さまざまな物・サービスの値上げが相次ぎ、人々の暮らしを直撃しているなか、日本政府は減税どころか消費税増税を検討しているという。庶民ほど苦しい状況が続いているが、海外では桁違いの大富豪みずからが「富裕層への公正な課税」を声高に訴える動きも起きている。大富豪の相続人マリーナ・エンゲルホルンに、オーストリアのストリートペーパー『20er』がインタビューした。


マリーナ・エンゲルホルン
1992年、オーストリア生まれ。世界最大の総合化学メーカーBASF社の創設者の一人、トラウデル・エンゲルホルンの孫。大富豪の祖父から高額を相続したが、その90%の受け取りを拒否したことで注目を浴びている。お金をテーマとした『Geld(Money)』の著者。

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マリーナ・エンゲルホルンの著書『Geld(Money)』

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20er: 一般的には「お金の話はするな、ただ持っておけばよい」と言われますが、大富豪の相続人として大金を手にしたあなたはお金について語ることを選び、今年9月にはお金をテーマとした著書『Geld(Money)』も出版しました。その目指すところは?

マリーナ・エンゲルホルン:富裕層の一人として、お金というテーマに“ド素人”の観点から迫りたいのです。富裕層ならお金についてよく知っているだろうと思われがちですが、富豪の家に生まれ育った私はお金について苦労したことがありません。私が問いたいのは、人がもはや必要としないほどの大金を手にした場合に、お金にはどんな意味があるのか?という点です。私という一人の人間に何をしてくれるものなのか? 体系的にこの問いかけをし、富裕層がこの社会にどう絡み合っているかを解き明かしたいのです。

ー どんなふうに絡み合っているのですか?

お金というのは、単なる硬貨や紙幣ではなく、多くの場合において人間関係における力関係を示しています。では、人間関係において力を欲する理由とは何でしょう。

私だって関係性を構築するプロセスを一から踏むのは面倒に感じてしまいます。そうするには、対等な立場である必要がありますしね。でも「力」があると「結果」に結びつきやすくなるので魅力があるのです。お金にも社会通念的に同じような働きがあり、面倒なプロセスを踏まずとも結果を生む手段(instrument)となるのです。

しかし、そんなふうに(お金で)手に入れた結果には持続性がありません。なぜなら、すべての人がそのプロセスに関わっているわけではありませんから。最悪の場合、脅迫による結果のようになってしまいます。

ー では、どんな認識が広がればよいと?

富裕層は、自分たちにお金があるからと言って支配的立場を取ってよいわけではないこと、社会やその統治構造があるから富裕層でいられるのだということを認識する必要があります。自分たちが存在するには、交通網、教育システム、病院、法の支配など、全体的なインフラが必要です。財産は自然のモノではなく法的なモノ、法律がなければ財産だってありえません。財産を持つことには社会的責任が伴うということを忘れてはなりません。

ー それはどうしてでしょう?

(財産への)権利を持っている人には義務があるーーこの枠組みの中で暮らすのであれば、富裕層も他の人たちと認識を合わせる必要があります。自分たちには特別なルールが適用されるべきと考える人たちがいますが、そこに民主的な根拠などありません。特権とは不公平なもの、だからこそ個々人がその力を乱用しないようルールが必要となるのです。
お金の面では税金です。富裕層は、資産に課せられる税金を“新たな奇策”のように反応していますが、何千年も前から存在してきたものです。個人に課せられる所得税の方がずっと新しく、誕生してまだ200年ほどです。でも個人所得税の場合、「これだけの金額をあなたから取り立てても大丈夫ですか?」といちいち確認されることはありませんよね。資産と所得で、異なる基準が適用されるなんてばかげています。

ー より公正な課税対策に加えて、個人の富に上限を設けるべきとの議論もあります。

かつてベルトルト・ブレヒ(ドイツの劇作家、詩人 1898-1956)は「私が貧しくなければ、きみは金持ちではない」と言いました。貧富にはこの関係性が大切で、「貧困ライン」の対になるものを富裕層側にも設け、その二つのあいだの“範囲”を明確に定めるべきです。現在は上限だけがうやむやですから。

どこかで線引きをし、「富」はその2本のラインの間に生じるものとし、それを越えるともはや豊かさなどではなく「政治的問題」だとするのです。でないと、あまりにも大きな力が個人の手に集中してしまいますから。

私たちが目指しているのは、万人にまったく同じ状況をつくり出すことではなく、政治的・法的な観点から「平等の権利」や「一貫性ある平等」を確立することです。

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数千万ドルを相続したマリーナ・エンゲルホルンは、資産の90%を手放すと主張している。Credit: Ulrich Palzer.

ー 蓄えられるお金についてはいかがですか?

富裕層が金融上の流れからお金を取り込み、富裕層向けのプライベートバンクにお金をためこむと、「手段(instrument)」としてのお金の概念が壊れ、“お金を持つためにお金が必要になる”という悪循環が始まります。お金がどこかに蓄えられ、この手の利己的な力学が働くと、個人の優位性が発生してしまいます。

ーそうしたお金のあり方に疑問を投げかけるべき?

「手段」としてのお金のとらえ方がなくならないでほしい。お金は、この社会の中で人々がお互いをどう受け止めるかを表す実用的な手段であり、世界中の人々が認めてきた唯一かつ究極の手段ですから。
それに、お金の経済的概念だけでなく、社会的・政治的概念も必要です。お金について率直に語り合い、その根本となる関係的な力学を認められれば、お金をまた違ったふうに扱えるようになるでしょう。

ー それは、この資本主義経済においても可能ですか?

現行制度に疑問を投げかけたいというのが私の基本姿勢ですが、ただ単にぶち壊したいわけではありません。法学者のカタリナ・ピスト―(コロンビア大学ロースクール教授)が「制度的解剖(institutional autopsy)」と表現するように、「何がうまく機能して富を生み出すのか、搾取的な構造や有害な依存関係はどこにあるのか?」を、私たちは自問し続けなければいけません。
制度というのは永続的に変化するものととらえる。それが、人々や社会がしていることですから。
資本主義は社会主義より勝っているかどうか、そんな議論は役に立ちません。一つの確かな答えを見いだすのが不可能なときでも、「自分には答えがある」という印象を与えるだけですから。私たちにあるのは「答えを見つけるプロセス」だけ、これは認めづらいことかもしれませんが、非常に重要な点です。

ー 社会全体として、どうすればこのプロセスに進んでいけると思いますか?

結局のところ社会をかたちづくっているのは誰か、を問うべきです。発言する手段があるのは誰なのか? 議論が許されているのは誰なのか? 同じやり方を続けていても、結果は変わりません。

特権階級の観点に基づくだけではない社会生活の概念が必要です。欲を言えば、私がこんな話をする必要がなくなるときがくればよいのにと思っています。

ー この問題について他の富裕層とも議論しているのですか?

はい、大抵はポジティブな反応が返ってきます。これまでずっと「特権」を与えられてきた私も例外ではありません。人より正義感が強くたって、その思いを胸に秘めていては仕方ありませんからね。 富裕層のあいだでもカール・マルクスの著書の読書会が開かれているので、その考え方はよく知れ渡っています。でも、それが何をもたらすというのでしょう? そこから一貫性ある行動を導き出せないなら、社会の政治的構造を理解していると言えません。

ー 自分が手にしている特権について、あなたのようにオープンに語る人はごく少数派です。
なぜだと思いますか?

公表すると自分のプライバシーがなくなると恐れているのでしょう。でも大富豪の特権については、自ら語らずとも、世間は重々承知しています。そんなことを恐れているかぎり、富によってしか自分を定義できなくなります。「富がなかったら、自分は一体何者なのか?」――この問いにじっくり向き合って涙する富豪たちも実際に見てきました。

ー 今後、富豪への公正な課税が実現されたら、あなたは資産の一部を失うことになります。
10年後には、どんな仕事をしていると思いますか?

私は多くの階級的特権を手にして育ち、その状況は今後も変わらないでしょう。でも、働く必要がないなんて思っていません。仕事は社会に参画する手段であり、権力の不均衡や体系化された搾取を助長しない社会づくりは大変意義があり、どんな富をもってしても、それに取って代わることはできません。

Interview by Carlotta Böttcher
Translated from German via Translators without Borders
Courtesy of 20er / International Network of Street Papers


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