2022年10月、熊本のビッグイシュー販売者を支える市民団体、ビッグイシューくまもとチームの主催で、「貧困をなくす活動のこれまでとこれから〜全国と熊本の現場から〜」が開催された。第一部の講師は認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表・稲葉剛。
過去とこれからの貧困問題と支援活動について語った。
この記事では、第一部の稲葉の発表内容と質疑応答よりそのエッセンスを編集してお届けする。
新宿ダンボール村を見たときの衝撃が、今も活動の源となっている。
はじめに稲葉は、自身がこれまで関わってきた活動を振り返った。1991年にバブル経済が崩壊し、1993〜1994年ごろから、東京・神奈川・大阪などの大都市では、建築・土木現場で働いてきた日雇い労働者を中心に、仕事と住まいを失い、ダンボールハウスでの生活を余儀なくされた人々が急増。特に東京・新宿には雨露をしのげる地下通路や地下広場があるから、時には300軒以上ものダンボールハウスが立ち並び、その一帯は「新宿ダンボール村」と呼ばれるようになった。
1994年2月、東京都は新宿駅西口界隈の再開発を理由に、路上生活者を強制排除。稲葉はこのニュースを、当時の新聞記事で知る。
「その記事をたまたま見つけた時、当時の仲間たちと『ここで排除されてしまった人たちを支援するべきなのではないか』と話しました。どんな支援が必要とされているのかを知るため、まずは当事者の話を聞こうと、数人で新宿ダンボール村に足を踏み入れたのです。」
「新宿ダンボール村で生活する人々のなかには、『いつ、行政から排除されるかわからない』と怯えている人もいました。体の具合が悪い方も多かった。夜回り活動をしていると、寒さで凍死寸前、まともに食事が取れず餓死寸前の方にも出会います。同じ日本社会で生きているのに、極限状態にいる人々に、自分たちの足元で出会うんです。その事実に衝撃を受けました。これをきっかけに、貧困問題への支援活動を始めました。」
新宿駅から東京都庁舎へ通じる通路(2013年撮影)。以前は路上生活者が多数生活していたが、排除された
SeanPavonePhoto/iStockphoto
稲葉は、2001年自立生活サポートセンター・もやいを立ち上げ、2014年にはつくろい東京ファンドを設立。路上生活から抜け出し、住まいを確保するための支援や、生活保護申請のためのサポート、仕事をするための支援活動も行うようになる。こうした支援活動を行う団体も増えていき、活動が活発になっていった。
行政の相談対応の改善や、支援団体の活動が活性化したことなどにより、ホームレス状態にある人が2003年には約2万5000人だったのが、現在はピーク時の7分の1にまで減少しているという。
コロナ禍以降、生活困窮に関する相談は多様化している
そして話題は、コロナ禍における支援活動について。稲葉は、特定非営利活動法人TENOHASI(以下、てのはし)が東京・池袋で実施している炊き出しの利用人数についてふれた。2019年、てのはしが行う食料配布に並ぶ人の平均人数は、166人であった。ところが、2020年春以降、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、利用人数が急増。2020年は平均300人、2021年には400人を突破した。2022年11月時点では、540人以上にものぼっている。
リーマンショック以降は製造業などに従事していた中高年の単身の男性の利用が中心であったが、コロナ禍では飲食業の人なども収入が激減し、家計が持たず “炊き出し回り”をする人も多くなっている。年金だけでは生活できずアルバイトをしていた高齢者が、シフトが激減して生活できなくなるケースや、仕送りの不足を補うために働いていた大学生や専門学校生が、アルバイト先を失うことで家賃が払えなくなりシェルターに入る事例も。これは、住まいがあっても、近年の不況、物価高騰の影響で家計のやりくりに苦労を抱える人が増えている証。そのなかには若者やお子さん連れの女性なども含まれ、炊き出しの列に並ぶ人の世代や性別、国籍も多様化している。
稲葉は「現在、”三重苦“が社会的に弱い立場にいる人々を直撃している」と指摘する。
「2020年春からのコロナ禍により失業し、住まいを失った方々への支援を始めました。そこに追い討ちをかけるように、2022年春の物価高騰や円安の影響が低所得者の生活を苦しめています。さらに毎年のように猛暑がつづき、水害や台風が激甚化している。住まいがあっても、暑さや寒さをしのぐための家電が買えないなど、住まいがなく災害の被害から守られにくい人たちがいる。こうした状況に政府からの対策が求められていて、社会全体としてもっと関心を向けるべきだと思うのですが、残念ながら、社会的な関心はまだまだ薄く、生活困窮者への偏見も根強くある。これはとても深刻な状態だと思います。」
新宿駅西口(2022年)
支援団体の活動だけでは立ち行かない、市民の協力が必要とされている
雑誌『ビッグイシュー日本版』の販売者にも、新型コロナウイルス感染症拡大は多大な影響を及ぼした。リモートワークの推奨や外出自粛によって街に人がいなくなり、路上販売の売り上げは激減。この危機に対して、有限会社ビッグイシュー日本は、「コロナ緊急3ヵ月通信販売(現・販売者応援3ヵ月通信販売)」の仕組みを作り、通信販売で販売者を応援できるようにした。この売上をもとに販売者に「販売継続協力金」を支給するほか、販売応援のためのグッズを提供するといった取り組みを進めている。また、雑誌販売以外の仕事を作るため、2020年10月には東京・神楽坂に「夜のパン屋さん」をオープン。ビッグイシュー販売者が売れ残ったパンのあるパン屋を回り、パンの回収や販売する仕事につながっている。東京では現在、3店舗の営業を行なっている。
認定NPO法人ビッグイシュー基金では、これまで以上に生活相談や住宅支援が必要な状況になっている。2020年から2021年にかけては、アメリカのコカ・コーラ財団からの助成金により、「おうちプロジェクト」を実施。住まい確保のため、敷金・礼金や不動産手数料など、初期費用のサポートをおこない、計207世帯(237人)の入居を支援した。
ビッグイシューのみならず、他の支援団体も多様な支援活動を行なっている。つくろい東京ファンドでは、アパートを借り上げて個室シェルターを増設。2020年7月には、クラウドファンディングを行い、ペットと暮らせるシェルター「ボブハウス」を開設した。
だが、支援団体の活動には限界もあると稲葉は語る。東京・渋谷区幡ヶ谷で起きた路上生活者襲撃事件は、コロナ禍に突入してしばらくした2020年の11月に起こった。
「この事件をきっかけに、支援団体だけでは夜回り活動の目が行き届かないことを実感しました。一般市民の方にも協力をしてもらう必要があると思います。事件に心を痛めたたくさんの方々が、ビッグイシュー基金が発行している『路上脱出・生活SOSガイド』を『自分も配りたい』と申し出てくださっているんです」と、市民の活動の広がりが励みとなり、実際に支援につながる力になっていると語る。
最後に、「私たち一人ひとりにできることは、『私たちが生きている社会の問題』として貧困や社会的排除の問題に関心を持ち続け、自分が続けられることは何か、考えていくことだと思います。例えば『ビッグイシュー日本版』の購入や、SNSで支援団体を応援するのも社会参加のひとつです。政治に関心を持ち、貧困問題に向き合ってくれる候補者へ投票することや、日常で見聞きした差別・偏見を無視せず口を挟むのも大事だと思います。どんなことでも、自分が続けられることを継続してもらいたいと思います。」と力説した。
記事作成協力:屋富祖ひかる
(第2部→「困窮者に必要なのは仕事や住まいだけではない/ビッグイシューくまもとチーム主催「貧困をなくす活動のこれまでとこれから〜全国と熊本の現場から〜」より)
「貧困をなくす活動のこれまでとこれから〜全国と熊本の現場から〜」 2022年(令和4年)10月30日(日)14時~16時 熊本草葉町教会(熊本市中央区草葉町1-15)とオンライン(Zoom)の同時開催 主催:ビッグイシューくまもとチーム 後援:熊本市、一般社団法人熊本県社会福祉士会 協力:認定NPO法人ビッグイシュー基金、日本基督教団熊本草葉町教会 |
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3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。