ポケモンは25年以上にわたり、任天堂が世界に誇るタイトルであり続けてきた。海外ではポケモン人気はどう解釈されてきたのだろうか。英ポーツマス大学にてメディア文化について教鞭をとるリンカーン・ジェラティ教授が、『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。
2021年作品のポケモン/The Pokémon Company
ピカチュウの長年の相棒サトシ(英語版ではアッシュ)が、ポケモンチャンピオンになるという目標を2022年末に達成した。そのため、株式会社ポケモンは26年もの間、テレビシリーズで主役を務めてきたサトシとピカチュウの引退を決めた。
この発表を受け、ファンたちはSNS上で「ピカチュウはどうなるの?」「サトシがいなくなったら、今後のストーリーはどうなる?」と書き立てた。ポケモンを代表する登場人物なくして、任天堂はポケモンシリーズの魅力の根幹を失うことになる。そのため、装いを変えた新ピカチュウの発表は当然のなりゆきだった。
ピカチュウの絶大なる人気のワケ
当初、ピカチュウはこれほどの人気キャラクターとなることを保証されていたわけではない。最初のゲームソフト『ポケットモンスター 赤・緑』(1996年2月27日発売)では、ピカチュウは決して目立つ存在ではなく、子どもたちが仲間に選ぶ151種類のポケットモンスターの一つでしかなかった。続く 1996年10月に発売されたトレーディングカードゲームでは、プレイヤーはさまざまなカードから一緒に戦う仲間や取引相手を選べるようになった。
当初は日本国内のみで発売されていたため、ポケモンユーザーは日本国内に限られていた。しかし、コミック本編集者で漫画マニアの久保雅一と任天堂がタッグを組むように。久保は「ピカチュウ」というキャラクターには世界的にファンを獲得できる潜在力があることを見出し、ポケモンの海外展開が本格的に始まった。
1998年映画作品のピカチュウ/The Hollywood Archive/Alamy Stock Photo
久保は、アッシュ、ミスティ、ブロックの3人の旅人をめぐるストーリーを中心に、テレビアニメ化と映画化を進めた。3人の旅人にはそれぞれ、ポケボール(ポケモンをつかまえるツール)ではやっつけられない、個性的なポケモンパートナーがいる。
現代日本社会を専門とする文化人類学者のアン・アリソンは、著書『Millennial Monsters』*の中で、この新しいエンタメ帝国(ゲーム、トレーディングカード、テレビ番組、映画)は久保が考えるハーモニーのビジョンに根差していると述べている。それは、人間とポケットモンスターが手を携え、やさしさと愛情をもって生き抜くさまに現れている。サトシとピカチュウのあいだにある絆こそが、ポケモンが世界的に成功をおさめた真髄なのだ。
*2006年刊行。邦訳版『菊とポケモン―グローバル化する日本の文化力―』は2010年刊行。
「かわいい文化」の象徴
「かわいい(Kawaii)」は日本発の文化で、その成功を象徴するのがピカチュウだ。その魅力はキャラクターとしてのデザイン性と、アニメや映画作品の中で披露されているピカチュウの感情的な共鳴性によっても支えられている。ピカチュウは色や形からそれとわかりやすく、いろんなスタイルで描きやすい。名前もキャッチーで、日本人でなくても覚えやすい。小さくて愛らしく、ピカチュウのおもちゃで遊ぶ子どもたちにも愛情や親密さをかんじさせ、面倒を見てあげたいと思わせるものがある。
ビジュアル的な要素に加えて、ピカチュウの性格やパワーも魅力的だ。サトシに忠実で、あまたの困難に勇敢に立ち向かい、表情や音で感情を伝え、「ピカ、ピカ、ピカチュウ!」と存在をアピールする。
アニメ作品に登場するサトシのピカチュウは、進化(ポケモンがかたちを変え、新しい能力を獲得してより強くなること)を望まないことで知られている。プレイヤーが自分のポケモンの面倒を見て、進化させ、どんどん戦わせていくゲームの世界とは矛盾する。ピカチュウの威力は、ポケモンのひとつとしてではなく、「ピカチュウ」という個のアイデンティティによってもたらされているのだ。
サトシの相棒としてのピカチュウは唯一無二の存在だ。ゲームやアニメでは無数のポケモンと遭遇するが、サトシのピカチュウはそれらとは違う。もっと言うと、私たちのピカチュウとも違う。ピカチュウというキャラクターには多様性がある。だからこそ、『ポケモン』は、ピカチュウというキャラクターがまとっている広い意味での資質を壊すことなく、新しいストーリーやシナリオを生み出すことができている。
このようにして、ピカチュウはサトシの旅の相棒となり、世界的な企業ブランドとなってきた。サトシのピカチュウの冒険を見て育った子どもたちが、大人になった今でもピカチュウと近しいつながりを感じることができているのは、ゲーム、テレビ、映画とさまざまな媒体を通してピカチュウとの関係性を育んできたからだ。
サトシとピカチュウが引退しても、ピカチュウの記憶は、何世代にも渡るファンの心に残り続けるだろう。そして任天堂は、「キャプテン・ピカチュウ」という後継キャラクターを通じて、“かわいい”文化を世界へ発信し続けるだろう。
新キャラクター、フリード博士とキャプテン・ピカチュウ/The Pokémon Company
著者
Lincoln Geraghty
Professor of Media Cultures, University of Portsmouth
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2023年3月6日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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