2020年、新型コロナウイルスと緊急事態宣言による経済的な影響への対策として、一人につき10万円の特別定額給付金が給付された。
給付世帯の99.4%に支給されたが、そもそも「住民基本台帳に記録がない」人は案内が届かない運用のため、「家を失うほど困窮している人」が受給できないおそれがあった。
さらに2021年、新型コロナウイルスワクチン接種の機会についても、予約案内は郵送がほとんどだ。こちらも、住所のない人がワクチンを打ちたくても打てない恐れがある。
この問題について、「釜ヶ崎支援機構」事務局長の松本裕文さんが、行政や政治家に働きかけて行なってきた支援について解説する。
この記事は、大阪の市民団体「釜ヶ崎講座」(大阪)が開催した2021年8月7日の「釜ヶ崎講座シンポジウム〈コロナ禍の中での生活困窮者への支援活動をめぐって〉」レポートその4です。
家を失うほど困窮している人が給付金を受け取れない?
「特別定額給付金」は、住民票が置けるような安定した住まいを持たないホームレス状態の人が、特別定額給付金の受給対象から漏れてしまうという課題がある。 住民基本台帳に記録がない人でも、一律に給付が受けられるようにするためには、どのような支援が必要なのか。給付を受けるためには、生活保護を受けて住まいを構えて住民票を置くのが一般的だ。しかし、様々な事情でその方法が取れない人もいる。たとえば「生活困窮者自立支援法」に基づいて設置されている「あいりんシェルター」など、ホームレス状態の人が利用できる一時的な居所においては、住民票設置は認められていない。そうすると、「家を失うほど困窮している人」なのに、受給できない状態だったのだ。
釜ヶ崎の「あいりんシェルター」は、ベッド数532床、1日あたり約200人が宿泊している。通常は1日単位の宿泊だが、新型コロナウイルス感染拡大後は、1ヶ月間ベッド固定での使用とした。利用者の平均年齢は60歳を超える。
感染予防のため、医療用カーテンを設置したシェルター。
長く路上生活をしている人は、生活保護の申請を希望しないケースが多いが、それはどういう理由があるのだろうか。「働けるうちは自分で何とかしたい」「国の世話になりたくない」「親族も含め生活保護を受けることを避けている」という理由がよく聞かれる。中には「居宅保護になると借金の取り立てが来るので」という方もいる。生活保護を受けている間は借金を返す必要はないが、取り立てから逃げたいと思う気持ちはある意味自然なことである。借金にまつわるアドバイスを伝えるとともに、不当な取り立てが来ないように支援することが大事だ。
国会議員らに現状を周知、困窮者の権利擁護への動き
特別定額給付金の支給から漏れてしまう現状を周知する目的で、2020年6月13日、支援団体と国会議員や市議会議員らが集まり、勉強会を開催した。その4日後の2020年6月17日、総務省から「ホームレス等に対する住所認定の取扱いについて」という通知が出され、自治体が聞き取りにより本人の確認といずれの市町村にも住民票がないことを確認すれば、生活困窮者一時宿泊施設(シェルター)や簡易宿所など、宿泊期間に関わらず住民票を作成しうる生活の本拠となる場所としてみなされ、住民票をおけることになった。
支援団体によるヒアリング
これ以後、住民票の登録へ向けて活動を進め、あいりんシェルターでは2020年8月末までに約120人が住民票を置き、特別定額給付金を受けられることになった。
また、受給には本人確認書類が必要とされるが、ホームレス状態の人たちは持っていないことも多い。そこで、「特掃」(高齢者特別就労事業 *1)の登録カードが本人確認書類として認められることになった。
*1 特掃…釜ヶ崎の日雇い労働者と、市内で野宿生活を送る人たちのうち、55歳以上の方を対象に働く場を提供する事業。
このような給付漏れを防ぐ取り組みが行われた結果、かつて釜ヶ崎にあった「住民票消除(削除)問題 *2」も一部逆転し、ホームレス状態の方に対する権利擁護への動きが見られるようになった。
*2 大阪の釜ヶ崎で日雇い労働者の支援組織所在地にあった住民登録を、大阪市が「居住実態がない」として抹消した問題。
移動しながら働き、生活をする人たちにとって、短期間の宿泊であっても住民票を設置しやすいというのは利便性を高め、制度へのアクセスを容易にする。こうした取り組みは今後も推進されるべきものだ。
職権消除の問題
行政の職権で、住民票を消除する「職権消除」について、支援機構では1年間に渡り、大阪市役所の市民局、福祉局と話し合いを行なった。市民局では、選挙の公正性を重要視する観点から、宿泊が途切れた場合は早めに住民票を消除したい意向で、ワクチン接種券の再交付などを優先したい福祉局の意向とズレがあった。双方の調整後、最終的に「あいりんシェルター」においては利用が1年間ない場合、職権消除するということに落ち着いた。これは一般的な運用と同様となっている。
現在、職権消除の記録は150年保存となっており、消除となった場合も、あいりんシェルターに再度住民票を置きたい場合は、手続きをすればすぐ再設定できる。こうした制度の運用は、権利の擁護の観点からも一定の妥当性があり、これが釜ヶ崎の一部の取り組みにとどまらず、全国の都市部でも同じような動きが広がることを期待する。
国や総務省の長期的な計画から見えること
今後、将来的に住民票所在地による確認はなくなっていく可能性がある。つまりマイナンバーと預金通帳の紐付けが行われ、適宜スマホか通帳が維持されていれば、誰でも給付が受けられるようになっていくと推測する。各支援団体では、シェルターを活用しつつ、マイナンバー再発行の支援やスマホの使い方の支援に活動が切り替わっていくだろう。
課題は、国による管理の強化という方向につながることだ。税金や保険料などの未払いによる差し押さえも行われるかもしれない。また、住民票による本人確認がないということは、居住地が不安定な方たちの中にも、長期間住民票がどこにあるかわからない方が出てくる。そして「住民票をおけない」という問題がなくなり、不安定な居住状態の者はそのままずっと放っておかれるという可能性もある。
新型コロナワクチン接種支援の活動について
ワクチンは、住民票に登録されている住所に接種券が送られ、無償提供されることになっていた。西成区の公衆衛生施策を行なっている感染症対策担当は、新型コロナウイルスの担当者は置かれていない。その理由は、結核対策にのみ予算が付いているからである。これは公衆衛生の観点から疑問が残る。保健所は、居所や本人確認が多少あいまいであろうと広く接種を行う方針であったが、福祉局は接種会場ごとの基準にしたがいつつ、一般と困窮者の順番や優先度の兼ね合いを考慮するとした。しかし、「ホームレス状態だからこそ優先的にワクチンを打つべきではないか」という考えもある。
シェルター利用者、路上生活者へのワクチン接種支援
高齢者施設に準ずる施設として、あいりんシェルターを居所とする65歳以上の希望者が接種を受けた。接種場所は大阪社会医療センターで、2021年6月までに2回目の接種を完了した。ホームレス状態であるにもかかわらず、一般より少しだけ早い接種を進めることができた。しかし64歳以下では、高齢者ではない。64歳以下のシェルター利用者は永信防災会館の協力により、職域接種の枠を支援してもらい、希望した38人が接種した。(8月に大阪府済生会の協力により20人枠の接種を完了予定)
路上生活者には、支援団体の夜回りに参加する人たちがチラシの配布と相談窓口への誘導を行い、接種券が届かない人については NPO 職員がワクチン接種券の再交付申請を代行している。
国のワクチン供給不足が問題となったが、支援活動の中でヨコの繋がりがあった、地域の団体や医療機関に助けられて、今のところ接種は比較的スムーズに進んでいる状況である。
シェルター利用者は、集団生活を送るため、他の利用者に迷惑をかけたくないという意識があり、声掛けした人のうち90%以上が接種に至った。その一方で、シェルターを利用せず、路上で生活する人たちは健康管理にまで気を配る余裕がないためか、集団生活と対照的に孤立しているためか、接種をチラシなどで促しても積極的ではなく、現状2人しか接種していないのが課題である。
配布しているチラシ
ワクチン接種の進行状況
「あいりんシェルター」利用の65歳以上、90人が7月初旬で2回目まで接種完了となった。また、「あいりんシェルター」利用の64歳以下、38人が7月中に1回目を接種した。シェルター利用者を約200人と見ると、接種支援で1回目の接種に至った割合は65%以上。自分で接種を申し込む人も合わせると、国全体の接種率の動向に比してかなりの接種率に達する見通しである。しかし、出入りが激しい施設であるため、引き続き取り組みは続ける必要がある。
先述のように、路上生活者の健康管理意識を高め、接種へ促す取り組みには課題が残る。
記事作成協力:Y.T
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