全国的に書店の数が減りつつあるにもかかわらず、あえて新規出店に挑戦する個人書店には、どんな思いが込められているのだろうか。
2023年春に大阪・九条にオープンした、個人書店「MoMoBooks-モモブックス-」店主の松井良太さんとパートナーの松井桃子さんに、お店を始めた経緯や想いについてお話を伺った。
九条の路地を入った長屋にあるお店
「トークライブハウス」の前職を経て、書店を選んだわけ
松井さんたちの前職は「トークライブハウス」の企画・運営だ。「トークライブハウス」とは、その都度設定するテーマに合わせてそのジャンルの経験者や識者を招き、その場で繰り広げられる対話を参加者と楽しむライブハウスのこと。松井さんたちが働いていたライブハウスでは、お笑いから社会派まで幅広いジャンルのイベントを開催することで、幅広い視点から社会を考える機会を提供していた。「その時、その場所、その人たちとでしか得られない体験」からもやりがいを感じていた。
しかしコロナ禍などを経て、自分たちが暮らす大阪・九条のまちで、「より幅広い層の人たちが、いつでも気軽に来られる場所をつくりたい」と考えるようになったという。
さまざまな選択肢があるなかで、夫婦のお気に入りのミニシアター『シネヌーヴォ』や大衆演劇場などがあるような文化のまちにふさわしい場所…と考えた結果、多様なジャンルをカバーする「書店」に挑戦することを決めた。
知れば知るほど、視野が広がり、生きやすくなる
書店を始めてみると、近所の人・商店街の買い物帰りの人・映画館帰りの人など、赤ちゃん・子どもから、おじいちゃん・おばあちゃんまで、これまで接点のなかったような人もふらっと訪れてくれるようになった。「まちや、まちの人たちの解像度が上がった。どんだけ自分が、視野狭かったのかと(笑)」と桃子さん。良太さんも「トークライブハウスで働いていた時もですが、本屋をやってみたら、知れば知るほど、『知らなかったことがいっぱいあったんや』と感じるんです。本屋をやりだして「こんなんも、あんなんもあるんや…!」というシンプルな驚きがあります。
ここ最近だと、フェミニズムの本がきっかけで、自分の中にある『男性性』の刷り込みに気づいたんです。『今までの“男性像”はちょっとしんどい』という気持ちがどこかにあって、楽になる方法はないのかと思ってたんでしょうね。『男性が書いた、男性を否定する本ってなんやねん(笑)』って思いつつ読んでみたら、価値観がひっくり返った。自分は視野が狭かったんだな、とか。」と楽しそうに話す。
「価値観がひっくり返るまでの経験はそんなに多くないかもしれませんが、それでも、知れば知るほど『生きやすくなる』というか…。『これが正しい』と押し付けるわけじゃないし、最初は訝しみながらでもいいので、ちょっとでも手に取ってくれたらいいなと。だから、うちで扱うのは専門書というよりは、何かの入り口となるような本が多いです。」
良太さんが選書、桃子さんがポップデザインやレイアウトを担当するお店には、絵本、映画や音楽、食、社会問題など実にさまざまなジャンルの書籍、ZINE(個人や小さな団体が自主的に出版した冊子)が並んでいる。
置ける本が限られるとしても「できるだけリアルなものとして、手に取ってほしい。触って感じてほしい」という気持ちからか、他の書店と比べるとかなり多くが「表紙」が見える状態でディスプレイされている。
書店だけでは厳しい。でもつながりが新たなつながりを生んでいく
実際に書店をやってみると「本屋が潰れていく理由が、実感として分かった」という良太さん。最初の数か月、書店の売上だけでは「あれ?全然…無理やん、って」と苦笑する。書店経営にも慣れてきた頃からは、同業者に話を聞いたり、他店とコラボしたり、ご近所さんに助けられたりするなかで、入り口となる機会づくりや、より居心地の良い空間づくりにも着手。現在は誰でもゆっくりできるよう、飲食許可も得ておやつやコーヒー、ビールなども楽しめるスペースを常設しているほか、前職でのイベント企画・運営の経験を活かし、企画展示や勉強会、編み物会、トークイベント、花の販売や読み聞かせの会などを随時開催している。「本屋だからこそ、いろんな催しに紐づけることができる」という。
読み聞かせイベントの様子
「1回のイベントで売り上げをあげる、とか、一度イベントをやって終わり…などとは考えていなくて、来てくれた人のつながりや興味をきっかけに、新たな何かにつながっていく感じです。」
取材時に開催していた展示会も、常連さんの紹介でつながったご縁によるものだそう。
書店と様々なイベントを試すうちに、だんだん「ギリギリやっていけるか…いけないか、くらいにはなってきたかな」と二人とも笑顔で話してくれた。
多様なお客さんに安心してほしい
「店に置くものが、その店のイメージをつくる」という良太さん。MoMoBooksの店内には、「WE AIM TO CREATE SAFER SPACE/DIVERSITY is CELEBRATED…(より安心な空間づくりをめざしています。多様性は尊重されます…)」というポスターが飾られているなど、あちこちで二人が大事にしたい価値観を表すものが目に入ってくる。生きづらさを感じる人も含めた多様な人を包摂し、さまざまなジャンルの記事を扱う『ビッグイシュー日本版』コーナーもそのひとつ。「映画や音楽、社会問題も扱ってて、もともと好きな雑誌で販売者さんからよく買ってた」という良太さんが、店をオープンさせる前から「書店だけど、取り扱いをさせてもらえないか」とビッグイシュー日本に問い合わせ、店で扱うようになったのだ。
店内に設けられたビッグイシューコーナー
お客さんの反応はというと、初来店で「え、ビッグイシュー置いてるんや」と手に取る方、「近隣の駅には販売者がいないから」とわざわざ買いに来てくださる方、月2回、最新号を買いに来るついでにほかの本も一緒に買ってくださる常連さんなど、おおむね好感触とのこと。パレスチナについてのイベントをした時には、ガザを特集した号があっという間に売り切れたそうだ。
「ビッグイシューはいろんなジャンルの記事があるので、いろんなものの入り口になる。お客さんと話すきっかけにもなりますし、『この雑誌を置く』ということが、お客さんにとって「安心できる」ことにつながっていると思います」
松井良太さん・松井桃子さん
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本離れの傾向はあるとはいえ、それでも毎年無数に発行されている新刊。その中から、「MoMoBooks-モモブックス-」は「ふだんあまり本を手に取ってない人をイメージ」して視野を広げてくれそうな本を選び、来てくれる人たちとともに安心できる空間をつくっている。
「好きなことしてるよね(笑)」と桃子さんは笑いつつ、良太さんは「うちの小さな店だったら棚の端から端まで見れるんで。そこで、『おっ』って思える本があるのが大事かなと思っています。『グッ』と来るその感覚を、買っていく人たちにつなげられたら」と、 “入り口”としての役割を話してくれた。
取材協力:屋富祖ひかる
MoMoBooks - モモブックス -
〒550-0022 大阪府大阪市西区本田4-9-13
TEL:06-7664-6313
MAIL:momobooks321@gmail.com
営業時間:火〜日 11:00〜20:00(月曜日定休ほか不定休)
【2024/7/9〜7/28】アーティスト・パフォーマーでアクティビスト金明和さんによる、アクション報告展示会<騒いで話して考えて(설치고 말하고 생각하고)>@モモブックス
https://momobooks.jp/RmX8KLhJ/sC7E1Mze
参考:ビッグイシュー日本の15周年記念イベントは、松井さんが働いていたトークライブハウスで行った
https://bigissue-online.jp/archives/1071097326.html
ビッグイシューの買えるお店は北海道から沖縄まで全国にあります
https://www.bigissue.jp/buy/shop/
『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。