名の知れた企業で「月給35万円のはずが、実態は17万円だった」として求人詐欺の疑惑が話題になったのは記憶に新しい。当然、求職者は記載されている求人内容を期待して応募するのだから、問題になるのも致し方ない。しかし「スタートアップ企業の雇用の実態」についての調査によると、応募した仕事と実際にアサインされる仕事にギャップが発生する事例は珍しくないようだ。カナダのマギル大学経営学部准教授リサ・コーエンらが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。

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募集から採用までに仕事内容が変わる理由

募集決定から雇用までーー採用プロセスのまっただ中に仕事内容が変わる事例について調査するため、起業家、管理職、従業員、求職者、さらにスタートアップ業界に詳しい人など100人以上にインタビューを実施した。すると、募集中のポストの業務内容の変更、ペンディング、差し替えなどの事例が多く聞かれた。職務内容の見直しについて、大きく2つのパターンに分類できる。

パターン1:想定内の職務変更(anticipated evolution)

一部の企業で見られたのが、新たな人材を雇用しなければならないとの認識はありつつも、具体的にどんな職務を割り当てるべきか、まだ明確な考えがないケースだ。そのため、意図的に採用という機会を活用し、自分たちのニーズを掘り出し、新しい職務のあり方を明確にしていた。

例えば、あるスタートアップ企業では、正式な職務内容を提示する従来の採用プロセスを踏まず、自分たちの人脈から探し出した2名の候補者に、企業として直面しているマーケティング課題を伝え、その解決方法を発表させ、そのプレゼン内容や2人の候補者が持っているスキルをもとに、新たに2つのマーケティング職を考案していた。

パターン2:想定外の職務変更(accidental evolution)

もう一つのパターンは、意図せず職務内容の変更が生じるケースだ。最初は明確な職務内容を定めて人材募集にとりかかるが、求めているスキルを持つ候補者が見つからなかったため、当初の職務内容を見直し、再度募集をかけるなどだ。

インタビューしたあるCEOも、個人秘書職の募集をかけたところ、求めているスキル以上の応募者が多数応募してきたため、より高い経歴を必要とするマネジメント職の求人に変えて再度募集をかけ、すぐに採用者を見つけられたことがあると語った。

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採用プロセスが進んでいる最中に、求める人材像を見直したという管理者の声もあった。あるスタートアップ企業では、当初は「販売マネジメント職」の募集で進めていたが、自社の営業分野に改善の余地があるとわかり、最終的に「新規開拓を担当する営業職」という新たな職務で採用。ゆくゆくは、当初募集の「販売マネジメント職」に変わる可能性も約束したという。

人材募集中に募集しているものとは別の職務にぴったりな候補者と出会えたため、別の職務で採用するといった事例もあった。ある企業は、中堅開発者を採用したくて就職フェアに参加したが、最終的には、駆け出しの開発者1名とマーケティング責任者1名を採用していた。

職務内容を見直すメリットとデメリット

採用プロセス途中の職務内容の見直しは、採用する側・される側のどちらにもさまざまな影響が及ぶことも、今回の調査を通じて分かった。

元の求人をいったん取り止め、新たな職務での再募集といった見直しがされる場合は、より職務内容が安定し、採用された者がより長くその企業で働き続けられるといったメリットにつながりやすい。企業としての学びにもなり、組織としてよりよいしくみをつくり、新しい事業の着手につながる可能性もあるだろう。

しかし、その他のケースでは、職務内容が不安定化し、職務範囲をめぐる対立、早期離職、職務の消滅などのデメリットが確認された。前述の、応募した職務とは異なる「新規開拓を担当する営業職」で採用された候補者は、その後、営業責任者と職務内容をめぐり対立するようになり、また、採用時に約束されていた「販売マネジメント職」への転換もなく、結局、1年も経たないうちに退職していた。

募集中の職務内容に変更が生じうるーーそのことを理解している応募者とそうではない応募者では、両者のあいだに格差が生じるおそれがある。前者は、自分の希望や資格が求人の条件を満たしていなくても、「とりあえず応募してみよう」と思えるだろうが、後者の人はそうは思えないだろう。過去の調査によれば、男性は条件に合っていない(資格を満たしていない)仕事にも応募しがちだが、女性はすでに資格を“満たしている”と思える仕事にのみ応募する傾向があると指摘されている*1。今回の調査結果を踏まえれば、求人情報が希望と合致しなくても気軽に応募する女性が増えるだろうか。

*1 Women only apply when 100% qualified? Putting received wisdom to the test

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企業は適切な人材の確保に苦労し、多くの人が転職を視野に入れているこの時代。職務内容の見直し、応募者の希望と異なる職種での採用など、職務内容が変わりうるケースが少なくないこともしっかり心得ておきたい。

筆者たちの研究
In the Midst of Hiring: Pathways of Anticipated and Accidental Job Evolution During Hiring

著者
Lisa Cohen
Associate Professor, Business Administration, McGill University

Sara Mahabadi
Assistant Professor, Alberta School of Business, University of Alberta


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年11月2日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。The Conversation



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