米国では、ホームレス当事者を含めた市民の健康や治安への懸念の高まりを受け、この1年ほどでホームレス問題への新しい方針を発表する都市が出てきている。その中に「民事的収容(civil commitment)」を提案するものがある。路上や地下鉄などの公共空間に駆けつけた警察や救援隊員が、“重度の精神疾患や薬物依存症あり”と認めた場合、その人を強制入院措置にできるというものだ。この法案の倫理性の是非について、サウスフロリダ大学で、保健法・公衆衛生法・医療倫理の教鞭をとるキャサリン・ドラビアクが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
ホームレス支援を目指す強制入院法が、倫理的な議論を巻き起こしている。
Robert Nickelsberg/Getty Images
2022年11月、ニューヨーク市長のエリック・アダムスは、自力で治療を受けるのが困難な人や他人に危害を及ぼす可能性がある人を強制入院させる計画を発表した*1。裁判所が治療計画を命じ、セラピストや社会福祉士との面談、住まいの斡旋、薬物治療、その他の介入を、入院または外来で受けることになる。ニューヨーク市は、ホームレス状態や精神疾患のある人たちへのシェルターや支援住宅の斡旋を推進しており、強制入院の措置もその一環だ。カリフォリニア州やオレゴン州ポートランドでも、同様の計画が承認されている。
*1 Mayor Adams Announces Plan to Provide Care for Individuals Suffering From Untreated Severe Mental Illness Across NYC
強制入院のしくみ
強制入院に関する法律自体は何十年も前から存在しているが、ここ最近になって、ホームレス問題、精神疾患、薬物依存症者への対応策として、支持者を増やしているかたちだ。各州の法律制定は、二つの理論に基づいている。一つ目が、“人民の父”を意味するラテン語に由来する「国親思想(くにおやしそう)」の原則で、州は、社会的弱者の中でも特に自発的行動が難しい人たちに介入し、手助けする法的・道徳的義務があるとする考え方。二つ目が、公衆衛生法における「警察権」の考え方で、ホームレス当事者を含む市民の健康や安全を維持する法律の制定・施行の義務があるとするものだ。
強制入院に関する法律は州によって異なるが、重要なのは、これらの法律が、ある基準以上の精神疾患や薬物依存がある者への治療計画を「裁判所が監督する民事的な仕組み」であるという点だ。
例えば、裁判所は「その患者が、重度の薬物濫用で何度も意識を失っているにもかかわらず、支援につながっておらず、路上で凍死する危険がある」といった臨床医の証言や証拠を評価することができる。
評価にあたっては、患者はまず病院で治療を受け、臨床医が必要な医療を診断する。その後、裁判所が治療計画の作成を命じ、シェルターへの入居や、セラピーや薬物治療を毎週継続するといった要件をまとめる。法律ではできるかぎり拘束性の少ない治療計画を立てることを求めているため、入院治療を受けるのは通常、重篤な患者だけだ。ホームレス状態の人々を犯罪とみなしたり罰したりという性格のものではない。さらに、この法律は「正当な法の手続き」を求めているため、患者は、決定プロセスに関与する、異議を述べる、弁護士の助言を得ることが可能だ。
慢性的なホームレス問題を理解する
「ホームレス状態の人々」と一括りにされがちだが、その中には、若者、家族、退役軍人、解雇や不測の出費により家を失った人、一時的に家がない人、慢性的に家がない人など、さまざまな理由で住まいを失う人がいて、それぞれ異なるニーズを抱えている。ただ、深刻な薬物依存症や精神疾患があるにもかかわらず、治療がなされないままになりがちなのは、“慢性的に家がない”人々だ。カリフォルニア大学のカリフォルニア政策研究所( California Policy Lab)が、15の州でホームレス状態にある6万4千人の調査結果を分析したところ、住まいがない人の78%に精神疾患があり、75%が薬物依存症であり、50%が両方の問題を抱えていることが分かった。「精神疾患や薬物依存症であることで、より一層ホームレス状態から抜け出せない状況に陥りやすい」と臨床医は指摘する。
賛成派 vs 反対派の主張
強制入院措置が目指すのは、当事者と地域社会の両方の幸福度の向上だ。だが同時に、「自律性」ーー自分が受ける医療を自分で決定する権利ーーや、「善意」ーー介入することで本当に害を上回る利益がもたらされるのだろうかーーといった倫理的な問題も提起する。ニューヨーク市のような計画を支持する人々は、強制入院関連法は当事者を支援につなげられるだけでなく、路上で苦しむのを防ぐ道徳的責任を果たせると主張する。その一方で、強制入院関連法に反対する一部の専門家たちは、「州は自発的入院のみを受け入れるべき」「自発的入院は、自律性や治療を受けるかどうかを選択する自由を損なわないうえに、強制入院と同じくらい効果的だ」と主張する。また、重度の精神疾患・薬物依存症のホームレスの人々を一般社会から締め出し、結果としてスティグマ(負の烙印)を押すことになり残酷で威圧的、「慈善の原則」に反すると指摘する。
NY市長エリック・アダムスの強制入院施策に反対する人たちが市役所前で抗議集会を開いた。
Spencer Platt/Getty Images
大人ならたいてい自分の価値観やニーズに合わせて、どんな医療を受けるかを選べる、と医療従事者や倫理学者は考える。しかし、重度の精神疾患や薬物依存症の人たちは、状況を適切に判断し、自己決定できない状態にあることも多い。強制入院は確かに自律性を侵害するが、治療を通じて人々が自律性を取り戻す手助けになるかもしれず、多くの臨床医やアウトリーチ担当者は、「精神疾患や薬物依存を治療しなければ健康被害を悪化させる。放置することの悪影響を軽視することこそ、慈善の原則に違反する」と反論する。
さらに広がる影響
倫理的議論は、治療を行うことが周囲の地域社会(他のホームレス状態にある人々を含む)の安全性などに与える影響も考慮する必要がある。ホームレス状態にある人、精神疾患がある人、薬物依存である人のほとんどは暴力性とは無縁だが、一部の重度な精神疾患の中には攻撃性の出現率が高いものもある。サンディエゴ地方検察局がまとめた情報によると、ホームレス状態にある人は(被害者であれ加害者であれ)犯罪に巻き込まれる可能性が高いという*2。強制入院により治療が進み、緊急入院やトラブルが減少したとの研究結果もあるため、この措置の支持派は、その強制性を認めつつも、当事者および社会の幸福を回復する一助になると考えているようだ。*2 参照:Data Shows Homeless Far More Likely to Be Victims and Perpetrators
By Katherine Drabiak
Courtesy of The Conversation / International Network of Street Papers
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