かつては草原が広がっていたというシベリアでは、永久凍土が解け始め、大量の二酸化炭素が発生、温暖化の進行を促進している。この地で保護区を管理するジモフ親子は「さまざまな種類の草食動物を増やす」という意外な方法で、問題の解決に取り組む。 

以下は2022-09-15発売の『ビッグイシュー日本版』439号からの転載です。

凍土融解、旅客便のCO2に相当
動物が草を踏み固め、融解を防ぐ

ロシアの極北、厳寒地のシベリアで、ラクダの小さな群れが初めての冬を迎えた。地質時代にちなみ「プライストシン・パーク(更新世パーク)」と命名されたこの自然保護区には、他にもバイソン、ヤク、ウシ、ヤギ、ヒツジといった意外な草食動物たちが暮らす。寒冷な環境下での飼育が可能な動物たちだが、パークで働くスタッフらによって、飢えなどの心配がないよう大切に育てられている。

この保護区に彼らを招き入れたのは、科学者のセルゲイ・ジモフだ。セルゲイは1984年、研究のためシベリアの僻地へと拠点を移し、ソビエト連邦の崩壊後も留まり続けた。ライオンやオオカミ、さらには巨大なマンモスといった大型哺乳類の遺骸を発見したセルゲイは、更新世(約258万年前から約1万1700年前まで)のシベリアがサバンナ地帯のような草原に覆われていたと気づく。彼はまた、永久凍土が解ける際に膨大な温室効果ガスを放出している問題も突き止めた。

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凍土の中には大昔の骨も多く埋まっている/Photos: Maxim Shemetov

そこでセルゲイは「野生の草原を更新世パークに蘇らせる」という型破りな解決策を思いついた。彼は息子のニキータと20㎢の土地に草食動物を定住させ、氷河期時代のような植生を再現しようとしている。

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保護区に生えた草を食べるウマの群れ/Photos: Maxim Shemetov

「北米やヨーロッパとは異なり、ロシアの大部分は氷河に覆われていませんでした」とニキータは言う。氷河期が終わると、草原は森林へと遷移した。熱帯地で樹木は炭素を吸収する重要な役割を果たすが、寒冷地では土壌を覆い永久凍土を解かす地熱を蓄える役割を果たす。つまり森林を草原に変えることで、大地の温度を下げられるのだ。また、積雪時には動物に踏み固められ密度を増した板状の草の層が、凍土の融解をさらに遅らせるという。

「草食動物の生息地では、草や芝が植生の大部分を占めます」とニキータは説明する。「樹木などの植物は、深く張った根を通じてエネルギーを地中に蓄えます。草や芝は得たエネルギーの多くを大気中にそのまま放出するため、草原の地中の温度は木々が茂る場所よりも低く保たれるのです」

気候危機の深刻な影響は、極地において顕著に現れる。ジモフ親子はこの地で暮らした30年間で、その変化を実感した。「冬はより短く、暖かくなりつつあります」と話すニキータ。「今やこうした状況は、気象学者のみならず誰もが知るところです」

永久凍土層の融解による二酸化炭素の排出量は、世界中の国際旅客便から生じるCO2の総量に相当するという。排出量が増えると気温は上昇し、さらに多くのCO2が排出される。こうした循環への対策という点で、ジモフ親子の取り組みは注目に値するものだ。

拡大を続ける巨大クレーター
凍土から出現するマンモスも

一方、気候変動ジャーナリストのサイモン・マンディは、更新世パークから西に1000km離れた「バタガイカ・メガスランプ」を訪れた際に受けた衝撃を語る。

「このメガスランプは永久凍土の融解による侵食によって発生した、巨大なクレーターです。世界で今何が起きているのかが一目でわかり、その規模の大きさを目の当たりにできるのです」

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更新世パーク付近の大地。凍土の融解により木々が不安定に傾いている/Photos: Maxim Shemetov

25年前は溝以下のサイズだったこの場所が、現在ではシドニーのオペラハウスを飲み込むほどの大穴に変貌した。永久凍土の大地にくさび型に空いたクレーターは、年に14mのペースで周囲に広がっているという。「ロシアの永久凍土層は、中国とアフガニスタン、ナイジェリアの総面積にも及ぶほど広い。その一部が解け続け、メガスランプはさらに拡大しています」とマンディは語る。

「冷凍庫の電源を切ると、中の食料は数日のうちに腐り始めますよね。これと同じような現象が、シベリア全土で起きているのです。氷河期の時代からずっと凍っていたものが解けて現れると、微生物がそれを食べます。そして分解を行う過程で大量の二酸化炭素とメタンが大気中に発生し、地球に深刻な温暖化をもたらします」

メガスランプを訪れるのはこうした専門家だけではない。毎年新たに解けた凍土から出現するマンモスの遺骸は、象牙の取引規制の影響も相まって高値で売買されている。中国市場ではマンモスの牙に1万ドルの値が付くともいう。マンディはかつて、マンモス牙の密猟者たちが凍土の融解を早めるため、パイプ爆弾で地面を爆破する光景に遭遇したこともある。

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川沿いでマンモスの牙を発見するニキータ/Photos: Maxim Shemetov

そんな中で、ニキータはさまざまな計画を思い巡らしている。「この20㎢の区画は今、動物でいっぱいになりつつあります」と彼は言う。「次は144㎢の土地にフェンスを張り、新たな動物たちを放します。バイソンやウマに加え、私の大好きなラクダも再び連れてくるつもりです」

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更新世パークでラクダの写真を撮影するセルゲイ・ジモフ/Photos: Maxim Shemetov

「もちろん、それで終わりという訳ではありません。動物たちが棲む範囲は今後も広げていく予定ですが、さらに何百万もの動物が独立した生態系を築くことを期待しています。草原を最も効果的に広げる方法を研究し、草原が気候や人間を含む生物の環境に及ぼす影響を深く理解したいのです。生態系を作り出すのは気候だと思われがちですが、植生においては動物たちこそが分布の大半を左右しているのです」

(Steven Mackenzie, The Big Issue UK/編集部)






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