大切な人を亡くしたとき、心の痛みがなかなか消化されず、長く心の中に残り続ける人もいれば、亡くなった人とのきずなが日常のさまざまな場面で感じられ、悲しみを感じつつもその人がすぐそばにいてくれるような感覚を抱ける人もいる。死別による深い悲しみについて、バース大学研究員チャオ・ファンと心理学講師サム・カールが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
Daniel Reche/Pixabay
死がもたらす深い悲しみ(グリーフ)は人生にきわめて特別なダメージをもたらすことは、諸研究でも指摘されている。それは多くの場合、亡くなった人との間に築かれる、これまでとは違う新たな関係性の始まりでもある。いろいろな意味で、その悲しみを経験する前と後では違う自分になるともいえる。
筆者たちが「グリーフ」をテーマに80人にインタビューを実施したところ、自分の人生と深くかかわりがあった人を失うことは、自分の一部を失うのも同然で、その人のアイデンティティ(自己認識)をも変えうることが、あらためて明らかとなった*1。「グリーフの力」を検証した別のインタビュー調査でも、深い悲しみは、その人が何歳であろうと人生を根底からくつがえすものになる、との結果が導き出されている。
大切な人を失うつらさは、年齢を重ねたからといって和らぐわけではなく、生きる意味や目的を見失うほどの衝撃をもたらしうる。グリーフ研究で知られる哲学者のトーマス・アティグ*2も、「世界の学び直し」を余儀なくされるほどの悲しみと表現している。
*1 参照:They’re Going to Die at Some Point, but We’re all Going to Die’ – A Qualitative Exploration of Bereavement in Later Life
*2 参照:Thomas Attig - Grief’s Heart
深い悲しみを例えるぴったりな表現
「帰る家はもうないと分かっているのに、ひどいホームシックになるようなもの」「世界に霧がかかり、あらゆる物音がはるか遠くで聞こえるよう」
自分が経験した悲しみを、こうした例えを使って表現する人もいる。
これまで知っていた世界とのつながりが遮断されるような経験に感じられることがうかがえる。そんな人たちをサポートするグリーフセラピーにおいては、自分の悲しみをあらわすにはどんな例えがぴったりくるかを聞き出すことが重要であると指摘した研究もある*3。
*3 Metaphorically Speaking: The Use of Metaphors in Grief Therapy
「悲しみ」の変遷
死別による深い悲しみがどれくらい続くかは人によるが、中には、心理学の研究者たちが「複雑性悲嘆(complicated grief)」といった用語を使うように、深い悲しみがしっかりと根付き、長きに渡って生きる活力を奪われる人もいる。Prostock-studio/Shutterstock
その一方で、亡くなった人との間の絆を日常生活の端々で感じる人もいる。深い悲しみの中で亡くなった人とのきずなをどう維持していくか、その複雑さを指摘した研究もいくつもある。筆者も亡き祖母のことを、テレビを観ながら家族とおしゃべりしているとき、道ゆく高齢者を目にしたときなどに、ふと思い出す。愛する人が亡くなってからも、ずっと続いていく関係性がある。星に名前をつけて、夜空を見上げればその人の存在を感じられるようにするなど、旅立った人が日常の一部となるよう工夫することもできよう。
「深い悲しみ(グリーフ)」により、私たちは順応し、変わることを求められる。人を根底から変え「進化的な飛躍」を遂げさせるもの、とジネット・パリス*4も指摘している。英小説家C・S・ルイス(『ナルニア国物語』シリーズなど)にも、妻を失った悲しみを綴った著書があり、そこには、深い悲しみには人に転機をもたらす側面があると綴られている。愛する人の喪失と痛みが、新しい自分を導き、鼓舞することもあるのだ。
*4 Ginette Paris
ゲイル・ホルスト・ヴァルハフト教授は著書『The Cue for Passion(情熱への手がかり)』の中で、さまざまなかたちで大切な人を亡くした人たちの悲しみの変遷プロセスを大胆に描き出した。アルゼンチンの社会的混乱の中で失踪した子どもたちの母親、ベトナム戦争で犠牲となった米国兵士の遺族、パートナーをエイズで亡くした同性愛者などを取り上げている。こうした人たちのなかには、悲しみを乗り越えるなかで、伝統的儀式を受け入れるだけではなく、政治改革へとつなげた事例もある。
失った人を思い、悲しみと向き合う方法は人それぞれであろうが、その根幹にあるのは、その人を変わらず愛し、忘れずにいたいという気持ちと、その思いと共に「前に進みたい」という希望だ。
作家ノラ・マキナリーも、TEDトークでそんなメッセージを届けている。
「悲しみはそこから次へ進むものではなく、共に歩んでいくもの」
著者
Chao Fang
Research fellow, University of Bath
Sam Carr
Senior Lecturer in Education with Psychology, University of Bath
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年10月3日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。
ビッグイシュー・オンラインサポーターについて
『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
過去記事を検索して読む
ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。