仕事を失い、寮を追い出されるか家賃を払えなくなり住むところを失った人や、路上生活者が生活保護を申請した場合、多くの場合は窓口で「無料低額宿泊所」を紹介される。これは強制ではないが、「他に宿泊できる場所はない」と案内されるので、頼れる人やお金のない人が室内で休みたいならここを利用するほかない。


この記事は2021年11月23日に行われたオンラインイベント「ハウジングファースト(HF)型シェルター実践交流会」での清野賢司さん(特定非営利活動法人 TENOHASI代表理事)のセッションを元に再構成しています。

無料低額宿泊所の課題

無料低額宿泊所とは

厚生労働省の調査(2018年)によると、570ある無料低額宿泊所のうち、約8割の451施設が「全室個室」としているが、そのうち80施設は間仕切壁が天井まで達していない居室「簡易個室」であり、壁がベニヤ板の仕切りというところもある。
また、広さも2畳もない個室もあれば、1つの部屋に2段ベッドを複数置いている施設もある。都内には1フロアに2段ベッドが10台以上設置されているところもあり、利用者は上の段か下の段を割り当てられる。2段ベッドにはカーテンがあるものの、寝返りの音すらすべて周囲に丸聞こえとなる施設もある。


「無料低額宿泊所」だが「無料」ではない

また「無料低額宿泊所」と言いながら、無料ではない。
生活保護費から居室使用料や食費、日用品費、水道光熱費などを徴収され、本人が使える金額は1日あたり300円程度ということもある。
このような状況では携帯料金の契約・支払いもできず、就職活動のための交通費すら捻出するのが難しい。「自立に向けた支援」とはいいがたい。

障害や精神疾患のある人の利用ハードル

さらに障害や精神疾患のある人が支援を求めて窓口に来た場合に、適切なケアがあるかといえばそうではない。生活保護の申請時には、やはり無料低額宿泊所に案内されるだけなので、生活音や集団生活をめぐる人間関係のトラブルで宿泊所を出ざるを得なくなり、路上に出ては別の無料低額宿泊所をさまようということも多い。

2009年末に行われた聴き取り調査によると、東京都心で路上生活をしている男性164人のうち、知的機能に何らかの軽度の障がいのあると疑われる人が28%、中等度の疑いのある人が6%いた。また、19%にアルコール依存症、15%にうつ病が認められるなど41%の人が何らかの精神疾患があると診察されたことからも、障害や精神疾患のある人にとって「無料低額宿泊所」が自立に向けた支援の場所であるとは考えにくいのだ。

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https://tenohasi.org/activity/log/

コロナ禍で困窮者からの生活相談が急増

居宅支援について、大きな進歩がないままにコロナ禍が襲ってきた。

炊き出し利用者・生活相談が急増
TENOHASIは、毎月第2・第4土曜日の炊き出し(現在はお弁当の配布)と、毎週水曜夜の都内での夜回りを実施。そこで出会った困窮者の生活・医療相談を行っている。

第2・第4土曜日の東池袋中央公園での炊き出しでは、2020年春以降のコロナ禍により、列に並ぶ生活困窮者が急増。2021年の冬は、リーマンショックを超えた過去最多を何度も更新している。

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生活相談に来る困窮者も大幅に増加した。2019年度は133人だったが、2020年度はその2.2倍の294人、そして現在の相談数のペースから予測すると、2021年度は約3倍の386人となる。

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2021年11月27日(土)東池袋中央公園の様子(TENOHASIのFacebook投稿より)

最後のセーフティーネット:生活保護利用のハードル

一方、公的制度の窓口はどのような状況だったのか。
生活保護申請件数の伸び率は、上記の炊き出しや生活相談の伸びと比べて低く、2020年度は、コロナ禍前の2019年度の2.3%増にとどまっている。

代わりに急増したのが貸付相談だ。緊急小口資金・総合支援資金の申請が激増し、全国で総額1兆円を超えた。その申請件数はリーマンショック時の80倍とされている。

困窮者・困窮世帯の最後のセーフティーネットである生活保護が使われない理由は、生活保護にネガティブなイメージがあること、また一部の福祉事務所で依然行われている「親族への扶養照会」、「窓口での水際対策」など、さまざまな要因が考えられる。

生活保護を受給してもプライバシーが保たれず、宿泊所にいられない。そもそも生活保護を受給するハードルも高い――少人数で泊まれるシェルターやシェアハウスなど、2010年から様々な形で家を失った人たちを支援してきたTENOHASIでは、集団生活型の居宅支援に限界を感じていた。

一方、ニューヨーク、フィラデルフィアなどで新しい支援のかたちとして広がりを見せていたのは、まず「安心できる住まいを無条件で提供」し、次に「孤立させない支援を行う」という「ハウジングファースト」型支援だった。この支援では、従来型の「施設→自立支援」では半数が挫折していたのと比べると、約9割の人が路上に戻ることないという。

そこでTENOHASIは、2016年からシェルター支援を個室アパートによる一時入居で行うようになった。現在、豊島区、練馬区、板橋区で合計20室が稼働している。

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個室アパート(シェルター)で支援を受けて、新しい住居に移るまでの流れは次のようになっている。

1.炊き出し、夜回りでの生活相談を受け、必要と思われる方にシェルターへの入居を案内。
・例えば、路上生活から生活保護で宿泊所、失踪を繰り返してきた方。
 (20~30回、なかには60回繰り返した方もいた。)
・精神疾患、知的障害を持つ方で、集団生活は難しいと思われる方。
・家族関係や生育歴に事情を抱えて、支援が必要と思われる方。
・個室希望の方。(もし空きがなければ待機者リストに入れる)

2.個室シェルターに入居し、4ヶ月間の定期借家契約を結ぶ。
契約名義人としてビッグイシュー基金・稲葉が協力する。

3.生活保護を申請する
すでに契約を結んだ部屋があるのでスムーズに受理される。

4.支援員が週1回訪問
新しい住居に移るために必須のものを揃えるなど、就職活動や生活上の問題解決のために支援を行う。
・住民票の設定
・マイナンバーカード取得
・携帯電話の購入
・心身の病気の治療、通院、服薬
(精神科・内科のゆうりんクリニックと連携団体を設立し支援を受けている)
・借金問題、就労支援、家族問題、DV、掃除、料理、金銭管理

5.アパート探し
・生活保護申請から1ヶ月~6ヶ月程度で、福祉事務所から転宅許可が出る。その後、一緒にアパートを探す。福祉事務所から許可が出ない場合、部屋探しをして一時金を申請する。
・アパート探しではサポートをしてくれる協力的な不動産会社を利用する。フットワークがよく、自社物件のある不動産会社も利用する。

6.転居完了

TENOHASIのハウジングファースト支援では約9割が個室アパートに定着

2016年から2021年3月末までにTENOHASIのシェルターを利用した方は60人、うち亡くなられた方は5人、失踪した方は4人。

また、アパートで生活中、または入院中の方は合わせて51人となっており、55人中51人が路上に戻らず、アメリカと同じく9割以上の方がアパート生活を維持し、ハウジングファースト実践での成果を上げていると言えるだろう。

しかし、再び住まいを失う恐れのある方はいると考えられる。一度失踪し、もう一度シェルターに入居された方もいて、その後も相談に応じている。

個室のハウジングファーストをスタンダードにするために

日本での一時宿泊支援は、まだ集団施設を利用するのが当たり前となっており、多くの人が次のステップに移れず、路上に戻ってしまっている。

清野さんは、各団体の実績を積み上げ、日本に適したあり方――「安心できる家と孤立しない関係性」をさらに追求し、困窮者にとって真に安心できる支援とはどういうものなのかを政策提言し改めて、これからの支援のかたちは「ハウジングファースト」を福祉のスタンダートとしていきたいと考えている。


清野賢司さん
中学校の社会科教員として30年間勤務。教員時代より、TENOHASIからホームレス状態の当事者を講師として授業に招くなど、差別やホームレスなど社会問題の教育に心血を注いだ。2004年、TENOHASI事務局長就任。2017年、教員を退職し専従となり、路上生活脱出支援に取り組んでいる。


次の記事は、NPO法人ビッグイシュー基金の理事であり一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事の稲葉剛とビッグイシュー基金スタッフの木津英昭のコロナ禍における支援現場から報告です。

記事作成協力:Y.T


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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。