日本ではセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」)や性暴力のニュースを聞かない日はなく、その対策は遅々として進んでいないように思える。他の先進国ではどうだろうか。カナダ・アタバスカ大学で組織行動論を専門とするアンジェラ・L・ワークマン・スターク准教授らが、カナダでも大きな問題であり続けているセクハラ問題への対策について『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。
 


カナダ労働会議の2022年度報告書では、この2年で従業員の半数近くがセクハラ被害を受けたとされている。この問題の大きな部分を占めるのが、セクハラ問題の捉え方にある。セクハラはれっきとした人権侵害であるのに、特定の人間関係に矮小化されるケースがあまりにも多いのだ。そのため組織は、通報ルートの整備や罰則の強化など、個人に訴える対策に走っているが、たいていは十分な機能を果たしていない。加害者を罰することももちろん重要だが、それだとその加害者だけにしか対処できていない。

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セクハラは人権侵害であるのに、人間関係の問題とされるケースがあまりにも多い。(Shutterstock)


問題が起きてからの個別アプローチには、セクハラを防止する効果はほとんどない。組織の文化やリーダーシップのあり方など体系的な原因を見過ごしてしまっている上に、「セクハラの何よりの要因は加害者よりも組織のあり方にある」との研究結果を無視している。セクハラ問題への向き合い方を根本的に変えていく必要がある。

セクハラの再定義を

端的に言うと、セクハラは特定の人間関係の問題ではなく、組織の問題なのだ。そのため、組織やそれを取り巻く環境から状況改善に取り組む必要がある。

セクハラが起こりやすいのは、男性主導の、“男性的な”競争文化が浸透している組織だ。莫大な仕事量を抱え、長時間労働にいそしむ強さや体力が重んじられ、家族よりも仕事を優先し、弱みは見せず、無謀なリスクをとって、過剰な競争にさらされる。このような“マッチョイズム”をベースとした競争文化では、従業員たちはハラスメントを否定し、ときに正当化し、ハラスメントによって「本物の男性」というアイデンティティを守ろうとすることさえある。“男らしい仕事”と言われる警察組織では、その「男らしさ」が女性蔑視の態度に表れやすい。警察官には厳格な男性規範(弱さを見せない、力と体力の誇示、意欲的であることなど)が強いられ、「男らしさ」を過度に強調し、感情を抑え込むことがよしとされ、従わない者は、嘲笑、拒絶、いやがらせの対象になりうる。

アカデミック界の文化も、強さや根気強さを重んじることで「男らしさ」の争いを促している。昇進制度は、健康や家族のために休暇を取る教員に不利にはたらき、競争の激しい学問や他人の成果を横取りするような行動が評価される仕組みになっている。「軍隊の次にセクハラの発生率が高いのが学界である」との研究結果も、驚くべきことではない。この有害な文化を促し、変えようとしないのなら、セクハラがなくなることはないだろう。

報告のしくみを整備するだけでは不十分

ハラスメントが起こらない職場を守り抜く、それはカナダの人権法にも定められている然るべき対応である。しかし、企業がハラスメントを人権侵害として考えるのは裁判沙汰になったときくらいで、通常はハラスメントを本気で撲滅したいというよりは、“コンプライアンスに気を付けて”くらいのテンションに過ぎない。

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加害者を罰する一方で、ハラスメントを許し、促してしまっている職場文化の見直しが必要。(Shutterstock)

状況を抜本的に変えていくには、形式的な報告のしくみを設けるだけではまったくもって不十分。セクハラを生み出している規範、慣習、信念を、企業のリーダーたちが本腰を入れて検証する必要がある。

事実、多くの人はセクハラ被害に遭っても声を上げるのをためらい、声を上げたとしても、すぐに黙殺される。公式な申し立て、それは事後の対策であって、ハラスメントを未然に防ぐものではない。

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セクハラ被害を受けても、多くの人は声を上げるのをためらう。(Shutterstock)

組織の文化や慣習を改善するには、組織としての「自己教育」に継続的に取り組む必要がある。従業員が組織のリーダー層、文化、職場の人間関係やそこでの経験をどう感じているか、意識調査を行うとよいだろう。こうした調査を行うことで、セクハラを生み出しうる組織の内情を深く理解し、早期警告を発し、職場環境のさらなる悪化を防ぐことになる。

変革には大胆なリーダーシップが必要

組織としてハラスメントに対処するには、従業員の採用、育成、指導のやり方を見直し、より好ましい行動を促していくべきだ。それには、倫理意識のモデルとなり、従業員に期待することを明確に伝え、倫理基準に違反した場合に責任を問う、胆力のあるリーダーの存在が必要となる。

「リーダーが従業員に公平に接することは組織の構成員たちの手本になる」ことを示した研究もある。公平な行動には、「男らしさ」の競争文化を和らげ、ハラスメントを減らす可能性もある。

組織内(特にトップ層)のジェンダー多様性を高めることでも、ハラスメントの発生率を下げられるだろう。女性や多様なジェンダーの人を採用し、組織にまんべんなく取り入れられれば、権力や影響力が偏らない職場環境をつくりやすくなる。

セクハラ問題への特効薬はないものの、組織内の文化改善に取り組めば、セクハラ事例を減らすことはできよう。セクハラは対人関係の問題ではなく、れっきとした人権侵害と認識し、最大限の努力をもってして向き合う必要がある。このメッセージは強調してもしきれないほどである。

著者
Angela Workman-Stark
Associate Professor, Organizational Behaviour, Athabasca University

Jennifer L. Berdahl
Professor of Sociology, University of British Columbia

Lilia M. Cortina
University Diversity and Social Transformation Professor of Psychology, Women's & Gender Studies, and Management & Organizations, University of Michigan


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2023年10月26日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
The Conversation



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