2023年2月にトルコ南東部とシリア北部を襲った地震により、少なくとも4万7千人が亡くなり、約2千6百万人の生活が混乱に陥った。今回のような歴史上類を見ないレベルの自然災害が起きると、食料や水、医薬品、毛布など物資の支援が必要なのは言うまでもないが、被災者には同時に「心理的な応急処置」――カウンセリングを受けられる体制、友人や家族・親戚、そのほか大切な人との連絡が取り合えるようにするーーの提供がとても重要となる。米ノースイースタン大学の政治学・公共政策学部のダニエル P.アルドリッチ教授らが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。 

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2023年2月、大地震に見舞われたトルコのハタイ県
Ugur Yildirim/dia images via Getty Images


近しい人とのつながりを維持することでもたらされるメリットについて研究してきた筆者らは、「社会的な絆」が悲惨な出来事からの回復に役立つことをよく知っている。だが、被災者支援というと、食事、暖房、住まいの確保が急がれ、どうしても心理面にフォーカスした支援が不足しているのが実態でもある。

遅れがち、資金不足な心理面サポート

災害対応にあたるトルコの政府機関「AFAD」は、テントや医療、物資援助にかなりの比重を置いており、精神面のケアはごく一部の非政府組織(マヤ財団やトルコ心理協会など)が実施するにとどまっている。しかも、こうした組織には、トルコ地震救援基金を通じて集まった寄付金の1割以下の資金しかまわっていない。

多くの国際的な援助団体、民間企業、NGOが、捜索・救助活動や復興を支援するキャンペーンを開始。国連も、援助活動の支援に10億ドル(約1470億円)を集めるよう加盟国に呼びかけた。米国は1億ドル(約147億円)超の拠出を発表している。これらの資金はすべて緊急対応や人道支援(食料、医薬品、避難所の提供)にあてられる。トルコ政府は3月より被災地に3万戸の住宅建設を開始し、被災者に現金支給を行うと発表した。

これまでのさまざまな災害後に実施した調査からは、災害後にメンタルヘルスの問題が顕著となることが明らかになっている。多くの被災者が、不安、抑うつ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を経験する。 原因のひとつは、災害によって日常生活が突如ストップし、精神的な支えとなっていたものにアクセスできなくなってしまうことにある。避難所生活により、かかりつけの医師や隣人、友人らと会えなくなる。社会的なつながりが不足している被災者はとくにメンタルに不調をきたしやすい。多くの死傷者が出た災害の後では、家族を失ってもその人を弔うまともな墓をつくる場所すらないこともある。

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地震やハリケーンなどの自然災害は、多くの人の暮らしを激変させる
Omer Alven/Anadolu Agency via Getty Images


2005年のハリケーン・カトリーナの発生から7週間以内に米疾病対策センター(CDC)が行った調査では、ニューオーリンズ住民の半数近くにPTSDの症状が見られた。 災害後の状況調査からは、強固な社会的ネットワークがあれば、災害後の打撃をいくぶんかは和らげられるとの知見が得られている。

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シリア・アレッポ ーー2023年2月の大地震で破壊したビルに集まる人々
Louai Beshara/AFP via Getty Images

家や日常生活が失われても、家族や友人と緊密に連絡を取り合うことができれば、喪失感を抑えられるのだ。これまでの生活を失っても、隣人たち(同じ苦難を経験していることが多い)とのつながりを持ち続けられる人は、PTSDや不安のレベルが低くなる傾向がある。友人や親戚が精神的な支えとなり、情報収集を手助けし、精神面のケアや外部のサポート手配をしてくれる。

2011年3月に起きた福島第一原子力発電所のメルトダウンの後、約600人の近隣住民に調査したところ(チームメンバーの一名が参加)、4人に一人以上の割合でPTSDの症状がみられたが、友人や大切な人などと強い結びつきがある人は、そうでない人と比べて、メンタルの問題がみられるケースは少なかった。東日本大震災に関する別の調査(同じくチームメンバーの一名が参加)でも、強い社会的つながりがある被災者は、災害後の回復がより迅速で、十分に回復できていることがわかった*1。

*1 以下の論文を参照:Social capital as a shield against anxiety among displaced residents from Fukushima, Social capital building interventions and self-reported post-disaster recovery in Ofunato, Japan

心理的支援への4つのアドバイス

今後、被災地で救援活動にあたる団体や政府機関は、被災者のメンタル面にフォーカスし、それに必要となる資金を増やす必要がある。そのために4つの助言をしたい。
  1. 災害発生の直後に現地入りする救援要員に、心理学の専門家、セラピスト、ソーシャルワーカー、精神科医を加え、グループや個人向けのセラピーを行えるようにする。

  2. 復興支援において、被災地域の信仰に基づく組織や精神的指導者が重要な役割を果たせるようにする。

  3. できるだけ多くの公共スペース(カフェや図書館など人が集える場)の運営再開を働きかける。離れた場所にいる家族や友人とオンラインでつながれるよう環境整備をすすめるのもよいだろう。

  4. 復興支援において、「通信手段の確保」の優先度を上げる。無料通話サービスやWi-Fiを利用できるようにすることを基本的な災害支援に含め、被災者が遠方の家族や友人と連絡を取り合えるようにする。
大災害はいつ起こるかわからないが、今後のためにも、救援活動において、被災者の精神面のケアや、近親者とのつながりを保てる支援の重要性を強調したい。

著者
Daniel P. Aldrich
Professor of Political Science, Public Policy and Urban Affairs and Director, Security and Resilience Program, Northeastern University

Yunus Emre Tapan
Ph.D. Student in Political Science, Northeastern University



   ※本記事は『The Conversation』掲載記事(2023年2月27日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

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