多くの企業が環境目標を掲げて「環境への配慮」をアピールしている。米国ではSDGs(国連の掲げる持続可能な開発目標)に取り組み、持続可能性に関する報告書を発表することが常識となりつつあるが、実際にはどれほどの成果を挙げられているのだろうか。企業のサステナブル目標について研究しているピッツバーク大学のCBバタチャリヤ教授の見解を紹介しよう。


昔から、企業の第一目標は利潤の最大化にあり、持続可能性は「二の次」とか「主軸から外れたもの」とみなされてきた。「持続可能性の目標」を重要なビジネス戦略や、広報や人事、サプライチェーン管理に取り入れている企業はあまり多くなく、「持続可能性の取り組み」を専門部署に任せきりにし、従業員一人ひとりの情熱や創意工夫をみすみす逃してきたきらいがあるように思う。

しかし持続可能性とは、調達から廃棄に至るまで事業のあらゆる面に関係しているのだから、すべての部署で取り組みを浸透させることが重要である。国が明確な基準を示しているわけではないので、環境に対する責任を引き受けるかどうかは企業しだいである。目標を達成できる企業とできない企業、その違いはどこにあるのか。

*1 自社が掲げる持続可能性の目標を達成した企業はわずか2%だった(2016年度報告書)。

筆者は5年間にわたり、持続可能性の向上に取り組む多国籍企業25社のCEOや幹部、正社員など100人以上に聞き取り調査をおこない、実際に目標を達成できた企業とそうでない企業の違いを探った。その結果、重要なのは、「目的意識を共有し、従業員のハートをつかむ」ことにあると考える*2。新入社員から取締役にいたるまで、すべての人に当事者意識を持たせ、日々の業務の中で環境保護の責任を引き受けている感覚を持たせることだ。

*2 著書『Small Actions, Big Difference』に詳しい。 https://thecbsuite.com

当然のことながら、持続可能性を経営理念に組み込み、全従業員にしっかりメッセージを伝えている企業は、二酸化炭素排出量や廃棄物の削減といった目標達成で結果を出せている。3,000社以上の環境パフォーマンスや社会的責任、業績を10年単位で分析した筆者の研究でも、この傾向が裏付けられた。

photo1 (19)
目標を実現させたいなら、すべての従業員が企業が掲げる持続可能性のミッションを自分ごとに感じる必要がある。pcruciatti/Shutterstock.com

業績目標と社会的・環境的目標を組み合わせた「包括的ビジョン」があると回答した企業の方が、環境指標において優れた結果を出しており、財務実績も高い評価を得る傾向にある。従業員も利益より理念を優先する企業に好感を持つ。利益を凌駕する目的を明確に示すと従業員の共感を得やすいことは、研究からも明らかだ。すべては企業の存在意義を定義するところから始まる。「なぜ私たちはこの仕事をするのか」という最も重要な問いかけ、これを実践した3つの優良企業を紹介しよう。

従業員にメッセージを浸透させたユニリーバ

消費財大手ユニリーバのポール・ポールマンは、2009年にCEOに就任した際に痛感した。今日の世界における環境および社会に責任を負った新しいビジネスモデルに舵を切らないことには、同社は生き残れないと。そこで経営幹部チームと協力し、同社の新しい存在意義「サステナビリティを暮らしの”あたりまえ”に」を打ち立て、全社横断的な「サステナビリティ大使」の配置や公式YouTubeチャンネルでの発信などにより、従業員にメッセージを伝えた。インタビューに応じた従業員は、同社の新しい存在意義と企業文化を十分に理解していた。インドのある工場作業員は、その気持ちを「石けんを売るよりも人の命を救いたい」とも言った。

photo2 (10)
ユニリーバの持続可能性を高める上で、従業員の賛同を得ることが不可欠だった。(John Thys/AFP via Getty Images)


同社は2008〜2018年の間に、温室効果ガス排出量を52%、水の使用料を44%、廃棄物を97%削減したと発表。企業が発表する財務報告と同様に、持続可能性に係わる数値も会計事務所の監査を受け、検証されている。従業員間の意識統一が、ユニリーバ社が環境に優しい企業になることができたと経営陣は考えている。

マークス&スペンサー:「プランB」などない

英国の小売事業マークス&スペンサーでは、2007年より「プランA」と呼ばれる持続可能性を取り入れた事業を展開している。これには、現在の地球環境を考えると、次善案「プランB」などないという強い意思が込められている。

全社員にミッションを浸透させ、従業員の心に訴えるため、同社がさまざまな戦略を取り入れていることは、インタビューからも伺い知れた。たとえば有給ボランティア制度では、従業員は同社の店舗がある地域を訪れて気候変動の影響を伝え、その後は地元のパブで飲み会を開いてリラックスした雰囲気の中で環境危機について話し合っている。


photo3 (9)
2007年、地球温暖化対策を話し合う元英国首相トニー・ブレア(左)とマークス&スペンサーCEOスチュアート・ローズ(右端)(Leon Neal/AFP via Getty Images)


同社の二酸化炭素排出量は2007年から75%と大幅に減少、廃棄物は2009年から35%減少させ、埋め立て地に送られる廃棄物を出していない(同社発表の数字)。こうした取り組みの成果と言えるのではないだろうか。

ロジックで訴えるIBM

IBMでは以前より、サステナビリティ戦略において環境目標の設定は欠かせない要素である。しかし、従業員の心に訴えかけたマークス&スペンサーとは対照的で、IBMではロジカルかつ最終的な収益に訴えかけているところがITサービス企業らしい。

従業員は自身の目標を上司と話し合う際に、コスト削減および収益増加の見込みを明確にすることが求められる。そうすることで、自身が立てる目標の背景にある環境改善ポイントやその目的、ならびにビジネス上、そして社会にもたらせるメリットを理解することができる。

たとえば、十分に活用されていない複数のサーバーを、より大規模でエネルギー効率の良いサーバーに集約するという計画を立てる。使用電力を減らし、温室効果ガスの排出を抑えるだけでなく、物理的なスペースや電力、冷却設備の能力に余裕が生まれ、新たなビジネスに活用できる可能性が生まれる。そうすることが会社の利益アップや環境への配慮につながり、ひいては個々人の報酬アップや社会貢献の充実感にもつながる。そういったデータを見た従業員は、より意欲的にサステナブル向上に取り組めるのだろう。

IBMは2005年から2018年にかけて炭素排出量を3分の1削減し、2014年以降は無害な廃棄物を68%削減させた。残りの廃棄物のおよそ90%はリサイクルされている。

さらに大切な目標

筆者が行ったインタビューの他、さまざま調査や学術研究からも、今の時代の従業員(特に若年層)は、よりよい目的を掲げる企業で働きたいと考えている。幸いにも、収益以上のことを追求すると約束し、環境保護や地域社会を大切に考えることを企業理念に取り入れる企業は増えている。しかし、約束するだけではダメだ。真摯に取り組もうとしている企業でも、しっかりと従業員を巻き込んでいかないかぎり、目標達成は難しいだろう。従業員の小さな行動を積み重ねることが、企業としての大きな変化を起こすのだ。

photo4 (2)
2019年、グローバル気候マーチで抗議活動をするアマゾンほかIT企業の従業員たち。高い目標を掲げる企業で働きたいと考える人が増えていることを示す好例である。Karen Ducey/Getty Images

著者
CB Bhattacharya
Professor of Sustainability and Ethics, University of Pittsburgh


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2020年1月24日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?

ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。

ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

ビッグイシュー・オンラインサポーターについて


**新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急企画第8弾**


2021年12月6日(月)~2022年2月28日(月)まで受付。
販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2021/12/21589/








過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。