英国のポップカルチャーに多大な影響を与えてきた国民的長寿SFドラマシリーズ『ドクター・フー』。主人公ドクター役の14代目に、初の黒人俳優ンクーティ・ガトワ(29歳)が抜擢された。温かい人柄にユーモアと熱意をあわせ持つガトワは、Netflixの世界的ヒット作『セックス・エデュケーション』でもよく知られている。さらに、『ドクター・フー』の製作総指揮にラッセル・T・デイヴィスの復帰も報じられ、ひときわエキサイティングな展開が期待されている。
The future is here! Ncuti Gatwa is the Doctor. ❤️❤️➕🟦 #DoctorWho
— Doctor Who (@bbcdoctorwho) May 8, 2022
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才能豊かなガトワについて、デイヴィスはこう語る。「彼は周りを驚かせ、あっという間にドクター役を手にし、ターディス*1 のキーを手に入れた。彼と仕事をするのは光栄だし、とても愉快だ。撮影が待ち遠しいよ」(※新シリーズは2023年に放送予定)
*1『ドクター・フー』に登場するタイムマシンの名称。
ルワンダ移民、役者をしながらもホームレス状態だった過去
ガトワはルワンダ生まれ。両親と一緒に内戦を逃れて出国したのは、わずか2歳のときだ。スコットランドに移住し、エディンバラの高校に通った後、グラスゴーにある英国王立スコットランド音楽院で演劇を学んだ。21歳でロンドンに移り住み、派遣社員として働きながら、劇場に出演していた。「21歳のときにスコットランドからロンドンに来て、仕事や機会には恵まれました。シェークスピア・グローブ劇場に1年いて、フィジカルシアター集団ニーハイ・シアターの舞台にもたくさん出演していましたしね。でも食費に家賃に光熱費、交通費、オーディションの受験、経済的に本当に厳しかった」とこぼす。俳優活動をしながらも、『セックス・エデュケーション』で名声を得るまでのガトワは住所不定の状態にあったという*2。「常に仕事はあったけど、それでもロンドンで生活していくのは無理だと思いました。何もかもがあまりに高くつきますから」
*2 参照: Sex Education star Ncuti Gatwa: “I was homeless and working in Harrods”
「『セックス・エデュケーション』の出演が決まるまでの5ヶ月間は、友人の家を泊まり歩いていました。いわゆるホームレス状態*だったのです。友人がいたから、路上生活こそ免れましたけど」
*イギリスでの「ホームレス」の定義は「友人の家に居候している人」、「28日以内に家を失う可能性のある人」など、不安定な居住の状態にある人、住宅喪失リスクのある人も「ホームレス支援」対象者に含まれる。
「でも人の親切は無限ではありませんし、いつでも助けを求められるわけではありません。プライドが邪魔をすることだってあります。『セックス・エデュケーション』以前は、今とはまったく違う生活でした。オーディションに行くにも、友人に10ポンド(約1600円)送金してもらって、なんとかオイスターカード*3に入金していたくらいです」
*3 ロンドン市内の交通機関で利用できるプリペイドICカード。
最高級デパート「ハロッズ」で派遣で働いていたときにも住所がなかったという。「スタッフとしてふさわしい洗練された服装をしろと言われていたので、トレンチコートをはおり、ブローグシューズをはいて通勤していました。通勤中の私を見かけても、まさか仕事後にあちこちに電話をかけて、その日の寝床を探す人には見えなかったでしょう。まったくおかしな話ですよ」
mikeinlondon/iStockphoto
「自分がこれまでどれだけ恵まれていたかがよく分かりました。通りをゆく人々を眺めて『家に帰って自分のベッドで寝られるなんて、君たちはなんて幸せなんだ』と思いながら、最高級のものでは7千ポンド(約112万円)もする香水を売ってたんです。ハロッズで働きながら家もない、ロンドンでこんな境遇にある人は他にいるのかなって......」
『セックス・エデュケーション』への抜擢で人生が激変
『セックス・エデュケーション』で人気俳優たちとの共演を果たし、ガトワの人生は劇的に変わった。英国アカデミー賞に3度ノミネートされ、英国アカデミースコットランド賞では主演男優賞を受賞、2020年にはブロードキャスティング・プレス・ギルドから名誉あるブレークスルー賞を授与された。Instagramでは約265万ものフォロワーが、彼のセンスあふれる発信を楽しんでいる。これまでの快進撃を踏まえると、『ドクター・フー』へのキャスティングは当然の成り行きであろう。「この役を演じることは、私を含め、世界中の多くの人たちに大きな意味があります。すばらしい先輩方が最大限の努力を払い、この特別な役を引き継いできたのですから」
「私も同じことができるよう、最大限の努力をしたいと思っています。ドクターと同じくらい象徴的な存在となっている(製作総指揮の)ラッセル・T・デイヴィスを一緒に仕事ができるなんて、夢が叶いました。彼の脚本はダイナミックかつエキサイティング、すばらしく知的で刺激たっぷりですからね」
「撮影現場はまさに俳優たちの“遊び場”となっています。チーム全体がとても居心地良く、みんなが全力を尽くしています。大変な仕事ではありますが、しっかり支えてくれる家族の一員になれたと感じています。ドクターと違って私には心臓は一つしかありませんが、そのすべてをこの作品に捧げていくつもりです」
『ビッグイシュー』誌だからこそ語ったホームレス体験
2020年にブレークスルー賞を獲得したときにも、ガトワは『ビッグイシュー』誌のインタビューに応じてくれた。世間話を交えて終始笑いながらも、自身のホームレス経験について文章を書きたいと言い、『ビッグイシュー』への寄稿が決まった。大きな話題を呼んだその記事*4 で、ガトワは現在食べ物に困っている多くの人と同じで、自分も食費の捻出が難しかった時期があると打ち明けた。「1日1食しか食べられず体重が減ったのに、周りからは痩せて健康そうと言われたものです」*4 参照:EXCLUSIVE: Sex Education star Ncuti Gatwa on his experience of homelessness
友人宅を泊まり歩いていた時期を振り返って、こう語る。「きつかったです。いくら友人たちが親切でも限界があります。電気や水を使わせてもらうばかりで、自分が彼らの重荷になっているのがよくわかり、ひどい気分でした。どれだけいい人でも、他人と同じベッドで寝るのは、いい気持ちはしないでしょう」
「どんどん気持ちが塞ぎ込んでいきました。でも、落ち込んでいることを友人たちに知られたら、さらなる重荷になってしまうでしょうから、なるべく気づかれないようにしていました」
「こんな目に遭っているのは自分だけではと孤独感にさいなまれていました。でも、昨年だけで11万人超の若者がホームレス状態またはそのリスクがあるからと自治体に相談している悲しい現実があるのですよね*5」
*5 参照:Youth homelessness has risen 40% in five years, says UK charity
By Adrian Lobb
Courtesy of the International Network of Street Papers / The Big Issue UK bigissue.com @BigIssue
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