通常はホームレスの人たちが路上販売している雑誌『ビッグイシュー日本版』だが、ショップやカフェなど人の集まる場所であれば、ホームレスの人でなくともビッグイシューを販売できる「委託販売制度」がある。
今回は沖縄でこの委託販売制度を利用している「くじらブックス」店主の渡慶次(とけし)美帆さんに、委託販売を始めたきっかけやお客さんとの交流についてお話を伺った。
店主の渡慶次美帆さん
コロナ禍、沖縄でもビッグイシューを置けないかと思いつく
『ビッグイシュー日本版』の販売者が路上に立つ最南端は熊本だが、委託販売まで含めると沖縄でも同誌は販売されている。その一翼を担うのが八重瀬町屋宜原にあるくじらブックスだ。店主の渡慶次美帆さんは長らく全国に店舗を持つ大型書店に勤めていたが、2015年に「自分の能力を活かし、小さいながらも成り立つ仕組みを」と地元で独立。カフェを併設した本屋を開店した。カフェも併設するくじらブックス
「東京で書店に勤めていた頃に、雑誌を扱う部署にいたことがあるんですね。その時に『ビッグイシューは置いていますか』というお問い合わせを受けることがあって」。
表紙や裏表紙が話題の号についての問い合わせ電話から、『ビッグイシュー日本版』の存在を知ったという。「『ホームレスの人々を応援するために雑誌の路上販売がなされているんだ、そういう雑誌があるんだ』と、とても興味をそそられました」
その後地元に戻って自ら書店を始めた渡慶次さんは、コロナ禍で『ビッグイシュー日本版』のことを思い出すこととなった。
「沖縄には販売者さんがいないから『ビッグイシュー日本版』を読めないなと思っていたのですが、コロナ禍で路上に立つことができない販売者さんを助けるために『コロナ緊急3ヵ月通信販売』という制度が始まっていることを知りまして」
個人的に通信販売に申し込んで雑誌を読んでみると「他の雑誌では取り上げられないような、世界的で、社会性の高い記事が多い」と感じた。そして、はたと思いついた。『ビッグイシュー日本版』を自分の店で置いて、まだこの誌面・仕組みを知らない人に読んでもらえないか、と。その思いを大阪の本社に告げ、ほどなくして、くじらブックスの店頭に『ビッグイシュー日本版』が並ぶようになった。
水中遺跡にPFAS、 沖縄に関連した記事が嬉しい
「くじらブックス」の店内には渡慶次さんがセレクトした新刊や古本が並び、併設されたカフェでは父親特製のスパイスカレーを堪能することもできる。また母親が窯元から直接取り寄せた器も並ぶ。そこには老若男女を受け入れるアットホームな雰囲気が満ちている。自慢のチキンカレー
「コロナ禍ということもあり、最近は『家以外のところでちょっと一息つきたい』という方も多くいらっしゃいます。そうやってきていただいた方が少しでもくつろげる空間になっていればいいですね」
本棚には、文芸書、小説、社会問題を扱ったもの、フェミニズム関連と縦横無尽のテーマが並ぶ。だが多様性の中に、どこか一貫性がある。
多様性の中に、どこか一貫性のある店内
土地柄もあり、沖縄にちなんだ書籍も数多く置かれている。「くじらブックスは沖縄の南部にあり、糸満市や南城市につながる通り道にあります。この近くは戦跡も多く、避難場所や野戦病院にも使用されたガマ(自然洞窟)もたくさん残っている地域なんです。ひめゆり平和祈念資料館に行く時の通り道にもなっていますし。そういう意味でも戦争に関する本も置くようにしています」
『ビッグイシュー日本版』でも沖縄に関する記事が掲載されていることが嬉しいと語る。「435号の特集の水中遺跡も興味深く読みましたし、399号で特集されているPFAS(有機フッ素化合物)は沖縄県内外でも汚染が問題とされている物質*です。普通の雑誌では取り上げられないようなテーマも扱われていて、読み物としても満喫しています」
*厚生労働省の調査によると、沖縄の北谷浄水場が全国の浄水場のうち2番目にPFAS濃度が高い。県内の米軍基地周辺の河川などで高濃度で検出され、20年に米軍普天間飛行場から大量の泡消火剤の流出事故が起こるなどしている。
お店に入ってすぐの目立つ場所に設けている『ビッグイシュー日本版』販売コーナー
社会派の記事とともに著名人が飾る表紙も魅力の一つという。「先日も又吉さんの号(431号)をファンの方が買い占めて行かれましたし、(イギリスの元ビッグイシュー販売者とのやりとりが映画になった)猫のボブが表紙の号は他県からも問い合わせがありました」
ビッグイシューを置いていることは店にとって「プラス」
「ビッグイシューを置いてるというのは、プラスですね」と話す渡慶次さん。「お店に来たことない方が(委託販売をきっかけに)店に行ってみようということもありますし、(ビッグイシューの読者は)社会的な意識が高い人も多いので、店に置いてある他の本にも興味を持っていただくこともあります。」
ビッグイシューを買って下さるお客さんには、「定期購読制度もありますよ」とご案内し、店の売上よりも、多くのお客さんに店頭でビッグイシューを知ってもらうことを優先することもあるそうで、現状は、店に来て偶然ビッグイシューを知り、買ってくださる方のほうが多いという。
「“ビッグイシューを置いている”ということは、自分の考えや意識したいと思っていることの表明でもあります。なんでもできるわけではなく、少ししかできないけれど、少しずつでも考えたり、意識したりということをさせてもらう機会になっています」
役割分担して、沖縄の人たちにいろんな本を届けたい
子どもの頃から本好きで、バスを乗り継いで本屋に通っていたという渡慶次さん。「当時は、沖縄では読みたい本をなかなかリアルタイムで読むことができなかったんですよね。だから書店を営む今は、『あのお客さん、前はこの本を買っていったから、今度はこの本を仕入れておこう』という思いで本を発注しています。そういうお客さんとのコミュニケーションで小さいながらもこの場所は成り立っています。それが喜びでもありますね」
一方で、「小さいお店なので何もかもは置けないというジレンマはあります」と言う。「でも最近沖縄では、個人でやっている小さな本屋さんも増えてきていて、自分が何もかもやらなくても皆で役割分担していけばいいかなとも思っているんです」
「ちょっとした“自分のできること”をやっている」と話す渡慶次さん。来てくれるお客さんと、そして沖縄の他の本屋さんとともに、今日もくじらブックスはお店を開け、沖縄の出版文化に彩りを添えている。
(文章:八鍬加容子、写真提供:渡慶次美帆さん)
くじらブックス
https://www.instagram.com/kujirabooks.okinawa/ビッグイシューの委託販売制度について
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**新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急企画第10弾**
2022年6月8日(水)~2022年8月31日(水)まで受付。
販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/06/23648/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。