いま急速に広まっている「ネイチャーポジティブ(自然再興)」という言葉を聞いたことはあるだろうか。自然破壊を続けるのではなく、今よりもっと豊かな自然が存在する未来を描いていこう、いたってシンプルなコンセプトだ。

環境分野での国際的連携によって創られたこのコンセプトは、産業界、世界的リーダー、自然保護活動家から好意的に受け容れられている。だが、いつの時代も急速に広まるものには注意が必要だ。環境によしとされたアイデアが、グリーンウォッシング*1の隠れ蓑になった例もある。しっかりしたガイドラインを設けておかないと、“不都合な真実”から目をそらすために利用されるおそれもある。ネイチャーポジティブの真の意味合いについて、クイーンズランド大学環境マネジメント学のマーティン・マロン教授らが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。 

*1“環境への配慮”を謳った商品やサービスを提供しながら、実際には環境に配慮できていないこと。

ネイチャーポジティブ推進の動き

2023年9月に国際環境団体27機関が立ち上げた「ネイチャーポジティブ・イニシアチブ」によると、ネイチャーポジティブは、「2020年を基準として、それ以上の自然損失を食い止め、回復させることを目指す。そのために、生物種・個体数・エコシステムの健全性、豊かさ、多様性、維持力を向上させ、2030年までに明確に自然を回復に向かわせる」と定義されている。

photo1 (4)
Shutterstock

つまり、森林伐採・外来種・気候変動への対策を通じて、自然への「悪影響」を減らすと同時に、生態系の回復や再野生化といった「好影響」をもたらす活動に投資していこうというのだ。非常に大がかりではあるが、本質的な目標である。自然界はわれわれ人類の生命維持システムであるのに、その生命圏を自分たちで深く傷つけてきたのだから。

ネイチャーボジティブへの支持を表明しているオーストラリアの環境大臣ターニャ・プリバーセクは、2024年10月に初となる「ネイチャーポジティブ・サミット」を開催する計画を発表した。その目的は、「環境を保護・修復するため、民間セクターの投資を促進する」だ。プリバーセク大臣の「Nature Repair Market(自然修復市場)」計画にも、ネイチャーポジティブの影響が見てとれる。さらに、ニューサウスウェールズ州は生物多様性関連法を見直し、ネイチャーポジティブを義務化すべきとの提言がなされた。

PR目的に利用するのではなく実体ある取り組みを

しかし、こうした大局的な計画というのは、政府や企業が実際よりも環境に配慮している印象を与えるPR目的で利用されかねない。「ネイチャーポジティブ」という言葉はすでに、あいまいな環境活動に対しても安易に使われ過ぎているきらいがある*2が、ネイチャーポジティブという言葉に関心が集まることで、環境破壊を防ぐ取り組みがおろそかになるようなことがあってはならない。

*2 この点を指摘した論文。Don’t dilute the term Nature Positive(2022年8月)

オーストラリア政府が2022年12月に発表した「ネイチャーポジティブ計画」を取り上げてみよう。このプランでは、開発業者が脅威にさらされている生物多様性を破壊していることが明らかなのに、その埋め合わせとなる生物多様性オフセットが実施されない場合、その業者は「環境保全支払い(conservation payments)」が課され、政府がそれによって得た資金を環境保護プロジェクトへの投資にまわすことになっている(開発によってダメージを受けた生物多様性と直結するものである必要はない)。このアプローチによって、“環境全体としてより良い結果”がもたらされるとしている。これはつまり、全体としての自然が増えるのなら、絶滅危惧種の生態系が破壊され、より置き換えやすい生態系で補完される可能性もあるということだ。

自然にとってのポジティブとは:その基本原則

ネイチャーポジティブの動きが本当に自然にとってよいものとなるには、どうすればよいのか。この極めて重要な動きが、貴重な生態系や種のさらなる損失を正当化するために用いられたり、対策の利点ばかりが必要以上に誇張されたりしてはならない。

photo2 (5)
Shutterstock

ネイチャーポジティブを目指した動きが誤った方向に導かれないようにするため、筆者らが実施した研究*3では3つの方法を提示している。

*3‘Nature positive’ must incorporate, not undermine, the mitigation hierarchy

第一に、自然にダメージを与えるおそれがある開発提案は、「ミティゲーション・ヒエラルキー」(開発などによって生じる生物多様性への影響緩和の優先順位)に従わせる必要がある。すなわち、その生物多様性の損失を全面回避できないか? 全面回避が難しいなら、ダメージを最小限に抑えることはできないかを検討する。何かしらのダメージが生じる場合は、同じ種類や量のポジティブな影響によってそのダメージを埋め合わせるようにするのだ。

だが、これが達成されることはまれで、実際の開発業者は生態系へのダメージ回避や最小化に消極的なため、ミティゲーション・ヒエラルキーの中で最もリスクの高い最終段階「生物多様性オフセット」に大きく依存することになろう。もちろん、生物多様性オフセットも機能しうるが、それは非常に限定された状況においてのみで、どうしたって代替できないものもある。そして、自然のほとんどは代替不可能である。たとえば、かたちとなるまでに数百年かかる原生林や木のうろ(樹洞)は代替がきかない。そのため、ネイチャーポジティブへの動きは、自然破壊の対処になっていない大ざっぱな環境対策に終始するのではなく、「ミティゲーション・ヒエラルキー」に厳格に従って進める必要がある。

第二に、組織は生物多様性への直接的な影響だけでなく、事業運営や資源利用がもたらすエコロジカルフットプリント*4にも考慮しなければならない。つまり、ネイチャーポジティブを実現するには、サプライチェーン全体の見直しに取り組む必要がある。企業または組織に、避けがたい自然への悪影響に責任を取り、削減・埋め合わせさせるのは容易ではないが、不可能ではない。サプライチェーンについての知識やトレーサビリティ(追跡可能性)を向上し、無駄な消費を減らし、削減不可能な損害を埋め合わせるため、自然再生への投資を行うべきだ。

*4 生態足跡。人間活動が生態系・自然に与える負担を示す環境負荷指標のひとつ。

第三に、ネイチャーポジティブに賛同する組織は、自らが直接・間接的に生物多様性に与える影響の埋め合わせだけでなく、生態系の積極的修復にも寄与しなければならない。長年にわたる環境破壊の規模を踏まえると、現在および将来における生物多様性への影響を完全に埋め合わせたとしても、ネイチャーポジティブは達成できない。そこで有益な役割を果たしうるのが、いわゆる自発的な「生物多様性クレジット*5」なのだが、信望があるものにはリスクもつきまとう。企業が、生物多様性への悪影響を回避・最小化する努力をせず、生物多様性クレジットを購入することも可能だからだ(カーボンオフセットの時とまったく同じ問題だ)。

*5 生物多様性オフセットを実行するため、生態系への影響を他のものと交換できるよう定量化したもの。

ネイチャーポジティブを行動へ移す段階へ

何十年もの間、環境保護主義者たちは、自然保護区や環境法整備のためロビー活動を行い、残された自然を守ろうと努めてきたが、常に優先されるのは経済成長と利益ばかりで、自然減少は加速するばかりだ。

私たちが享受している自然の恵みをこれからの世代に引き継いでいくには、本格的な社会変革が必要だ。だからこそ、“ネイチャーポジティブ”が歓迎されているのだ。

自然の減少を遅らせるだけでなく、むしろ増加させる方向へ舵を切るべき時が来ている。しかし、目の前のタスクを過小評価してはならない。ネイチャーポジティブの考えが具体的な行動につながって初めて、自然破壊を減少させ、生態系の回復や再野生化(リワイルディング)を促すことができる。ネイチャーポジティブが単なる宣伝手段になってしまっては、状況は何ひとつ変わらないだろう。

Nature Positive Initiative
https://www.naturepositive.org


For an Equitable, Nature Positive and carbon-neutral world(英語)


著者
Martine Maron
Professor of Environmental Management, The University of Queensland

Megan C Evans
Senior Lecturer, Public Sector Management, UNSW Sydney

Sophus zu Ermgassen
Postdoctoral Researcher, University of Oxford


※本記事は『The Conversation』掲載記事(2023年9月21日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。



*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?

ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。

ビッグイシュー・オンラインでは、提携している国際ストリートペーパーや『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの良質の記事を翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。

ビッグイシュー・オンラインサポーターについて

The Conversation

『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
応援通販サムネイル

3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/



過去記事を検索して読む


ビッグイシューについて

top_main

ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。