「この豚たちは幸せ?」という問いに「もちろん!」と断言する女性は、ウルリク・シュライベール(50歳)。ハンブルグ市の境界にまたがって広がるヴルクスフェルデ農園で、有機農法による畜産業を営んでいる。深緑色の作業服姿で、誇らしげに豚舎を見せてくれた。
新鮮なわらに鼻を突っ込んでいる豚、隅っこでうとうとしている豚、活発に互いのからだを嗅ぎまわる豚たち......。「この豚舎の環境は最高だと思います」農業工学を学んだシュライベールは言う。
豚はいつでも屋外へ出て遊んだり、雨にあたって涼んだりできる。唯一足りないのは泥浴びくらいで、「それ以外は、豚たちがしたいことが何でもできるんです」とほほ笑む。まだ改善の余地はあるものの、よその窮屈な工場型の飼育施設とは比べものにならない環境だ。「養豚で大切なのは、歩み寄りの姿勢です」とシュライベールは説明する。「動物を扱いたいなら、その動物にとってどんな状況がベストなのかをしっかり考える必要があります」
約30年前から州基準よりも厳格なビオラント認証製品を生産
ヴルクスフェルデ農園の豚は、「ビオラント(Bioland)*1」認証を受けている。この認証を受けるには、飼育設備に関して州が定めるオーガニック製品基準よりも厳格な要件を満たす必要がある。州の基準だと従来よりも少し広い空間があればよしとされているが、ビオラントでは「動物ができる限り自由に快適に動きまわり、休息し、えさを食べ、互いに交流や繁殖活動ができる」環境が動物に適しているとされているのだ。*1 ドイツ最大のオーガニック生産者団体による認証。加盟する生産者は7千以上。厳格な基準を満たした高品質なオーガニック製品のみが認証を受けられる。
ヴルクスフェルデ農園では1989年に広大な土地を借り、この基準に沿って整備や農産物の生産をすすめ、1996年に10頭の豚を飼い始めた。飼料に遺伝子組み換えや農薬は使わず、「エコフィード」と呼ばれる人間の食べ残しや賞味期限切れのものを取り入れてきた。当初、このやり方は冷ややかな目で見られ、「やりすぎだろう」とも批判されたが、現在ではこの手法で220頭を飼育するまでになっている。
“肉市場の革命”なるか?!
この農場の肉製品は、農場併設の店でのみ購入できる。オーガニック食材はいまだニッチ市場ではあるものの、急速に伸びており、受けとめられ方も年々変化している。需要の高まりと高い利益率に大手小売店も目を向け始め、近年ではオーガニック商品の取り扱いを拡げるスーパーやディスカウントストアが増えている。大手ディスカウントストア「リドル (Lidl)」は、2020年にビオラント認証商品の取り扱いを始めた。2021年6月には大手ディスカウントストア「アルディ(Aldi)」が、肉製品について「2030年までに格安商品を完全になくす」との方針転換を発表。「レーヴェ(Rewe)」、「エデカ(Edeka)」、「カウフランド(Kaufland)」も同様の方針を発表し、劣悪な環境で育った家畜の肉製品は販売しない方向で進んでいる。
理屈の上では、動物虐待からの脱却の道筋がついたように思えるが、アルディの冷蔵製品の陳列棚に並ぶ商品が全てオーガニック食品になることは、10年やそこらでは難しいだろう。とはいえ、将来的にすべての精肉は、2019年に食品貿易協定が定めた農法基準の「レベル3もしくは4」を満たす製品になる予定だ(レベル1が最低基準で、数字が大きいほど、広い飼育スペース、質の良い飼料、新鮮な空気、屋外活動などに高い基準が求められる)。
オーガニック製品はこの中で最も高いレベルに分類されるが、レベル4の肉がすべて“オーガニック”というわけではない。例えば、抗生物質の使用は基準に含まれていないのだ。それに、たとえレベル4であっても、単に広いスペースがあって運動しやすいからといって家畜が幸せとは限らないと批判する向きもある。
とはいえ、このようなレベル分けがされていれば、消費者は商品のおおよその情報を得られ、買うものを選択しやすい。消費者センターがスーパーの肉売場の製品を調査した2019年、全製品のうち約半数が「レベル1」で、「レベル3もしくは4」の製品はわずか13パーセントだった。今後、レベルの高い製品だけが商品棚に並ぶことになれば、まさに“肉市場の革命”といえるだろう。
「方向性としては正しく、素晴らしいことです」シュライベールは言う。しかし、豚のサイズや脂肪量は常に同一ではない。スーパーとディスカウントストアには、従来の規定が適用され続けるわけではないことを留意してもらいたい。「変動に柔軟に対応できないようでは、オーガニックの理念は実現しません。そして、私たち有機農家がそこからきちんと収入を得なければならないことも、頭に入れておいてもらいたいです!」
今後もスーパーに製品を卸したい従来農法の農家にとって、この転換は大きな困難を伴うだろう。まずは豚舎を変える必要がある。このコストに尻込みする農家が多いことは、ハンブルグ農業組合も認識している。2020年からは、動物福祉チームが121の農家に対し、家畜に適した飼育所の改良を手助けしている。チームの報告によると、農家が最も懸念しているのは、飼育所を改築した後にも、しっかり利益を得られるだけの家畜を確保できるかどうかだ。「消費者は肉の適正な価格をわかっちゃいない」と嘆く農家もいる。
家畜への配慮が行き届いた飼育所では、工場型の飼育所ほど安価に家畜を飼えないのは事実だ。8月、アルディのセール品には350gのステーキが5.49ユーロ(約700円)だったのに対し、同じ量をヴルクスフェルデ農園で買うと15ユーロ(約1900円)する。「たくさんの人に買っていただけないのは本当に残念です」とシュライベール。
だが、ある「構想」がこれを変えられるかもしれないとも考えている。従来の飼育方法(肥料のやり過ぎなど)でダメージにさらされているのは、消費者の健康なのだ*。「州がもっと有機農家を支援してくれれば、商品価格を抑えられる仕組みをつくれるはずです」と示唆する。
*ほかにも、家畜、地球環境、食物連鎖、水質にもダメージを与え、費用も高いと指摘されている。参照:Problems with Conventional Agriculture
本当にその構想が実現できると考えているのだろうか? シュライベールは首を横に振りながら、「もちろん変化には時間がかかるでしょう」とこぼす。そして作業着の紐をぎゅっとつかみ、囲いの中にいる豚を見渡した。肉付きの良いピンク色の豚を指して、「あの豚はもう頃合いですね」と言う。「頃合い」とは、食肉処理をする準備が整ったということだ。生後9か月で130キロの重さになった豚は、長距離輸送を避けるため農場のすぐそばに建てられた処理工場に送られる。
ヴルクスフェルデ農園の豚にはゆったりとしたスペースが確保されている。 Credit: Mauricio Bustamente
農場での生活が21年になるシュライベールにとって、「頃合い」を迎えるときの罪悪感はなくなったという。「動物たちが幸せに暮らすためにできることは全てやりましたから、もう大丈夫です」。
By Benjamin Laufer
Translated from German by Lisa Luginbuhl
Courtesy of Hinz&Kunzt / International Network of Street Papers
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