2020年に有限会社ビッグイシュー日本が始めた「夜のパン屋さん」。街のパン屋さんからロスとなってしまいそうなパンを買い取って代理販売する仕組みで、フードロス削減と、販売スタッフの仕事創出の2つの意義を持つ。
そんな夜のパン屋さんの新たな試みとして2022年からスタートしているのが、「夜パンカフェ」だ。
開催場所となるのは、練馬区にある築約150年の古民家を改装した「けやきの森の季楽堂」。「いろんな人が混ざってつながり、語りあい、喜びをわかちあう場所」を目指し、カフェ、夜のパン屋さんの出張販売、マルシェなどを開いてきた。コロナ禍の時期を除いて、1か月に1回ほどのペースでコンスタントに開催している。
2024年10月12日開催の「夜パンカフェ」では、スペシャル企画として、「食」と「職」を通して若者へのサポート・場づくりに取り組む「文化学習協同ネットワーク」、「認定NPO法人育て上げネット」の2つの団体とコラボ。多様な人たちがつながる場所で生まれるものとは。この日のレポートをお届けする。
訪れる人を限定しないからこそ生まれる、思いもよらないつながり
「夜パンカフェ」のコンセプトは「いろんな人が混ざってつながり、語りあい、喜びをわかちあう場所」。このコンセプトについて、2024年1月から「夜のパン屋さん」の事業を継承したNPO法人ビッグイシュー基金の事務局長、高野太一はこう話す。「当初はさまざまな困難を持つ人への相談にも対応できる場を目指そうと思っており、相談ブースをを配置してのぞむべし、と構えていたのですが、途中でそれはやめようということになったんです。実際夜パンカフェにはたくさんのソーシャルワーカーがいますが、誰がそうなのかは明確にしていません。誰が誰なのか分からない場で、困っている人も困っていない人も一旦、来てもらおう、と。そういう人たちがなんとなく、コンスタントにつながっていける場所を目指して定期的に開催しています。」
ビッグイシュー基金事務局長を務める、高野
その理由を高野は、「専門家や専門団体が“支援する”という形ではなく、一般の人が参加できる場を開き、何気ないやり取りをしてもらう中で解決していくこともある」と説明する。
またこの場を訪れる人を限定していないからこそ、思いもよらない形でのつながりが生まれていることを実感しているという。
「僕たちが細かく把握をしているわけではないのですが、この場をきっかけにつながりができていると聞きます。それは仕掛けようと思ってできることではなく、多様な人が訪れる『夜パンカフェ』だからこそできることなのかなと思っています。」
この日も、近所の中学生、親子連れ、このイベントのためにわざわざ遠方から足を運んだ人など多様な人が訪れ、偶然近くに座った人同士で会話が生まれたり、人を紹介しあったりと、つながりがあちこちで生まれていた。
「夜パンカフェ」が行われている「けやきの森の季楽堂」。庭には樹齢数百年、高さ30mのけやきなどの木々が広がり、街の喧騒を忘れさせてくれる穏やかな空気が流れる。開催時間中、多くの人が訪れていた
カフェやマルシェが充実。誰もが「提供する側」になれる余白も
そんな「夜パンカフェ」では、カフェ、夜のパン屋さんの出張販売、マルシェなどのイベントが開催されている。そのイベントの中心となるのが、料理研究家であり、ビッグイシュー基金の共同代表を務める枝元なほみのオリジナルレシピで料理を提供する「エダモンカフェ」。カフェの会場となるのは、「けやきの森の季楽堂」のメインの建物である改装された古民家だ。
室内は広く、畳、縁側と心落ち着く空間になっている。座席は自由で、初めて出会う人と食事を共にすることも
この日は「ルーローハン」、「エダモン特製カレー」と「パニーニ」、カフェメニューとしてアジアンデザートである、「モーモーチャーチャー」が提供されていた。
エダモン特製カレー。野菜たっぷりの優しい味わいが楽しめる
当日はスペシャル企画としてコラボした2団体の若者が、料理の提供を担当。初めての試みだったそうだが、大きな混乱はなく、頼もしい姿を見せていた。事務局長の高野も「前回まで、配膳が忙しくて大変だったので、今回手伝ってもらえて本当に助かった」と話す。
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夜のパン屋さんの出張販売も盛況。ビッグイシュー販売者でもあり「夜のパン屋さん」の販売スタッフでもある浜岡さんに「夜パンカフェ」の魅力を聞くと、「普段のビッグイシュー販売とは違い、夜のパン屋さんを知らない人がふらっときて、交流できること」と笑う。
photo:浅野カズヤ
お客さんと話すことが楽しいという浜岡さんは「パンの販売をしていると、これはどこのパンで、などと説明することが多いから、お客さんとの会話も増える。それがやりがいです」という。終了2時間前にしてほとんどのパンが売り切れた売り場を見ながら、満足そうに話していた。
夜パンカフェは、マルシェにも力を入れている。新鮮でおいしいものが買える場としてマルシェを目当てに訪れる人も多いようだ。この日はほかにも雑誌『ビッグイシュー日本版』の販売や、アフリカ布で作った雑貨の販売も行われていた。この雑貨販売をしていたのは「つくろい東京ファンド」が支援しているアフリカ系の難民申請者だ。
「夜パンカフェ」が特徴的なのが、提供される側として足を運ぶだけでなく、自分が提供する側として、イベントに関わることができる点だろう。
家庭で余った食べ物を持ちより、誰もが持ち帰ることのできる「フードドライブ」や、同じ仕組みで本の持ち込みや持ち帰りができる「シェアする本棚」のブース。
また、「エダモンカフェ」や夜のパン屋さんで使用できる「お福わけ券」も、「提供する側」を体験できる仕組みの1つだ。自分の分だけでなく、「次に来る誰か」のためにランチ代などを先払いする仕組みで、この券は500円分の金券の代わりとして誰でも使用ができる。困っている人も、いない人も、話をせずともつながりを感じられる仕組みだ。
まっとうな仕事があれば、働きたいはず
そして今回、スペシャルコラボとして、ひきこもりや不登校など社会とのつながりを失っている若者への支援を行う2つの団体が参加。その背景には、ビッグイシュー基金が若者のホームレス問題を解決するためには、「仕事の場」が必要だと考え、夜のパン屋さんのような活動を行ってきたことが挙げられる。そこで同じように「食」と「職」を通じて若者に支援を行う団体とのコラボが決まったという。団体の1つめは、「NPO法人文化学習協同ネットワーク」が運営する「コミュニティベーカリー風のすみか」。パンの販売を行った。
「文化学習協同ネットワーク」の常務理事である藤井さん(右)と、この日スタッフとして参加したKさん(左)
同団体の常務理事を務める藤井智さんに、「夜パンカフェ」の出店に際して、期待することを伺うと、「人は、人の中にいて、つながれば生きていけると考えています。『夜パンカフェ』のような多様な人がいる場に行けば、そういう実感が増えていくと思うんです。だからこそ、イベントには積極的に参画するようにしています」と話す。
元々開いていた学習塾をベースに、不登校やひきこもりの支援を始めたという同団体。その後、社会に参加することにハードルを感じている若者が、パン作りや販売を通して社会との関わりを学ぶ場として、「コミュニティベーカリー風のすみか」が誕生した。
そのパンはすべて天然酵母、国産小麦を使用し、手間暇かけて作られている。そのこだわりの理由を「関わっていることを誇れるような仕事があれば、誰もが働きたいに決まっていると思うんです。だからこそ恥ずかしくない仕事の場を提供したい」と話す、藤井さん。
この日、販売に参加していたKさんはアルバイトも含め仕事経験がなく、今回のイベントが初めての参加だったという。「お金の受け渡しとか、おつりが間違ってないかとか、本当に緊張しました。でも、なんとかできたので一安心です」とほっとした表情だった。
社会とのつながりを失った若者が、仕事体験をすることで得られる効果について、藤井さんは「過去に仕事体験をしていたある若者の言葉が忘れられない」という。「『自分に自信がついたかというとそんな気はしない。だけど、こんな僕でも受け入れてくれる社会があるんだってことを知った』と。社会に対する信頼が出てくることが大事なのかなと思います。」
2つめのコラボ団体は「認定NPO法人育て上げネット」が運営する「売らない珈琲屋さん」。「認定NPO法人育て上げネット」は、若者の「働く」と「働き続ける」を支援する団体だ。その第一歩として活用されているのが「売らない珈琲屋さん」だという。
この日「売らない珈琲屋さん」のスタッフとして参加していた、TさんとOさん
その経緯をスタッフの宮内大志さんは、このように説明してくれた。「元々、若者の仕事の体験を企画していたのですが、喫茶店での体験をさせていただいたときにコーヒーのドリップが上手にできる子がいて。コーヒーを売ってみようかと話したら、コーヒーを振る舞うのはいいけれど、売りたくない、と言ったんです。売ることによって、自分のコーヒーが批評の対象になることが不安だと。」
そこで考え出したのが、「売らない珈琲屋さん」だったという。最初は経済活動に抵抗を覚える若者でも、何度かコーヒーを振る舞うことを体験するうちに、仕事体験に気持ちが向くようになるそうだ。
スペシャルトーク企画での1コマ。「文化学習協同ネットワーク」の藤井さん(右)と、「認定NPO法人育て上げネット」の宮内さん(左)が普段の活動についてトークを行った
その理由を宮内さんはこう説明する。「コーヒーを振る舞うイベントのときには不特定多数の人が来てくれるので、いろんな話をするんですよね。そうすると、ぱっと見ているだけでは気付かないような、さまざまな経験をしている人がいることが分かる。それが若者の心を少しずつ変えてくれるような気がします。」
当日、スタッフとして参加していたTさんは、「売らない珈琲屋さん」で起きた自分の変化を教えてくれた。「以前の僕は、他人にも自分にも厳しい人が多い環境にいたんです。それでしんどくなって一時期は家に閉じ込もっていたんですけど、コーヒーを通していろんな人と接するうちに、視野が広がって、他人にも自分にも優しくいられる世界があることを知った気がします。」
もう一人のスタッフであるOさんにも同じ質問をすると「どうなんでしょう、変化というのは自分では気づかないうちに起こっているものかなと思います。ただコーヒーをもっとおいしく入れたい、飲んでもらう人に楽しんでもらいたいというような形で、ほかの人に気持ちが向き始めたというのはあると思う」と答えた。
「自分は人生が色々うまくいっていないくて、5年くらいひきこもっているときにコーヒーと出会ったので、飲んでくれる人の人生がいい方向に進んでもらえたらいいなという気持ちを持ちながらコーヒーを淹れています」とOさん。
「夜パンカフェ」は、このように誰かが新しい一歩を踏み出す場、また誰かの居場所としてさまざまな人が集い、ゆるやかな空気の中で行われている。
2024年の開催は残り2回。
11/9(土)、12/14(土)11:30~16:30(16:15ラストオーダー)を予定。
夜のパン屋さん
https://yorupan.jp/
取材・記事・写真:上野郁美
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。