが準備した、食料品がぎっしり詰まった棚が並んでいる。持参した箱に欲しいものを詰めていく。豚肉を食べない人もいれば、肉類が一切ダメな人もいる。ヴィ―ガン*2 が少なくないのだ。*2 乳製品などを含む一切の動物性食品を摂取しない完全菜食主義者。
先頭にいるミアのカラフルなバッグは、パンやスプラウトの種、根菜でいっぱいだ。「おもしろそうな食べ物も選ぶの」とボランティアの配布係に話しかけると、アルファベットの形をしたパスタを1袋手に取った。
スウェーデンでは1人あたり年間97kgの食料品が廃棄され、その一部が困窮者に配布されている
Photo:Emma Larsson & Mario Prhat
列の少し後ろにいるのはフセイン。家族分の食料品を調達しに来る常連だ。「お金に余裕がないので、本当に助かってます」と言う。
列の後方には30代と思しき若いカップルが並んでいる。匿名を条件に話を聞くと、二人とも生活保護を受けており、やりくりが厳しくなったためここに来たとのこと。女性の方が「すばらしい場所です」と言うと、周りの人たちを見回し「こんなにニーズがあるんですから」とも。
話を聞いた利用者の多くが匿名を希望した。ここで食料品をもらうのは恥ずべきことなのだろうか?「いいえ、恥じる必要なんてありません。資源は有効活用すべきです」とミア。「今の時代、食べものも衣類も作り過ぎなんです」
次に並んでいたのは、セルビアからスウェーデンに移ってきたばかりという父親のセハディと二人の娘ナディア(8歳)とメリッサ(13歳)。セルビアでは木材伐採の仕事をしていたが、ここでは清掃の仕事を探していると言う。ソーセージ、パスタ、パン、葉物野菜を受け取り、妻と二人の息子が待つ家路についた。メリッサが「バイバイ」と笑顔で手を振ってくれた。
コントラプンクトに食料品をもらいにきたセルビア出身のセハディと二人の娘 Photo:Emma Larsson & Mario Prhat
スーパーで目にする商品はどんなものでも運び込まれる
この数時間前、コントラプンクトの新拠点(アネルンド地区)にある仮設フードバンクで、食料品の仕分け作業が行われていた。ここでは毎日、納入される食品の数量や納入元を記録し、基準に満たないものがないかをチェックした上で、配布先を決定している。マルメ市のコントラプンクトでは食料品の保管・配布を行っている Photo:Emma Larsson & Mario Prhat
保管場所がないから、商品が廃番になったから、賞味期限が切れたから、食料品がここに運び込まれる理由はさまざま。「秋はリンゴが大量に余ってましたが、最近は柑橘類が多いです」食料事業責任者ヨハンナ・アネマルムが言う。
大きな棚にはアボカドがうず高く積まれていた。アボカドは廃棄食材の代表だという。「スーパーでは熟れる直前のアボカドばかりが売れ、熟れたものは見向きもされない。おかげでいつも私はここで食べごろのアボカドに出会えています」とアネマルムは笑う。
今日は大量のブロッコリーとクレームフレーシュ*3 が届いた。透明パックに入ったラズベリーもある。「何が届くかは分からないので、こんな“訳あり商品”もあるんです」と、パッケージがボロボロになった洗濯用洗剤を手に取るベラ。スーパーで目にする商品ならどんなものでも運び込まれる可能性がある。
*3 北欧では一般的なサワークリームの一種。
コントラプンクトには、20名の正規スタッフと約150名のボランティアがいる。1週間に受け入れ可能な商品は約2トン。これを1日2トンさばけるようになることを2020年の目標としてきた。その他にも、新たなフードバンク拠点をつくること、すぐに使わなければいけない食材で調理して地域の人たちに提供する“フードロス・キッチン”の設置も予定している。
コントラプンクトは2020年に新たなフードバンク拠点を設けた Photo:Emma Larsson & Mario Prhat
困窮者に食料を届けるは「社会の責任」
「なぜ、食料の配布を担うことにしたのですか」と訊くと、「食料を必要な人々に届けることは社会の責任で、我々はその社会の一員。うまくいっていないと感じるなら、それを変えていくのは我々の仕事です」創設メンバーの一人で広報担当のヨハンナ・ニルソンが答えてくれた。公的支援が十分でないなら、コントラプンクトのようなNPOが果たす役割が極めて重要となってくる。ストックホルムのNPO「シティ・ミッション」では毎週40トンもの食料品の受入・配布を行っている*4。スウェーデンの貧困報告書で何度も取り上げられているとおり、「食」という最も基本的なニーズが満たされていないスウェーデン国民の数は増え続けており、子どものいる家庭や年金生活者を中心に、多くの人々が不安を抱えて生活している。
*4 150年の歴史がある非営利団体で、運営資金には公的資金も入っているがほとんどは民間寄付。 参照: Restorative Practices with Sweden's Homeless: The Stockholm City Mission
シティ・ミッションでは5年前から、助成金・フードバンク・調理済みの食事の提供などの支援を大々的に行っている。助成による食料品販売ではストックホルム市で最大規模だ。破格の安さで食料品を購入できる、通称「ソーシャル・スーパーマーケット」も市内で2ヶ所運営している*。
*参照: The Food Centre, Stockholm City Mission (Sweden)
福祉国家で「食の貧困」が起こる4つの理由とは
このように、シティ・ミッションやその他の任意組織が食料品の配給を実施しているわけだが、報告書でも指摘されている通り、発展した福祉国家でかつてない規模で食の支援が必要となっているのはなぜなのか。シティ・ミッションと共同で「福祉国家における食の貧困」に関する研究を行ったソーシャルワーク学のマグヌス・カールソン教授は4つの理由―「社会格差の広がり」「新たな社会的弱者層の出現」「国家が国民の食事に関与することの難しさ」「食の過剰生産」― を指摘する。
しかし、「食の貧困」などの根本的な問題を緩和する責任は本当に任意組織が負うべきものなのか? 「いいえ、本来ならこのような状況は福祉国家が目指すところではありません。しかし歴史を振り返っても、スウェーデンのすべての国民が十分な食べものを手に入れられたことはありません」
「いつの時代も“見過ごされる人たち” はいましたが、政治的な理念から、公式文書などには“スウェーデンに貧困はない”と書かれてきました。それだけに、こんな現状をなかなか直視できないのです」カールソン教授は言う。
スウェーデン環境保護庁によると、「食品ロス」は、生産・卸し・供給・小売店・レストラン・食堂・自宅など、フードチェーンのさまざまな段階で発生し、すべての流通量の10〜50%を占めることもある。しかも、単に食品が無駄になるだけではなく、食品の過剰生産によって約2百万トンの二酸化炭素が排出されるなど環境にも大きな影響を与えている。
第2の都市ヨーテボリ市でも食品センターを開設
ヨーテボリ市の「シティ・ミッション」には、毎週、食品卸売業者や食材メーカーから5.8トンもの廃棄食品が届けられる。これら大量の廃棄食品をさばくため、1年前に冷蔵庫と冷凍室付きの食品センターを開設した。食品を仕分け、文書記録を残してから、シティ・ミッションの各支部、食堂、困窮者支援団体などに配布している。配布先の一つが同市にあるスミルナ教会だ。この教会には、他の店舗や倉庫からも食品が送られてくるため、2019年初めに食品配給の新たな仕組みを取り入れた。利用者は3月か9月に登録すれば、週に1回、指定時間に来て、IDカードを見せると好きな食品を選ぶことができる。有効期間は6ヶ月だ。
現在では、毎週約270人に食品の詰め合わせボックスを配布している。中身はラザーニャの具材、パセリ、豚ヒレ肉、ほうれん草、サワードウブレッド、サワーミルク、クレメンタイン、リンゴ、皮むき加工したじゃがいも、ジャスミンライス等。
水曜午後の教会。「これは小麦粉?」配布された箱の中身を確認しながら若い女性が訊ねる。名前はキャロライン・ハンソン、9月から毎週ここに通っている。「こうした支援にとても助けられています」と言う。「今は薬物依存症回復プログラムを受けながら、人生をやり直そうとしているところ。依存症だったのはもう昔のことです」
「2時のは誰のかな?」コーディネーターを務めるティナ・ ブルーネゴートが大声を上げる。
アン・マリー・ハウクという女性が到着する。リストにチェックを付けると食料品配布コーナーに進み、今週分のボックスを受け取る。食料品配布コーナーは教会の奥に向かって3つの部屋に分かれている。最初の部屋でパンを、その隣で乾物系と葉野菜を、そして最後の部屋で冷蔵・冷凍食品を受け取る。
「最近は届けられる廃棄食品が少し減ってきました」とティナが言う。「おそらく、業者側が生産量を見直し始めているのでしょう。でも、今届く分で十分ですよ」
アン・マリー・ハウクがここに通い始めたのはつい最近のこと。DVシェルターで暮らしていたときにこのサービスを知ったという。「これから経済的に自立したいのなら、ここに登録して、少しでもお金を貯めないとと言われたのです」。彼女は腰を痛めており、2002年から障害者給付を受けている。
「私が一番なくて寂しいのは生活の社交的な部分」とハウク。「なので、こういう場所に来て、働いてる人たちと話せるのは、とてもありがたいです」
今日は、初めてここに来るという娘ニッキ(25)も一緒だ。ニッキも次回の申請期間がきたら登録したいと考えている。「今は失業給付だけで生活しているので、とても苦しいです。線維筋痛症*5 なので、働くこともできません。激しい痛みがあるので、精神的にもきついです」とニッキは言う。「服を買ったりもしたいけど、何より食べるものが先です。ここで少しでも食料品をいただけるなら、ずいぶん助かります」
*5 全身の強い痛みやこわばり、睡眠障害、うつ状態などさまざまな症状が生じる病気で、脳の機能障害が原因と考えられている。
数日後、アン・マリー・ハウクの自宅を訪れた。台所のカウンターにはトマトの缶詰と赤タマネギ、プラスチックのボウルには色とりどりのピーマンが置かれている。「おかしいでしょ。毎回たくさんピーマンをもらうの」と笑う。「値段が張るので、あまり買う人がいないのでしょうね」
教会で食料品を入手し、調理するアン・マリー・ハウク。
DVシェルターで暮らしていたときにフードバンクを利用し始めた Photo:Emma Larsson & Mario Prhat
スミルナ教会に通い始めてからというもの、冷凍庫に作り置きなどを保存する余裕も出てきた。これから野菜の煮込みを作るところだ。「最近買ってるのは牛乳、タマゴ、バターくらいで、お金の心配がずいぶん減りました。常に食べものがあると確信できています」
アン・マリー・ハウクの冷凍庫 Photo:Emma Larsson & Mario Prhat
一番多いのが家庭での廃棄
2018年、スウェーデン環境保護庁とリサイクル庁が国内の食品ロスの量が分かるマップを発表した。それによると、スウェーデンでは毎年130万トンの廃棄食品が発生しており、一番多いのが家庭で93万8千トン(1人あたり年に約97キロを廃棄している計算になる)、次に多いのが農業・漁業で9万8千トンだった。By Sandra Pandevski
Translated from Swedish via Translators Without Borders
Courtesy of Faktum / INSP.ngo
スウェーデンのストリートペーパー『Faktum』
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