ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに保護活動している。
そんな滝田さんが23年かけ、外国人として念願の「ケニア野生動物公社からの野生動物治療許可」を得るまでのプロセスについて語る。



※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系を一にする。

5年かけケニア獣医師免許を取得
政府獣医(ケニア籍)の高い壁

1996年に初めてケニアの土地を訪れてから、27年の月日が経った。2000年にマサイマラの野生動物保護にかかわりたいと思い、ナイロビ大学の獣医学のコースを取った。初めて大学の教室に足を踏み入れた時から、私の夢は野生動物獣医になること。2年生の時から休暇になると、ケニア野生動物公社にインターンとして見習いに入った。

5年かけてケニア獣医師免許を取得した後に、野生動物獣医になるには政府獣医(国家公務員)でなければならないことがわかった。当たり前のことだが、ケニア国籍が必要なことを知って愕然とした。あまりにもハードルが高すぎるというか、まったくと言っていいほど可能性のない道だと思われた。ずっと野生動物獣医になりたいとがんばって勉強してきて、やっとのことで、ケニアの獣医師免許を取得したのに、これからいったい何をしていいかわからなくなってしまった。

野生動物治療にかかわれないのなら、せめて他の野生動物保護の道にかかわりたい。試行錯誤しながらやっと見つけたのは、犬型ジステンパー(※2)を保護区の肉食獣に感染させないためのワクチンキャンペーンや、密猟対策として追跡犬ユニットを導入するなどの仕事だった。実際に野生動物を触ることができなくても、外から野生動物が生息する保護区を守れればいい。そう思ってマサイマラの野生動物にかかわってきた。

※2 犬を含む食肉目の動物たちに感染するといわれているウイルス性の疾患。

見習いをし、許可申請出し続けた
12年後におりた特別許可証

それでも野生動物獣医の道をあきらめることができず、08年からマサイマラ国立保護区の管理施設に勤務しながら15年間、マサイマラ派遣のケニア野生動物公社の獣医のもとで見習いをしていた。その間に、南アフリカで野生動物麻酔のコースを取ったり、クルーガー国立公園の元獣医やマサイマラの野生動物獣医のもとで見習いをしたりしながら、いつか治療ができるようになればと毎年のようにケニア野生動物公社に野生動物治療許可申請をし続けていた。

もともと外国人には不可能と言われていたのだが、「このコースを取れば許可を出すのを考えてもいい、見習いをして担当の獣医がいいレコメンデーション(推薦状)を書いてくれれば特別に許可を出すことも可能だ」と少しは希望があるように言われ、何年もの間、出され続けたハードルを全部クリアしてきた。

しかし、毎回一つのハードルをクリアすると、また違うハードルを出され、結局12年たっても許可証がおりなかった。完全にあきらめたことはなかったのだが、あまりにも長い年月が過ぎてしまったので、許可申請だけはしていたが、希望はあまり持っていなかったかもしれない。

17年になり、野生動物獣医の道などほぼ忘れかかっていた頃、驚くことに念願の野生動物治療許可が政府からおりた。ケニア国内の獣医師4人に特別許可証が出たのだ。外国人では私だけだった。


外国人ゆえ、麻酔銃所持に5年
輸入に1年半、許可すべてに23年

しかし、許可証に大喜びしたのも束の間、実際に野生動物治療に必須の麻酔銃を所持するためには、ケニア政府の銃器所持許可証が必要だった。その許可がおりるのに、その後さらに5年かかった。

麻酔銃は空気の圧力でシリンジ(注射筒)を発砲する仕組みで、火薬ではなく二酸化炭素のシリンダーを使う空気銃である。しかし空気銃ではあるが、使う麻酔薬が劇薬なので人に当たったら死ぬため、政府からの銃器所持許可書が必要である。そして、ここでまた新たなハードルが浮上。外国人として銃器所持許可証を取ることだ。許可証取得に必要な政府の書類が何種類もあり、それを集めるのもやっとのこと。何度許可証を交渉しても却下されることの繰り返しで、気がついたら5年も経ってしまった。

そして銃器所持許可証がおりてから、さらにデンマークからケニアまで麻酔銃を輸入するのにあらゆる政府機関からの許可証が必要で、またさらに1年半。すべての許可証をクリアして、麻酔銃をケニア野生動物公社から受け取った時には、初めて野生動物獣医になると心に誓った時から23年かかったことに気がついた。

実際に自分の麻酔銃を手にした時は、長い年月の間のさまざまな試練を思うと信じられなかった。やっと実現した野生動物治療の道。今年になってやっとその道が開いた!と思いきや、その1週間前にはワイヤー罠にかかったシマウマがブッシュ(茂み)にいっぱいいたのだが、麻酔銃が手元に届いた日からパッタリ消えてしまった。野生動物治療というのは、そういうもの。準備ができていない時はしょっちゅう要請がくるが、実際にチームが出動できる時になるとブッシュから数週間も動物が消えてしまうなんて、いつものこと。23年も待って使用できるようになった麻酔銃なので、また怪我した動物が現れるまでアフリカペースで気長に待とうと思う。


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治療のため、滝田さんが自分の麻酔銃で初めて撃った子ゾウ

10時過ぎるとハゲワシが上空に
下を飛ぶ飛行機に石のごとく落下

麻酔銃が到着した1月には毎年の検査のために、年末からナイロビに置いてあった小型飛行機・バットホークをマサイマラまで操縦して戻ってきた。

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バットホークから、マサイマラを見おろす

マサイマラの近辺では普通に飛び回っているのだが、検査のためとはいえ、私のミニ飛行機でナイロビのウィルソン空港に上がってくるのが好きではない。マサイマラではコマーシャルフライト(民間飛行便)が飛んでいるエリアを避けて飛ぶことができる。都市に近づいて巨大な飛行機の周りで飛ぶのが苦手。後ろから巨大な旅客機「ダッシュ8」などがものすごいスピードで追い込んでくると、時速わずか70ノットの飛行機に乗っている身は冷や汗ものである。

ウィルソン空港はあまりにも交通が激しいので、郊外のオリー空港に飛行機を移すことにした。オリーだと巨大な飛行機は飛んでこず、ほとんどが個人飛行機で、大きい機体でもキャラバンぐらいだからである。

オリーからマサイマラまで早朝7時前までに出発すれば、気流もあまり乱れることはない。10時を過ぎてしまうと暖かい空気が上昇し、その空気の流れに乗ってハゲワシが上空に上がってくる。ハゲワシは自分が飛んでいる下に飛行機がいると突然両方の羽を畳んで石のように落下してくる。

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Photo : benoit_f/Shutterstock.com

5〜7㎏のハゲワシが落下してくると、大きな飛行機も墜落してしまうほどの威力があるので、凧みたいな私の小さい飛行機はその時間帯は絶対に避けて飛ばないといけない。長距離移動の時は朝9時前までには着陸していた方が無難なのである。

 (文と写真 滝田明日香)



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山脇愛理(アフリカゾウの涙  代表理事)
三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ


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以上、ビッグイシュー日本版451号より「滝田明日香のケニア便りvol.25」を転載。

たきた・あすか

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1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。 https://www.taelephants.org/


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▼滝田あすかさんの「ケニア便り」は年4回程度掲載。
本誌75号(07年7月)のインタビュー登場以来、連載「ノーンギッシュの日々」(07年9月15日号~15年8月15日号)現在「ケニア便り」(15年10月15日号~)を本誌に年数回連載しています。







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