参議院選挙2022が近づいてきた。日本での国政選挙の投票率は年々じりじりと下降傾向にある*1 のはご承知の通りだが、世界的にも一部を除いて低下傾向にあるようだ。選挙で投票するか棄権するかの判断にはいくつもの要因が影響し、人によっても事情は異なる。なぜ選挙で「投票する人」と「投票しない人」がいるのかという問いに長年向き合ってきたモントリオール大学政治学部教授で選挙研究委員長を務めるアンドレ・ブライスが『The Conversation』の寄稿記事でこれまでの研究成果を概観している。

*1 参照:https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/ritu/index.html

合理的選択ではなく道徳的義務?

筆者は2000年に『To Vote or Not to Vote: The Merits and Limits of Rational Choice Theory(投票行動分析における合理的選択理論の効用と限界)』を出版した。「合理的選択理論」とは、人の行動は合理性を前提とするとの経済学の理論だが、当時は、政治学の分野でも議員や有権者の行動を説明するのに用いられていた。しかし、こと有権者に関しては、この理論はあてはめにくいことが判明した。

「合理的な」有権者は、何百万人もが投票する選挙では、自分の票が結果を左右する可能性は低いことを認識している。つまり、投票によって得られるものへの期待値は小さく、誰に投票するかを決める、投票所に出向く時間といった「手間」をかろうじて上回る程度だ。なので、人が合理性で行動するというのなら、「棄権」が正解となる。しかし実際には、(少なくとも国政選挙では)多くの人が投票していることを踏まえると(カナダの投票率はおよそ65〜75%)、この理論は矛盾している。

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2021年9月20日、モントリオール市にて連邦選挙の投票を終えた人々
THE CANADIAN PRESS/Graham Hughes

そこで筆者は数年かけて、投票率に関する先行研究を読み込むとともに、多岐にわたる研究を行なった。個人の行動を理解するのに相応しい調査研究を中心として、選挙結果の分析、半構造化インタビュー、合理的選択理論について説明を受けた学生のその後の投票行動の検証などだ。その結果、「合理的選択理論はそれほど役に立たない」との結論に至った。

多くの人は、投票するかしないかを損得勘定で判断しているわけではない。選挙で投票する主な理由は、「道徳的義務」を感じるから。合理的な判断よりも、倫理的な配慮が上回っているのだ。

しかし有権者の中には、投票に掛かる時間に投票意欲を削がれる人もいること、選挙結果が予測しづらいときには投票率が多少高くなる傾向があることを付け加えておきたい。なので、「合理的選択理論」を完全に否定するものではなく、それだけでは説明しきれないとの認識だ。

大人になるまでに形成される政治への価値観が強く影響

2020年には、教え子との共著で『The Motivation to Vote: Explaining Electoral Participation(投票意欲:選挙参加を解明する)』を出版した*2。この本では、投票するかしないかの判断は、「政治に関心はあるか?」「投票は義務だと思うか?」「結果が気になるか?」「投票は簡単にできるか?」の4つの問いへの答えで決まってくると述べた。

*2 The Motivation to Vote - Explaining Electoral Participation

政治に関心がある人であれば、「投票したい」との思いは当然だろう。同様に、政治に関心がない人にとっては、何もしない、つまり「棄権」が当然の選択となる。ただし、政治に関心がなくとも、投票が権利かつ義務であると認識していれば、「棄権」することに罪悪感を覚えるだろう。そこで、「政治への関心」と「義務感」が投票行動に強く関係していることを示し、そうした姿勢は20歳以降ほぼ変わらないとする研究*3 を引用した。そのため、人生の早い段階で形成される価値観、政治への関心度、義務感が、投票行動に強く影響することになる。

*3 参照:How Stable is the Sense of Civic Duty to Vote? A Panel Study on the Individual-Level Stability of the Attitude

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2021年9月10日ケベック州シャンブリーにて連邦選挙の期日前投票で列をなす人々。
The Canadian Press/Ryan Remiorz

「習慣説」や「政治的リソース不足説」への反論

この著書では、「投票率」に関して有力とされている学説の妥当性についても検証した。 有力学説の一つに、投票活動を「習慣」で説明するものがあるが、筆者たちはそれを“信ぴょう性に欠ける”と判断した。投票行動が時を経ても変わりにくい(ある選挙で投票あるいは棄権した人は、次の選挙でも同じ行動を取る可能性が高い)のは事実だが、英国の選挙データからはそれが過去の「習慣」によるものであるとの十分なエビデンスは見出せなかった。それよりも、人が投票または棄権し続けるのは、個々人の判断を突き動かす根強い価値観(政治への関心、市民としての義務、等)からきていると判断された*4。

*4 参照:Do Citizens Keep Voting or Abstaining by Habit? No

投票率が最も低いのは低所得、低学歴の有権者なので、それは政治的リソース(リテラシー)が足りていないからだとする説もあるが、我々はこれにも弱点を見いだした。確かに、所得や学歴は投票率と相関関係にあるが、それほど強いものではない。それに、大多数の有権者は投票に困難を感じていないことを踏まえると、リソース不足では説明しきれないように思う。参加すること自体にもっと障壁があるのならともかく、投票行動にはこのリソース不足説は当てはまらない。

主要な学説に反論したいだけなのかと言われるかもしれない。しかし政治学の研究者としては、科学的仮説であれ一般的な常識であれ、安易に納得せず、それが正しいかどうかを健全な懐疑心を持って精査することをモットーとしているし、それこそが研究者の務めではないのか。

著者
André Blais
Full Professor, Department of Political Science, Université de Montréal

サムネイル: beauty-box/Photo-AC


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年4月8日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
The Conversation

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