ChatGPTなどの生成AIツールの登場により、他の分野同様、翻訳の世界も根底から揺さぶられている。しかし、AIを活用した機械翻訳による誤訳が、米国への亡命申請に大きな混乱をもたらしている事実をご存じだろうか。人の名前が月名になっていたり、期間や代名詞が不正確だったり......。「この手の間違いは、数え上げるときりがありません」と話すのは、1万3千件以上の亡命申請書類の翻訳を担ってきたグローバル団体「レスポンド・クライシス・トランスレーション」の創設者アリエル・コレンだ。誤訳によって申請却下につながるおそれもあると警告する。

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ある女性の申請書類に「DV(家庭内暴力)被害に遭っている」との重要な記述があった。にもかかわらず、使用していた翻訳ソフトが正常に動作せず、時間もなかったため、弁護士はその情報を見落としていた。「機械翻訳は、極めて重要な局面にある人の申請書類に耐えうる品質を備えていません」と、Google翻訳での仕事経験があるコレンは話す。同団体の翻訳者によると、ざっと見積もって、アフガニスタン人の亡命申請の約4割で、機械翻訳による誤訳を目にするという。

「政府の委託業者や大きな支援組織でAI機械翻訳の利用率が高まっているのは、“コスト削減”という非常に大きなメリットがあるとされているため」とコレンは指摘する。米国の入国管理は何かと透明性に欠け、AI機械翻訳がどの程度使われているかは定かでないが、確実に、世界中の政府や亡命者支援団体は自動化テクノロジー利用に舵を切っている、と語るのはシンクタンク「センター・フォー・デモクラシー・アンド・テクノロジー」の政策アナリスト、アリヤ・バティアだ。

調査報道機関「プロパブリカ」の2019年度報告書によると、入国管理局の職員は、難民申請者のソーシャルメディアの投稿を“審査”するにあたり、Google翻訳を使うよう指示されていた。この件に関し、司法省、移民関税執行局にコメントを求めたが回答はなく、「AI利用に関するガイドライン」を発表したばかりのホワイトハウスからも返答はなかった。亡命申請に機械翻訳を使用することへの懸念について、Google社の広報担当者は、「当社では、サポートする133言語すべてにおいて、高い翻訳品質基準を満たすよう厳しくテストを実施しています」とし、同サービスは無料提供である点を強調した。

現時点では、人間のチェックが必須

バティアと共同で機械翻訳の利用に関する論文を発表した特別研究員のガブリエル・ニコラスは、亡命申請に機械翻訳を使用することの大きな欠点は、「(翻訳の正確性)チェック機能を組み込むことの難しさにある。申請者は一つの言語しか話せないため、翻訳上のミスが見逃される可能性が非常に高くなる」と語る。この数年で大きな進歩を遂げた機械翻訳だが、亡命申請手続きのように複雑かつ、身分の保障がかかわる状況での利用に耐えうるものにはなっていないのだ。

そもそもどのようにAIに学習させるかという根本的な問題がある。英語なら大量にあるデジタル化されたテキストも、他の言語だとそうはいかない。そのため、微妙なニュアンスをくみ取れなかったり、誤訳が生じたりするだけでなく、こうした翻訳は、英語など主要言語を通して世界を見たものになる。つまり、英語話者の視点で翻訳がなされ、原語の意味やニュアンスが正確に伝わらないケースが多くなると。

シカゴ拠点の翻訳会社マルチリンガル・コネクションズの創設者でCEOのジル・クシュナー・ビショップはいう。「今やAIは、みなさんの関心事です。もちろん、ChatGPTなどの利用が適した案件もあり、その性能はどんどん高まっています。ですが、まだほとんどの場合は、人間を介さずに使えるものではありません」

制作ディレクターのケイティ・バウマンいわく、同社ではさまざまな言語で定期的にテストを実施しているが、トルコ語や日本語のテキスト翻訳、および背景雑音のある音声からの文字起こしなどで問題が頻発している。「警察による事情聴取の一部を機械翻訳にかけたところ、意味の通らない箇所が数多くありました。時間の節約にならないツールを現場で使うことはできません」とバウマン。 同社でも機械翻訳を使う場面は増えているが、必ず人間の目を通すようにしているという。「当然、自分が理解できない言語のミスには気づきようがありません。それが亡命申請で使われたら......人間の目で確認しないことには、どんな誤解が生じるかわかりません」とビショップ。 ChatGPTを開発したOpenAI社からは、広報担当者から、警察当局、刑事司法、移民・亡命申請など「政府による高いリスクを伴う意思決定」での使用を禁じているとの利用方針が示された以外、コメントは得られなかった。

間違いだらけの翻訳で書類が作られる

レスポンド・クライシス・トランスレーションでは、AI機械翻訳のせいでむしろ余計な仕事が増えているという。「結局、尻拭いをさせられるのは人間の翻訳者なのです」とコレンは語る。 同団体の翻訳者サマラ・ズザは3年前から、カリフォルニアの移民拘留施設に収容されている人たちの亡命申請に関わっているが、AI機械翻訳による申請書類の精度の低さを指摘する。「とんでもない間違いだらけなんです。裁判所に送られる書類なのに、町や州の名前が間違っていたり、文章の順序が逆になっていたり……」

あるブラジル人男性(49歳)は、母国語(ブラジルのポルトガル語)しか話せず、読み書きもおぼつかず、入国管理局に収容された6か月間、職員や他の被収容者たちとのコミュニケーションに苦労した。「言葉のせいでひどい目にあった」と振り返る。亡命申請書類を記入する際も、タブレット端末のボイスレコーダーと機械翻訳アプリに頼るしかなかった。「翻訳ミスだらけの、ひどい書類でした」と振り返るズザが翻訳サポートに入り、2020年5月にようやく釈放され、現在はマサチューセッツ州で暮らすことができている。

By Carey L. Biron
This article first appeared on Context, powered by the Thomson Reuters Foundation. Courtesy of the International Network of Street Papers.

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