「中絶を原則禁止とする法律」が米国のおよそ3分の1の州で成立したのを受け 、中絶が認められていない州の女性たちは、州を越えて長距離を移動しなければ中絶できない状況となっている。そこで中絶の支援団体が開設を進めているのが、ワゴン車や船舶を利用した移動式クリニックだ。中絶が合法の州の中で、違法の州からもアクセスしやすい場所に臨時の診察所を設け、遠距離を移動しなくても中絶を受けられるようにするのがねらいだ*1。
*1 リンク先地図の赤色が中絶が禁止・制限されている州、緑色が中絶が認められている州。約1600万人の女性が、最寄りの中絶クリニックまで平均300マイル(483km)を移動しなければいけない状況にある。
参照:Roe v Wade: Which US states are banning abortion?
いまだ中絶が認められている州のクリニックを求めて、州外からも女性たちが押し寄せているーーそんなあふれた需要に応えるべく、斬新な解決方法を打ち出そうとしている。「移動式クリニックは私たちなりの抵抗です」と言うのは、中絶権を擁護する全米家族計画連盟(Planned Parenthood)のボンヤン・リー・ギルモアだ。同連盟は数か月以内に、初めての移動式クリニックを、中絶が認められているイリノイ州南部に開設する計画で、全米で最も中絶規制が厳しいとされるミズーリ州の女性たちの需要に応えたい考えだ。
Zulkarnieiev Zulkarnieiev/iStockphoto
2022年6月、連邦最高裁判所は、ほぼ50年間にわたり中絶権を保護してきた「ロー対ウェイド」判決を覆す判決を出した。これを受け、米国各地で中絶を規制する法律が成立し始めている。全米各地からイリノイ州にやって来る患者数も以前の5倍に達している、とリー・ギルモアは言う。「私たちは新しいかたちの中絶ケアを導入し、患者さんが直面している課題に向き合いたいと考えています。妊娠初期の場合は経口中絶薬を使用し、初期以降の場合は手術で対応します」
移動式クリニック
ワゴン車やRV車に医療機器を備える団体もあれば、空き店舗や沖合に停めた船の中で期間限定のクリニック開設を検討している団体もある。コロラド州のロッキー山脈地域では、NPO団体「ジャスト・ザ・ピル(Just The Pill)」が、移動式クリニックを試験的に運用している。同州は、中絶が非常に厳しく規制されている6つの州に接している。同団体で医療ディレクターを務めるジュリー・アマオンによると、中絶手術に対応できる移動式クリニックをあと2つ準備しており、あとは安全性の問題をクリアするだけだという。「車を停められる安全な場所を確保するのがむずかしいのです」とアマオン。というのも、米司法省によると、昨年、中絶クリニック施設で器物の損壊やスタッフに対する暴行などの事件を起こして逮捕された者は数十名にのぼったのだ。同団体では、大きなニーズが見込まれるエリアでは、空き店舗を使った期間限定のクリニック開設も検討しているという。
テキサス州、オクラホマ州、アイダホ州などでは、州を越えて中絶を受けること、および、中絶処置を望む女性への支援をも犯罪とみなす動きが起きており、法をめぐる状況変化が新たな課題だとアマオンは言う。テキサス州では、中絶処置を行った医療従事者に終身刑が課せられる可能性もあるのだ。米連邦裁判所は、中絶を望む女性を、中絶が認められている州で支援するNPOを起訴できない仮差し止め命令を下したものの、法廷でも議会でも対立が続いている状況だ。「どの訴訟が膠着し、どの訴訟に決着がつくのか……まるで未開の荒野の地にいるようです」とアマオン。
沖合に係留する船上クリニック
カリフォルニア拠点の産科医/婦人科医メグ・オートリーは、メキシコ湾の船上でクリニックを開設する計画を進めている。中絶規制法が及ばない沖合にクリニックを開くことで、沿岸にあるテキサス州、ルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州の女性たちの需要に応えたいと考えている。地域法や州法の効力を避けてミシシッピ川を移動した19世紀の賭博船からヒントを得たという。近年では、国際水域に船を停泊させ、中絶を規制する国々の女性の中絶を受け入れているオランダの「ウィメン・オン・ウェーブス」もある*2。*2 Women on Waves https://www.womenonwaves.org
オートリ―が運営するNPOプロジェクト「Prrowess(州法により危機に瀕する女性の生殖権を守る会)」では、船の購入資金を募っている*3。ボート一隻を購入するのに約300万ドル(約4億2千万円)、医療用に改造するのにほぼ同額が必要と見込んでいる。また、ボランティアの医療スタッフに加わってもらいたいと考えている。
*3 Prrowess(Protecting Reproductive Rights of Women Endangered by State Statutes)https://www.prrowess.org/home
ぜひ自分の専門性を役立てたいと語るのは、サンフランシスコ在住の外科医アダム・ボディントンだ。「お金の寄付や手紙を書くこともできますが、アクションとしては足りないと感じます。現地に足を運び、実際に関わることができたら素晴らしいでしょうね」。
患者を船上クリニックへ運ぶ輸送手段も必要になるため、一日に受け入れられる患者数は最大40名を見込んでいる(ハリケーンの季節を除く)。「目標は、スタッフも医療提供者も、規制が及ぶ土地に決して上陸しないこと」とオートリ―は言う。
しかし、テキサス州では中絶反対派が船上クリニックと争う準備を進めている、と中絶反対派グループ「テキサス・ライト・トウ・ライフ」の代表ジョン・シーゴは言う。「私たちメキシコ湾沿岸部の住民にとって、船上クリニックはまぎれもない脅威です」。そのため、中絶を禁止する州法が確実に施行されるよう積極的な働きかけを行っており、多くの都市が中絶支援に充ててきた財源の使用禁止に踏み切り、中絶を違反行為として摘発していくかまえだ。
ミフェプリストン問題
中絶の支援団体にとって、もうひとつの課題となりそうなのが、テキサス州で係争中の、経口中絶薬(ミフェプリストン)をめぐる訴訟だ。妊娠10週未満の中絶で用いられ、米国の中絶の半数以上のケースに使用されている薬だ。複数の中絶反対グループが、同薬の安全性は米食品医薬品局(FDA)によって未だ適切に判断されていないと主張して訴訟を起こし、当薬の販売を禁止または制限する判決が出るのではとみられている*4。*4 その後、テキサス州判事は当薬の承認一時差し止めを命令。これに対し、司法省が差し止めの保留を連邦控訴裁判所に求め、最終的な判断は最高裁に持ち込まれる見込み。
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この最高裁の判決以前から、低所得層向けの政府の医療保険プログラムに中絶が含まれていないため、クリニックの数が少ない州では女性が中絶を受けるのに苦労してきた、とアマオンは指摘する。「最高裁判決が決定的な一撃となり、(中絶できるかどうかは)どこに住んでいるか、処置費用や旅費のお金を支払えるかどうかにかかっています」
By Ellen Wulfhorst
This article first appeared on Context, powered by the Thomson Reuters Foundation. Courtesy of the International Network of Street Papers.
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