「ファンクショナル・ゼロ」とは、必要な人に住まいや支援を実質的にどのくらい行き渡らせられるかを測る指標である。関係する組織がバラバラに動くのではなく、互いに連携し、地域密着型の支援を行うことがポイントとなる。「ホームレス問題は解決できる」ことを具体的に示していく米国発のムーブメントを「ビルト・フォー・ゼロ(Built for Zero)」*1というが、オーストラリアでも「アドバンス・トゥー・ゼロ(Advance to Zero)」という名のもと、同様のアプローチが広がっている。
Illustrations by Benji Spence
*1 https://community.solutions/built-for-zero/the-movement/
鍵となるのは、ホームレス状態にある人の個人名での把握
具体的な対策のひとつが「バイネームリスト」の作成だ。路上生活者を総数でなく、それぞれの事情を持つ、名前のあるいち個人として登録する。そのうえで、域内の関係機関が協力し、その人のニーズに応じた支援(医療や物資の提供など)を行いつつ、住まいに入れるようサポートする。支援の優先順位付けによって、支援から取り残される状況を回避するねらいだ。ホームレス支援団体ローンチハウジング*2のジョージ・ハトヴァニいわく、オーストラリアではすでに約20の地域で、こうした取り組みが成果を上げている。「自治体や関係機関と緊密に連携し、うまくいっていること、そうでないことの知見を共有し合っています」。プロジェクト実施にあたっては、2015年から同様の取り組みを進めている米国やカナダの事例を大いに参考にしている(米国では少なくとも14の地域が、ファンクショナル・ゼロを達成している*3)。
*2 https://www.launchhousing.org.au/
*3 14の地域リスト
「バイネーム・リスト」の作成は、住宅提供のためだけではない。住まいを確保した後の、個々のニーズに合わせた支援にも利用する。「住まいを失う理由はさまざま。住まいを確保することで生活基盤を立て直せる人もいれば、その後も引き続き支援が必要な人もいます」。
住まいがない状況では、何とか生き延びることで精一杯となり、健康問題は後回しにされやすい。そのため、ようやく家に住めるようになったときに、長い間にためこんだ問題が露呈しやすいのだ。「住まいに入るやいなや自分の体に意識が向き、いろんな問題が浮上する、恐ろしい時期でもあるのです。住宅に入居したとたん、亡くなる人も少なくありません」
How By-Name Data Helps Communities End Homelessness(英語)
課題は公営住宅の不足
2019年にオーストラリアで初めて「アドバンス・トゥー・ゼロ」の取り組みを始めたメルボルンのポートフィリップ市では、これまでに108人の路上生活者に住まいを提供した。「適切な支援がいかに大切かということです。リソースさえあれば、路上生活者に住まいを提供することは、そこまで難しいことではありません」とハトヴァニ。しかし、プログラムの障壁となっているのが、「公営住宅の不足」と「住居確保にかかる時間の長さ」だ。ビクトリア州では公営住宅の戸数が国内平均をはるかに下回っており、2018年から2022年にかけて待機者数が45%も増加している。オーストラリア全土では、公営住宅の空きを待っている人は17万5600世帯に上るとされている。
「ファンクショナル・ゼロ」への批判と可能性
「ファンクショナル・ゼロ」を批判的に見る向きもある。米国の権利擁護団体のなかには、「ゼロ」をうたうことで、この問題は解決済みとの印象を与えかねないと指摘する声も。全米ホームレス連合のミーガン・ハスティングスも、このプログラムはホームレス問題の根本原因(アフォーダブル住宅の不足、一向に上がらない賃金、家庭内暴力など)にまでは取り組めないと国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)に語った。また、「バイネーム・リスト」がカバーするのは路上生活者だけで(ホームレス状態にあるとされる12万2,000人超の約6%のみ)、車上生活者や知人宅を泊まり歩いている人、仮設住宅やシェルターで過ごしている人は含まれていないと指摘する声もある。Illustrations by Benji Spence
とはいえ、地域単位で集中的に取り組むこのアプローチは、着実に成果をあげている。「この考え方でホームレス問題に取り組むようになってしばらく経つので、だいぶ受け入れられるようになっています」とハトヴァニ。「人間性をないがしろにするような画一的なやり方ではなく、その人が何を必要としているのか、一人ひとりのニーズに目を向けたアプローチなのです。大変な思いをしている人に手遅れにならないよう手を差し伸べ、生活再建を支援する。そうすれば、必ずや状況を変えていけるのです」
住まいがもたらす精神的余裕を実感
メルボルンで10年近く路上生活を繰り返していたアレックスも、以前は「ここから抜け出す道などない。これが私の人生。いずれ路上で死ぬのだろうと、あきらめの境地になっていました」と振り返る。ところがある日、彼女は助けを求めて駆け込んだロイヤル・メルボルン病院で、ローンチハウジングのケースワーカーとつながった。その後、州のホームレス支援プログラムを通じて住まいに入居することができ、1年以上になる。本当の意味で緊張が解け、心落ち着く日々を送れるようになるのに半年かかったというが、ひとたび安全を感じられるようになると、それまで考える余裕もなかったことについても思いを馳せるようになった。 「私はトランスジェンダーですが、そのこととホームレス状態にあることは関係ないと言い続けてきました。でも、あらためて振り返ってみると、自分らしくいられないことからくる不安や気分の落ち込みも大きく影響していたのだなと感じます。今は少しずつ、なりたい自分に近づいている実感があり、それが生きる力になっています」と語る。アートを楽しむなど、精神的な余裕も生まれている。「壁に絵を飾ったり、家のものを買ったり、庭仕事をしたり……もう路上に戻ることはないのだと安心感を感じられています」
By Sinéad Stubbins
Courtesy of The Big Issue Australia / International Network of Street Papers
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