通常はホームレスの人たちが路上販売している雑誌『ビッグイシュー日本版』だが、ショップやカフェなど人の集まる場所であれば、ホームレスの人でなくともビッグイシューを販売できる「委託販売制度」がある。
栃木県では2022年8月現在、3つの拠点がこの制度を利用して販売しているが、一番初めに導入を決めたフェアトレードショップ&カフェ「コブル」代表の中尾貞人さんに、店に込めた想いや委託販売の魅力についてお話を伺った。


大量生産・大量消費の仕事から、持続可能を目指す仕事へ


新卒以来14年間、小売の企業に勤めていた中尾さんは当時、ある思いが募っていた。
「バイヤーをやっていたんですけど、大量に同じものを仕入れて大量に売る、場合によっては大安売りもする。このやり方を続けていいのかと疑問を持ったんです」

中尾
コブル代表、中尾貞人さん

もう少し持続可能な社会を作る手伝いをしたい--。その思いは日に日に大きくなり、一念発起した中尾さんは会社を辞めて社会的起業のセミナーに通い始めた。
「そこでフェアトレードという仕組み*を知って。またそのセミナーのつながりで知り合った同期の方がひきこもりの支援をされていて、少しお手伝いすることになったんです」

*フェアトレード:公正な取引の意。原料や製品を適正な価格で継続的に購入することを通して立場の弱い(主に途上国の)生産者や労働者の生活改善や自立、環境問題解決を支援する活動。

「フェアトレードとひきこもりって、別々のテーマのようにも思えますが、僕の中ではつながったんですよね。」

コブルのホームページにもこう記されている。
消費社会を支える部品の一つとして、社会に出て働いてたくさんお金を稼ぎ、たくさん消費をすることが求められています。

たくさんお金を稼ぐ。そのために競争を余儀なくされる社会。そして競争に勝った人が評価を得る一方で、その礎となり搾取される人たちがいる。

そのように社会に馴染めずひきこもったり、生きづらさを抱えたりする人たちがいる。それは自己責任なのでしょうか?
「海外で生きづらさを感じている人と国内で生きづらさを感じている人、それぞれに協力 したいという思いがあります。『Think Globally, Act Locally.』という言葉も念頭にありました」

ビッグイシューは社会課題に関心ある人と出会うためのツール

そんな中尾さんが参加したあるソーシャルビジネスに関するセミナーで、ビッグイシューについて取り上げられた。

「それまでもビッグイシューのことは知っていたのですが、そのセミナーでより詳しく社会的な意義を知ったんです。それで興味をもってホームページを見るとちょうど委託販売の制度が始まったと知って、すぐに連絡を取ったんです。もう5年くらい経つんじゃないでしょうか」

「フェアトレードショップ&カフェ」と「ひきこもり支援活動」というユニークな2本柱で活動を続ける「コブル」。カフェに集う人々も、ひきこもりの当事者の人たちから、活動に共感している支援者、またフェアトレードコーヒーに魅せられた方々など、多様だ。そして、『ビッグイシュー日本版』を店内に置くことでその多様性に幅が出ていると語る。

店内1
『ビッグイシュー日本版』も置かれている店内

「以前は『ビッグイシュー日本版』はターミナル駅前などの路上販売とバックナンバーのみの通信販売のどちらかでしか入手できませんでしたよね。でも、自分の地域にあれば定期的に買いたいという人は一定数いると思うんです。『ビッグイシュー日本版』を好きな人は社会問題に関心がある人が多く、そういう素敵な人たちと出会えるツールだと思います」

栃木にアトリエを構える世界的な画家・彫刻家の奈良美智さんが表紙を飾った号(400号)や、メタルダンス・ユニットBABYMETALの号(383号)は特にお客さんの反応が良かったという。

ビッグイシュー
反応の良かった奈良美智さんの号

中尾さん自身のお気に入りのコーナーは「ホームレス人生相談」だ。「ひきこもっている人は人生に思い悩んでいる人が多いのですが、協力している人間としてどういう声がけしていったらいいのかいつも考えています。その考え方のヒントが『ホームレス人生相談』にはあると思いますね。ハードな人生を歩んできた自分の経験も分かち合いながら、自然体で人に寄り添うというか。あたたかさと絶妙な距離感、それが醍醐味ですよね」

ひきこもり
ひきこもり支援活動の様子

“自己責任”が幅を効かせる社会で、想像力を働かせる

そう語る中尾さんは、最近の社会に寛容さが失われていることが気がかりだという。「社会的に弱い立場にある人に対して『自己責任』という言葉で片づけたり、不思議な価値観が幅を利かせていますよね。でも、社会的に弱い立場にある人たちが生きやすい社会というのは、誰にとっても生きやすい社会だと思う。そういう想像力を働かせることのできる社会になってほしいです」

当事者、支援者、はたまた美味しいフェアトレードコーヒーを求めてやってくる人たちや『ビッグイシュー日本版』を読みにやってくる人たちまで。「コブル」は今日も、多様な人々を受け入れている。

(文章:八鍬加容子、写真提供:一般社団法人コブル)


フェアトレードショップ&カフェ コブル
〒322-0073 栃木県鹿沼市西鹿沼町19-1
https://fairtrade-coblue.com/

※栃木にはあと2か所、ビッグイシューを販売している店があります。
https://www.bigissue.jp/buy/shop/

ビッグイシューの委託販売制度について
https://www.bigissue.jp/sell/in_your_shop/


「委託販売制度」を利用している人たちのインタビュー

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