若いうちに身につけるべきとされる資質「レジリエンス」。いわゆる逆境を乗り越える力をいい、これからの時代、ますます重要になるとされている。幸い、レジリエンスは生まれながらに兼ね備えているものだけでなく、経験や他者とのかかわりから身につけることができる。
豪タスマニア大学で音楽教育に関わってきたウィリアム・ジェームス・ベイカーら は、団体での音楽活動(学校や地域の合唱団、オーケストラ、吹奏楽)を通してレジリエンスが育まれるのではないかとの仮説をもとに、調査を行った。彼らが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。
チームワーク
一つの音楽作品を仕上げるには、団員たちは協力して取り組まなければならない。お互いの演奏をよく聞き、自分のまわりで起きていることを理解し、他のメンバーの演奏に合わせて自分の演奏を調整する(ゆっくり/速く、元気よく/やさしく等)心づもりが求められる。自分だけでなく、他のメンバーの貢献を尊重する必要があるのだ。ある指揮者が「演奏者たちは指揮者ではなく、他のメンバーたちと連帯責任であるとわかったようです」と語ったように、団体で演奏することで「チームワーク」の能力が育まれるといえる。

タスマニア・ユース・オーケストラのメンバーたち/Mike Morffew Studios
共感力
また演奏者たちは、メンバーのことを理解し、お互いの感情を共有する必要がある。合唱団やオーケストラでの音楽づくりは、からだ全体を使っての創造的な経験の分かち合いだ。そこで重宝されるのが「共感力」である。チームワークと同じで、共感力も練習や本番の経験をとおして演奏者と指導者が支え合うことで、時間をかけて蓄積され、育まれていく。「曲の中で、常に自分が中心でないことを理解しなくちゃいけない」と金管楽器担当のトムは言った。サイモンも他のメンバーたちの努力を感じられると語った。「この曲のために、ダブルノート(一度に2音を鳴らす)を練習しなくちゃならないのは僕だけじゃないんだってね」
グリット(やり抜く力)
成長マインドも若いうちに身につけたいものだ。努力すればよりうまくなれる、強くなれる、そして長い時間をかけて打ち込む必要があると考えられる、「グリット」と呼ばれる精神だ。大変な努力や困難があろうとも、目標を目指して努力し続けられる人になるために。演奏の腕を上げるには、毎日の練習が欠かせない。一つの曲を演奏会レベルに仕上げるには何ヶ月もかけて取り組む必要がある。音楽をするには、熱心な取り組みが求められる。
演奏者のローレンスは、学校の音楽活動に参加する意義をこう語った。「正直、やめたくなるときは何度もあります。でも、自分でやると決めたことだし......。もうできないと思えても、自分なりになんとか演奏できるよう、できるだけの努力をしています」
合唱団の指揮者は、演奏会は「予測できることと予測できないこと、どちらの要素もある」と述べた。団員たちは、演奏中に思わぬことが起きても対処できるようになっていき、ある種の勇敢さを身につけていく。
「何度も練習を重ねることで、ある程度演奏は安定するし、メンバー同士を頼ることもできる。だけど、舞台に上がるたびに、思ってもみないことや、うまくいかないことが起こる...必ず起こるんです。でも、『うまくいかなかった....でも、また挑戦しよう』と思えるのは、生きていくうえでとても大切な能力だと思います」
なぜ音楽なのか
調査を踏まえると、団体での音楽活動によって、レジリエンスの要素(チームワーク、共感力、グリット)が強化されるといえよう。では、レジリエンスを強化するうえで、学校の課外活動やチームスポーツにはない、音楽ならではの側面が何かあるのだろうか? 一緒にゲームをするのにも、協力しあうことは求められるではないか。音楽の演奏は、脳のいろんな部分の活動を同時に引き起こす。好きな音楽を聴くことも、脳の快楽中枢や報酬中枢を活性化させるといわれている。ドーパミンやセロトニンが放出されて「いい気持ち」になり、音楽ともっとかかわり続けたいというインセンティブを与える。

音楽を演奏することで「気持ちがよくなる」ホルモンが放出される/Shutterstock
また、楽器を習うことで、複雑な情報処理にかかわる脳の部位と聴覚皮質のつながりが強化され、このつながりが、記憶力、運動機能、その他の領域の学習を向上させることもわかっている。
みんなで音楽をつくっていく作業は、オキシトシンという脳内ホルモンのレベルに作用して一体感を与える一方で、ストレスホルモン「コルチゾール」を減少させ、免疫機能を高める効果があるのだ。
音楽の演奏は、勉学に追われる若者の日常において貴重な息抜きとなり、さまざまな感情と向き合い、それを表現する機会でもある。あなたの子どもに、共感性やグリットを兼ね備えたチームプレーヤーになってほしいと思うなら、団体での音楽活動への参加を視野に入れてみることをおすすめしたい。
<筆者たちが実施した研究>
研究対象としたのは、豪タスマニア州にあり、14〜25歳の演奏者が所属するユース・オーケストラのメンバーたち。3つのオーケストラ、アンサンブルメンバー、2つの合唱団から構成される。Facebookの非公開グループで、演奏者、マネージャー、指揮者/指導者たちのコメントを集めた後、インタビュー調査を8件実施した。
The Music and Resilience project
著者
William James Baker
Senior Lecturer, School of Education, University of Tasmania
Anne-Marie Forbes
Associate Professor and Discipline Lead, Creative Arts and Health, University of Tasmania
Kim McLeod
Senior Lecturer in the School of Social Sciences, University of Tasmania

※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年10月23日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

あわせて読みたい
・文化アクセスを個人の問題にしない。遊休地を活かした文化施設をアート集団が運営・小学生から高齢者まで、無職も働き盛りも、障害のある人もない人も。みんなで歌う「コミュニティ合唱団」がオーストラリアで人気上昇中
・自閉症と音楽教育/高機能自閉症の息子3人を音楽家に導いた教師が語るエピソード
*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。
ビッグイシュー・オンラインサポーターについて
『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い

3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
過去記事を検索して読む
ビッグイシューについて

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。