欧州議会は2023年3月、大規模な環境破壊「エコサイド」を、ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)で訴追可能となる犯罪とみなすEU法案修正を承認した。エコサイドが、戦争犯罪やジェノサイド(集団殺害犯罪)と同様に、EU法に明文化される可能性が高まった。エコサイドの犯罪化を提唱する人たちは、この動きを歓迎しつつも、実現までの道のりは長いことも認識している。こうした動きを踏まえ、エコサイドについて知っておくべきことをまとめてみよう。
エコサイドとは
広義には、エコサイドは「広範囲にわたり長期的に深刻な環境破壊をもたらす不法行為」をいう。この用語が使われ始めたのは、ベトナム戦争で米軍が使用した枯れ葉剤によって河川や土地が汚染され続けた環境破壊に対してだった。エコサイドをICCで提訴できる国際犯罪と認めるよう訴えている非営利団体ストップ・エコサイド・インターナショナルは、エコサイドが何十年にもわたり繰り返されると、「人類に影響を及ぼす気候や生態系の緊急事態を引き起こす」と指摘する。もしICCがエコサイドを国際犯罪と認めれば、大企業の社長や政府高官が裁判にかけられ、長期の拘禁刑を科される可能性も出てくる。アマゾンの森林伐採、大規模な石油流出、採鉱、深海トロール漁、原子力事故などを起因とする環境破壊が訴追対象になり得る。
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エコサイドをすでに犯罪化している国々
エコサイドはすでに、11か国で犯罪とみなされており(アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、ロシア、ウクライナなど)、27か国でエコサイドを犯罪とみなすための検討が積極的に行われている。直近では、EU加盟国で初めてフランスがエコサイドを犯罪と定め、ベルギー、イタリア、フィンランド、デンマークでもエコサイドを刑法に加えるべく議論が始まっている。戦争中に犯されたエコサイドは、“自然環境に広範囲にわたり長期的に深刻な被害”をもたらすとわかっていながら攻撃を仕掛けることを禁じるICCローマ規程第8条の下で起訴することが可能だ。ロシアのウクライナ侵攻でチョルノービリとザポリージャの原子力発電所が占拠されたことによる環境被害について、ウクライナは現在、ICCでロシアを訴えるための証拠収集を進めている。これによりエコサイドを犯罪と認める動きに拍車がかかるのではと、環境保護活動家たちは期待している。
なぜエコサイドを犯罪とみなさない国があるのか
エコサイドを国際的犯罪とするには、新しい法律の制定か、ICCローマ規程の修正が必要で、それには条約加盟国123か国の3分の2の承認が必要となる。ストップ・エコサイドでは、前者よりも後者の「既存の条約改正」を目指している。1998年にローマ規程の草案が議論されていた時点では、エコサイドを、ジェノサイド・人道に対する罪・戦争犯罪・侵略犯罪に次ぐ、平和に対する第五の犯罪としてICCで訴追可能にする案も検討されていた。
だが法律専門家は、たとえ環境保護活動家の努力が実を結んだとしても、環境犯罪は複数の意思決定者と国境を越える被害となるなど、その性質上の複雑さから、訴追は困難だろうと指摘する。また、エコサイドの明確な定義についての合意がないため、エコサイドを国際犯罪として立件するための条件や、実際に立件する手順について、法律専門家の間で議論されている。
石油流出や産業開発による環境汚染を訴追するのは比較的容易かもしれないが、気候変動によって引き起こされる災害の責任が誰にあるのかを明確にするのは困難だろう。有罪判決を勝ち取るのはさらに厳しいだろうと指摘するのはベルギーのルーヴェン大学国際法教授のヤン・ワウテルスだ。「ICCの管轄権を先例のない国際犯罪にまで拡大すれば、残念な結果をもたらすことになりかねない。エコサイドは、証拠収集ならびに立証が容易でない犯罪です」
エコサイドの抑止は国際法に頼るべきなのか
エコサイドがICCで裁かれるべき国際犯罪かどうかを疑問視する法律専門家もいる。ICCでは有罪判決に至らないことも多いうえに、高コストや遅延も問題視されるからだ。また、ICCが訴追できるのは、ローマ規程を批准した123か国内で生じる犯罪に限られる。中国、インド、米国、ロシアといった主要国は、ローマ規程を批准していない。国際法制定よりもエコサイドを訴追可能にする国内法の成立を優先すべきかもしれない、とワウテルスは言う。しかし推進派は、国際法には強い抑止力があり、環境破壊を防ぐその他のアプローチ(規制、財政的インセンティブ、気候変動に関する訴訟、自然への法的権利の付与など)を補完するものになると主張する。
By Joanna Gill
This article first appeared on Context, powered by the Thomson Reuters Foundation. Courtesy of the International Network of Street Papers.
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