通常はホームレスの人たちが路上販売している雑誌『ビッグイシュー日本版』だが、ショップやカフェなど人の集まる場所であれば、ホームレスの人でなくともビッグイシューを販売できる「委託販売制度」がある。

福島県では2022年9月現在、2つの拠点がこの制度を利用して販売しているが、そのうちの一つが作家の柳美里さんが店長を務める「フルハウス」だ。副店長の村上朝晴さんに、店に込めた想いや委託販売の魅力についてお話を伺った。


高校生の通学路に明かりを、と考え書店を始める

作家の柳美里さんが福島県南相馬市に本屋「フルハウス」を開店したのは2018年のこと。柳さんとともに店を切り盛りしてきた副店長の村上朝晴さんは、当時のことをこう振り返る。

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さまざまな言葉が書店を彩る

「ちょうどその頃、南相馬市小高区が避難区域だったのが解除されて、地元の高校が再開されることになったんですね。JR常磐線小高駅から高校までの通学路を約500人の生徒が登下校するんですけど、解除当時はまだこの辺りは店もまばらで、夜、明かりのないこの道を高校生が帰宅するのかと思うと、大人として何かできないだろうかと考えるようになったんです」

暗い通学路に灯を灯す何らかのお店ができないだろうか……。そう考えた2人が思いついたのが、本屋だった。「大入り満員」を意味し、柳さんの小説にもちなんだ「フルハウス」という名前を冠した本屋は、“来てくださった方が一生大事にしたいと思えそうな本”を1冊ずつ選んで並べ、夜道に明かりを灯してきた。

「開店当初から毎日のように来てくれていた高校生が先日卒業をして、地元の企業に就職したんですけど、『初任給が入ったので、本を買いに来ました』って訪ねてきてくれて。すごく嬉しかったですね」

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フルハウス外観

「お客さんと話をする店」ならビッグイシューは合っている

地元の人に愛されている「フルハウス」だが、遠路はるばる東京や関西、時には北海道から飛行機に乗って訪れる人もいるという。

「フルハウスをきっかけに、『初めて東北に来ました』『初めて福島に来ました』という人もいて、そういう時にはやはりやりがいを感じますよね。実際に来て、実態がどうか、自分の目で見てもらうきっかけになっているとするならば、フルハウスをやっている意味があると思います」

2020年からはカフェも併設。設計は、建築家の坂茂(ばん・しげる)さんが手がけた。10人がけの大テーブルでは地元の人と遠方からのお客さんが語らうこともコロナ前にはよく見られた光景だという。

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地元産の食材をふんだんに使ったメニュー

「本屋とか図書館って私語をすると『しーっ、静かに』というのが暗黙の了解になっていますが、僕は本屋ほどお話をした方がいい場所ってないと思ってるんです。こんなに話題の宝庫なのにおしゃべりしないのはもったいない」

「だから、お店に来た人にも『いらっしゃいませ』ではなく『こんにちは』って声をかけるんです。『いらっしゃいませ』に返す言葉ってあんまりないですけど、『こんにちは』だったら、ひとつ会話が生まれますよね。店員とお客さんという関係性ではなく、もう少し自然にお話ができる関係性を築いていきたいんです」

「そういう空間にビッグイシューは合うと思う」と村上さんが言うのは、店内に置かれた100冊以上の『ビッグイシュー日本版』がそんな会話の糸口になることも多いからだ。

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“レコードショップでレコードのジャケットを並べて見せる感じ”でビッグイシューを並べている

「並んだ表紙を見て“名前は知っていたけれど、手に取ったことはなかった”という方もいらっしゃって。うちはバックナンバーをあるだけすべて取り寄せて並べているので、ぜひ手に取ってもらいたいなと思いますね。」

性別問わずいろんな世代が買ってくださるそうだが、この店で反響が大きいのは、震災以降毎年3月に行っている426号402号などの福島特集だという。

「『ビッグイシュー日本版』のよいところは、バックナンバーでも情報を古いと感じさせないところ。そして中身もですが、仕組みがいいですよね。『ホームレス』という現象としてではなく、“○○さん”と名前で販売者さんと出会い、その人のことを知る。それが、本当の意味で『知る』ということだと思いますから」

お客さんといっしょに長い時間を過ごしていきたい

柳さんと村上さんが南相馬市とかかわりを持ったのは、2011年の4月にさかのぼる。震災直後の浜通りを見て回り、以降、自宅のある神奈川県鎌倉市から月1回くらいほどのペースで通っていた。その後、地元のラジオ局の人と知り合ったのが縁で2012年3月から「ふたりとひとり」という番組を週に1回放送することになった。南相馬市に縁のあるふたりから柳美里さんが話を聞く、という30分番組で、臨時災害放送局「南相馬ひばりFM」が閉局する2018年3月までの間に約600人の方々の話を聞いた。

そうして知り合いが増えていく中で、2人は2015年に南相馬市に移住。3年後に「フルハウス」を開店。今後は小劇場の建設も予定しているという。

「今は絵本を買ってもらっている子が10年、15年と経って思春期になったときにも、自分に合った本を読むのにフルハウスが必要と思ってくれたらうれしいですね。いっしょに時間を過ごし、いっしょに成長していけたらなと思っています。」

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副店長の村上朝晴さん

(文章:八鍬加容子、写真提供:フルハウス)


ブックカフェ「フルハウス」
〒 979-2121
福島県南相馬市小高区東町1-10
TEL: 0244-26-5080
https://odaka-fullhouse.jp/

店長で作家の柳美里さんはTHE BIG ISSUE JAPAN439号の「リレーインタビュー・私の分岐点」に登場いただいています。
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  https://www.bigissue.jp/backnumber/439/

※福島にはあと1か所、ビッグイシューを販売している店があります。
https://www.bigissue.jp/buy/shop/

*ビッグイシューの委託販売制度について
  https://www.bigissue.jp/sell/in_your_shop/



『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
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3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/



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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。