地方の若者が仕事に就けず、自活できない状況になっていくのは日本もアメリカも似た状況だ。そんな状況を打破しようと、米コネチカット州ニューヘイブン(人口約13万人)で開発されたアプリ「ドリームキット(Dream Kit)」が話題を呼んでいる。主なターゲットは住まいが安定しない、またはホームレス状態にある若者(18-25歳未満)。オンライン上でさまざまなプログラムを受講し、各講座を完了すると特典としてギフトカードをもらえるのが特徴だ。

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Image by Kirill Averianov from Pixabay 

ライフスキル*1を修得できて報酬をもらえるアプリがある、初めてこの話を聞いたタイロン・ペン(21)は「そんなのあり得ない」と思った。手始めに「瞑想」や「メンタルヘルス」の講座を受講してみた。瞑想の方法の解説記事を読む、TEDトーク『傷つく心の力』を視聴する等、課題が提示される。講座修了で獲得した5ドル分のギフトカードは、生活用品の購入に充てた。

*1 日常生活におけるさまざまな問題や要求に対して、建設的かつ効果的に対処するために必要な能力(WHOの定義)

地元に住んでいるドリームキットの創業者マリナ・マルモレホ(26)のもとを訪ね、不明な点を聞いたこともあった。「マリナはいつでもすぐ対応してくれました」とペンは言う。そして2ヶ月ほど前、マルモレホから有給の「若者支援スペシャリスト」にならないかと声をかけられた。スタッフと住まいが安定しない境遇の若者たちとをつなぐパイプ役で、現在はペンを含めて4人がこのポストで働いている。「私も住まいが安定しない生活をしてきたので話がしやすく、深い部分で理解し合えるんです」とペンは言う。

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タイロン・ペン(21)はアプリ利用者として課題記事を読み、動画を視聴し、ギフトカードを獲得。
現在は「若者支援スペシャリスト」として、ホームレス状態にある他の若者にアプリ利用を呼びかけている/Photo courtesy DreamKit


イェール大学院生が考案した“ポップで前向き”なホームレス支援

2019年の夏にNPO法人化した「ドリームキット」。独自の報酬モデルにより若者のライフスキル修得が促進され、アプリ利用者への仕事紹介など地域社会との関係づくりにも役立っているという。「社会は好ましくない行動を見つけ出すのは得意ですが、若者の可能性を声高に伝えるのが上手いとは言えません」とマルモレホは語る。

イェール大学大学院(コネチカット州ニューヘイブン)で公衆衛生学を専攻していたマルモレホは、アプリ開発のアイデアについて、ユスフ・ランサム助教授に相談した。すると、ホームレス状態の若者といってもそれぞれ必要とするものは異なる、“やってみたい”と思わせる仕掛けが必要との意見をもらった。そこで生まれたのが、マルモレホが「ポイント型経済」と呼ぶ、「アプリ上でライフスキル修得をゲーム化し、金銭的報酬を得られる」仕組みだ。

2020年2月にアプリをリリース。「車やシェルターで寝泊まりしている、友人の家を泊まり歩く生活をしながらも、ホームレス状態にあると自覚していない若者はたくさんいます」とマルモレホ。「そんな若者たちにも受け入れられるよう、従来のホームレス支援と差別化をはかり、できるだけポップで前向きなブランディングを意識しました」

コロナ禍で対面からオンライン化。約50万円のギフトカードを配布済み

当初は、プロフィールを登録し、ケースワーカーとの面談などの対面イベントに参加するとポイントがもらえる仕組みだった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、3月からは方針を転換。若者約40名を対象に、「履歴書の書き方」や「性の健康」のオンラインコンテンツ提供を試験的に始めた。

講座を受講し、アンケートに回答すると、5ドル分のギフトカードがもらえる。受講は1週間に10プログラムまでなので、最大で50ドル(約5,200円)稼ぐことが可能だ。これまでに小売チェーンの最大手「ウォルマート」やフードデリバリーサービス「グラブハブ」で使えるギフトカード約5,000ドル分(約52万円)を配布した。若者たちは食料や衣服、衛生用品など生活必需品の購入に充てている。

運営スタッフとボランティアはほとんどが30歳未満。アンケートの回答やアプリ利用者への聞き取りも積極的に行い、サービス改善に取り組んでいる。「アンケートでは、学んだことや人に伝えたいことを記入する欄があって、これを読むのがいつも楽しみなんです」ボランティア・コーディネーターのケイトリン・マディガンは言う。

アプリ利用者が受講したプログラムや獲得した報酬はプロフィールページに反映される。「若者のスキル獲得状況を客観的データで示したいのです」と言うマルモレホは、プロフィール情報をまとめることで仕事に就けるチャンスにつなげられると確信している。

運営スタッフは地域の雇用主たちに働きかけ、若い従業員にどんなスキルを求めるのか、安定した住まいがない若者の雇用をためらう理由などについて聞き取り調査を行っている。後者への対策として、雇用開始から4週間の賃金は助成金を充てられるよう労働省にも掛け合っているところだ。

マルモレホの構想はこうだ。「雇用主とのインタビューから特定の能力を求めていることが分かったら、その情報を運営チームと共有し、ニーズに応えられるようなプログラムを迅速に準備する。そして後日、講座を修了し、求められているスキルを修得した者たちのリストを雇用主にお伝えする。そして、“4週間分の人件費は助成金が出るので、御社にリスクはありません。採用をご検討いただけませんか?”と持ちかけるのです」

17名の就労実現。今後は他の街への展開も

ドリームキット経由ですでに、ペンを含む17名の若者の就労が実現している。若者支援スペシャリストとして働いて数ヶ月、「多くのことを学びました」とペンは言う。最近では、SNSキャンペーンの責任者も任せられた。多くの若者にリーダーシップを発揮してもらいたいマルモレホは、「スタッフの半数程度はホームレス体験のある若者を採用したいと考えています」と言う。

事業拡大に向け、目下、協賛企業探しに取り組んでいる。「他の大手小売チェーンとも提携し、ギフトカードの提供などで協力してもらえたらと思っています」。さらに、アプリ利用者を対象としたオンライン就活イベントの開催など、コロナ禍におけるデジタル化の可能性も探っていきたい考えだ。

ドリームキットは生活が不安定な若者たちを地域の雇用主や資源とつなぐコミュニティ特化型アプリだ、とマルモレホは力を込める。「ニューヘイブンで運用実績を上げられれば、この仕組みを他の地域や都市にも展開していけるでしょう。そうなってこそ、このアプリの成功が確かなものになります。アプリの運営と同時に、ニューヘイブンの外にも目を向けていかなければなりません」

By Emily Nonko
Courtesy of INSP.ngo

Dream Kit 公式サイト
https://www.dreamkitapp.com

幼い頃からホームレス状態を経験してきたタイロン・ペイ、「ドリームキット」の意義を語る


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