世界的に芸術家(アーティスト)の収入は、教育や資格を必要とする他の職業のプロよりもかなり低い。女性となると、さらに不利な状況にある。オーストラリアの芸術家をとりまく環境について、豪マッコーリー大学の経済学教授デイヴィッド・スロスビーらが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。


Kazuo ota/Unsplash
豪の全体の男女収入格差は16%、芸術家にかぎってみると30%
オーストラリアの職業全体における男女の収入格差は16%とされている。筆者たちが「芸術家の収入」について2020年にくわしく調査したところ、女性芸術家の収入は男性芸術家より30%も低いことが分かった*1。労働時間、教育、訓練、子育てにかける時間などの違いごとに比較しても、この事実は変わらなかった。一部の芸術分野ではこの問題を是正しようとする動きが起きているが、一般的に女性芸術家は収入面で深刻な差別を受けているといえよう。*1 The Gender Pay Gap Among Australian Artists: Some preliminary findings
文化的要素として「英語を母語とするかしないか」の影響
2022年12月に発表した新しい研究*2では、筆者たちは「文化的要素」がどれほど所得格差に影響しているかを考察するため、「英語を母語とするか否かの視点」で調査した。オーストラリアの都市部、地方、および農村地域で活動する芸術家826人を対象とした調査*3では、「英語を母語とする人」が90%で、「英語を母語としない人」が10%だった(オーストラリア全体の労働者では「英語を母語としない人」は18%)。*2 Culture and the Gender Pay Gap for Australian artists
*3 Making Art Work: An Economic Study of Professional Artists in Australia
- 「英語を母語とする女性芸術家」と比べると、「英語を母語としない女性芸術家」の年間所得は71%しかなかった。しかし男性の場合は、英語を母語とするか否かで収入の格差はほとんど見られなかった。
- 「英語を母語とする女性芸術家」の収入は「英語を母語とする男性芸術家」の73%だったが、「英語を母語としない女性芸術家」の収入は「英語を母語としない男性芸術家」の53%だった。

非英語圏出身の芸術家は男女ともに、自分たちの伝統や立場が自身の芸術に重要な役割を果たしているとみていた。
Henrique Junior/Unsplash
男女の収入格差が小さい先住民コミュニティの芸術家たち
オーストラリアの遠隔地に暮らす先住民の芸術家たちの状況はどうだろうか。「遠隔地のアボリジニおよびトレス海峡諸島民の芸術家に関する全国調査2019」の結果をもとに分析したところ、都市部とは異なる状況が浮かび上がった。女性にはビジュアル・アーティストが多い傾向にあり、アートセンターやオンラインで旅行者向けに作品を販売する機会が多い。男性にはミュージシャンなどパフォーミング・アーティストが多く、市場は女性ほど多くない。
先住民の芸術家は男女ともに、同等の労働時間で同等の収入を得ていた。地域によって若干の差異はあったものの、都市部で見られるような構造的な男女格差といえるほどの違いではなかった。

オーストラリア先住民の芸術家のあいだに男女の収入格差はみられなかった。AAP Image/Marianna Massey
平均収入としては都市部の芸術家よりかなり低いものの、男女間での格差がほぼ見られなかったのは注目すべき点である。その理由として、遠隔地の先住民コミュニティで受け継がれてきた、文化的規範、価値観、伝統が考えられる。「優劣の概念とは異なる」男女の役割があり、男性と女性のどちらもが、「文化の担い手」として重要な役割を担っているとみなされる土壌がある、と多くの研究者たちが指摘している。音楽、ダンス、視覚芸術、文学など、独特の文化的特徴を持った作品を生み出している先住民コミュニティの芸術家たちは、都市部の女性が経験しているような収入格差を味わっていないというのは、文化的要素が収入格差に影響をあたえることを示唆するのではないだろうか。
著者
David Throsby
Distinguished Professor of Economics, Macquarie University
Katya Petetskaya
Research Project Director at the Department of Economics, Macquarie University
Sunny Y. Shin
Lecturer, Macquarie University

※本記事は『The Conversation』掲載記事(2022年12月7日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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