「算数ができると得をする」ー小学生の頃、先生から言われたことはないだろうか。当時はそうは思えなかったかもしれないが、「先生の言い分」は多くの研究で実証されている。富や幸福度の捉え方と認知の役割を研究しているスウェーデンのヨーテボリ大学の心理学者らによる『The Conversation』寄稿記事を紹介しよう。


数学が得意な人たちは、そうでない人たちよりも概ね収入が高く、生活への満足度が高いことを、2021年11月に発表した論文*1で示した。だが、数学が得意なことは“諸刃の剣”でもあるようだ。というのも、数学に長けている人は収入が高いと満足度が高いのだが、収入が低いと(数学が苦手な人より)満足度も低くなりやすいのだ。

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数学が得意だと収入が増える一方、人生の満足度がお金とより結びついている。
Jonathan Kitchen/Digital Vision via Getty Images

お金をたくさん稼いでも人生の満足度や幸福度はある一定値までしか向上しないことは、多くの研究者たちが示唆してきた。筆者たちの今回の研究は、この考えにさらなる一石を投じ、「収入によってもたらされる満足度は、その人の数学の得意度と強い相関関係がある」ことを明らかにした。

*1 Money matters (especially if you are good at math): Numeracy, verbal intelligence, education, and income in satisfaction judgments


約6千人の米国人を対象に、数学能力と収入・満足度の関連性を調査

南カリフォルニア大学経済社会研究センターの研究パネル「Understanding America Study*2」を活用し、5748人の米国人を対象に、数学の能力、収入、人生の満足度の関係性を調査した。
被験者には、「世帯年収」と「人生への満足度(0から10で回答)」の2つの質問をし、さらに難易度の異なる数学の問題を8問出し、その能力を計った。(中級の問題例「ジェリーはクラスの中で上からも下からも15番目の点数を取った。クラスの生徒の人数は?」、答えは29人。)回答を集計して関連性を調べるとともに、数学能力や収入は教育レベルとも関連しているため、教育・言語能力・性格・その他の条件ごとの分析も行った。

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数学の能力、収入、人生の満足度について、約6千人を対象に調査。
PhotoAlto/Odilon Dimier via Getty Images

*2 膨大なデータを基にした研究促進の観点から2013年に設立されたパネル。多様な米国世帯が登録されており、月1〜2回のペースで各研究のオンライン調査に協力する。
https://uasdata.usc.edu/index.php

すると、数学の問題で正答数が1つ増えるごとに、解答者の年収は平均4,062ドル(約53万円)多くなり、数学が得意な人ほど多くの収入を得ていることが分かった。同じ教育レベルの人が2人いて、1人はテスト問題をすべて間違え、もう1人はすべて正解したとしよう。私たちの研究を踏まえると、全問正解した人は、全問誤答した人よりも、年収が約3万ドル(約400万円)多いということだ。

また、多くの先行研究が示すとおり、今回の調査でも、数学が得意な人は数学が苦手な人よりも人生への満足度が高く、「収入が人生の満足度に影響する」ことが示された。だが、こちらも先行研究にあるとおり、「お金が増えれば幸福度も増す」という単純な話ではなく、自分の収入への満足度は「他人の収入と比べてどう感じるか」によるところが大きいようだ。

一般的に、数学が得意な人たちはそうでない人たちよりも「数字による比較」をしがちである。そのため、数学が得意な人たちは収入の比較もしがちではないかと仮説を立てたのだが、まさにその通りの結果が得られた。

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数学テストの正答数が多い人(赤線)は、収入が高いと幸福度が高かった(一番右上)が、収入が低いと幸福度も下がった(一番左下)。線の色は、数学テストの正答数によって異なる。
Ellen Peters, Pär Bjälkebring, CC BY-ND

まとめると、数学が得意な人ほど、自分がどれだけ収入を得ているかを気にかける。そして、収入が高いと人生の満足度も高まる。だが、収入が満足度につながるということは、その逆も然りで、収入が下がると人生の満足度も下がる。逆に、数学が苦手な人たちは、収入と人生の満足度がそこまで直結していない。

つまり、同じ収入でも、個々人の数学の能力によってその捉え方は違ってくるようなのだ。

幸福度をお金で買える人とそうでない人

実際に立証され、よく引用される定説に、「年収が約9万5千ドル(約1200万円)に達すると、それ以上収入が増えても満足度が劇的に高まることはない」があり、これを「収入の飽和(income satiation)」という。

しかし今回の研究は、この一般論へ異議を唱えるかたちとなった。数学が得意な人たちに「収入の飽和」の兆候が見られなかったのだ。収入が増えるほど彼らの満足度は上がり、その上限はなさそうだった。しかし、数学が苦手な人にはこれは当てはまらず、年収5万ドル(約650万円)までは収入と満足度が連動していたが、収入がそれ以上増えても、満足度にはほとんど影響しなかった。

お金で幸福を買える人たちがいる。その理由を正確に理解するにはさらなる研究が必要だが、数学センスのある人たちは、収入も含め、数字を比べることで世界を知ろうとするからではないだろうか。しかし、数字を比べることは良いことばかりでもないようだ。逆に、数学が苦手な人たちは、収入以外から満足感を味わっているようだ。

もし、あなたが自分の収入に満足できていないのだとしたら、数字以外の何かに目を向けることが人生がうまくいく秘訣なのかもしれない。

著者
Pär Bjälkebring
Assistant Professor of Psychology, University of Gothenburg

Ellen Peters
Director, Center for Science Communication Research, University of Oregon


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年1月20日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

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