ワシントンD.C.(コロンビア特別区)のホームレス支援団体ミリアムズ・キッチン*1では、「公正を求める市民連合*2」の創設メンバーらが机を囲んでいる。この街のホームレス支援サービスーーとその問題点ーーを身をもって経験してきた者たちだ。ホームレス対策を立案する際に経験者の声が反映されていないと感じ、自分たちの主張を届けようと2008年に創設した団体だ。
 

*1 Miriam’s Kitchen https://www.miriamskitchen.org/
*2 People for Fairness Coalition https://pffcdc.org/


2024年からの取り組み「ピアケースマネジメントプログラム」

ワシントンD.C. 保健福祉局(DHS)では、ホームレス経験者をケースマネージャーとして養成し、ホームレス支援策に取り組んでもらう「ピアケースマネジメントプログラム」を開始した。約600名の応募者の中から40名の受講者が選ばれ、第1期オリエンテーションが3月14日に始まった。ハワード大学で3週間のコンピューターの授業と7週間のトレーニングを受けた後、ホームレスへのアウトリーチ活動を実施している地域団体で80時間の実習を積む。

プログラム修了者は、ピアケースマネジメントの資格が与えられ、ワシントンD.C.拠点のホームレス支援機関で活動できるようになる。「ケースマネージャー養成プログラムで学んだ人たちが、ホームレス支援の橋渡しとなって、支援策や組織管理などの分野で活躍してもらいたいのです」と、同プログラムを監督するDHS家庭福祉部のレイチェル・ピエールは言う。ホームレス経験者の声を政策立案や提言に取り込むとともに、ケースマネージャー不足によるハウジングバウチャー(連邦政府が資金提供する賃貸支援プログラム)の支給遅延にかかわる問題の解消も目指している。

このプログラムは2024年に立ち上がったばかりだが、「公正を求める市民連合」のアシスタントディレクターを務めるレイチェル・エリソンは、何年も前から同じような活動を行ってきたという。「私自身も、マクファーソン*3 やエピファニー教会*4 で寝泊まりするなど、当事者と同じような境遇、立場を経験してきました。いくつもの疾患を抱えてホームレス状態にある人たちのことを考えるなんて、経験者以外にはなかなかできません。同じ立場にいた人は、知識はあっても現実を知らない人たちより心を通い合わせやすいです。他の人が躊躇するような場所にも平気で出向くことができますしね」

*3 ワシントンD.C.で最大の野営地があった場所。
*4 ホームレス状態にある人にシェルターを提供しているワシントンD.C.教会。

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ワシントンD.C.の公園に立てられたテント(2020)/iStockphoto

しかし、エリソンが路上生活を脱した頃は、ハウジングバウチャー申請から9日でアパートに移ることができたが、今では順番が回ってくるまでに数年かかることもある。ピアメンターとしての活動で何より重要なのは、行政サービスに不信感を抱きがちな当事者との信頼関係だというが、人々がより不信感や無力感を募らせがちなこの状況下では、その信頼関係を築くことがより難しくなっている。

2022年だけでホームレス状態にある人が少なくとも77人亡くなったが、その半数以上が住宅バウチャーの申請中だった。「何人もの友人も見送ってきました。自分が死にゆく人の手を握る側になるなんて、思ってもみませんでした」とエリソン。当事者としての視点が持てることは強みだが、同時にそれが大きな負担になることもあるという。

ホームレス経験者を巻き込んだ政策協議の場が拡大中

このように、ホームレス対策を検討する場にホームレス経験者が関わるケースが全米各地で広がりつつある。「これまでは、シェルターやバウチャーなど自分たちの運命を左右する場にホームレス経験者が呼ばれることはありませんでした」と語るのは、ワシントンD.C.のストリート紙『ストリート・センス』の元販売者で、ホームレス問題に関する庁間協議会(ICH:Interagency Council on Homelessness)のメンバーでもあるレジナルド・ブラックだ。「ホームレス問題に対して心が晴れないのは、(ホームレスでない人たちだけでなく)テント村やシェルターにいる当事者たちも同じこと。彼らこそ問題に直面しているのです」

2009年のHEARTH法(ホームレス緊急支援および住宅への速やかな移行法)では、ホームレス問題に関する庁間協議会を全国に設置し、意思決定にかかわるホームレス経験者の数を増やすことを義務づけている。これを踏まえ、ワシントンD.C.では、各機関のディレクターとともに3〜4人のホームレス経験者がかかわることを要件としている。ワシントンD.C.ではピアケースマネジメントプログラム以外にも、当事者が大きな役割を果たすプログラムを複数実施している*5。

*5 多様な背景をもつ若者を集めた「若者諮問委員会」、ホームレス施策への情報提供と支援を行う「消費者参加ワーキンググループ」など。

「公正を求める市民連合」の創設メンバーで、現在は「ホームレス状態をなくす全米連合*6」のイノベーション部門ディレクターを務めるアルバート・タウンゼントは、すでに準備された政策を承認するだけの意思決定プロセスと、解決策を生み出すプロセスに最初から加わるのとでは大きな違いがあると指摘する。他の州政府も議論の場に当事者を迎え入れる方向にシフトしつつあり、2023年に設けられたタウンゼントの役職も、その動きの一環だ。カリフォルニア州やメリーランド州ボルチモアでも、当事者たちによる諮問委員会が設置されている。「尊厳と権利のためのパートナー*7」でシニアアドバイザーを務めるロブ・ロビンソンは、ホームレス問題に関するニューヨークの行政会議に実体験をもつ唯一のメンバーとして参加した時を振り返って、こう語る。「(私たちを)ただ利用するのではなく、尊重してもらいたいです。ただ記念写真や握手を交わすためでなく、真の解決策を生み出すために参加しているのですから」

*6 National Alliance to End Homelessness https://endhomelessness.org/
*7 Partners for Dignity & Rights https://dignityandrights.org/

報酬支払いの徹底と広がる活躍の場

ワシントンD.C.のピアケースマネジメントプログラムでは、受講者が講習や実習を受けている全期間中、時給17ドル(約2500円)の報酬が支払われる。このプログラムが継続されるかどうかは現時点では決まっていないが、ピエールは第1期を成功させ、第2期につなげたいと考えている。参加者に報酬を払うケースも増えてきてはいるが、必ず支払われるというわけでもない。前述のように、本人にも負担になることがあるため、報酬の支払いは重要だとブラックはいう。エリソンも「まだまだ割に合う仕事ではないですね」と苦笑いする。

この取り組みは、ホームレス経験者に仕事の機会を提供する第一歩にすぎない。「ゆくゆくは公務員や議員を養成するプログラムも検討すべきだと思います。今どのような境遇にあろうと、いろんな仕事に就ける可能性を模索していきたいです」とブラックはいう。

長年にわたる地域でのアドボカシー活動や協力体制づくりで培ったタウンゼントの経験も、今や全国的な影響力をもつまでになっている。「議論に招かれ、同じテーブルにつけるようになりました。活動を始めた頃には考えられなかったことです」。この先についても、明るい見通しをもっている。「私自身が変化を起こせる人間でなくても、他の人たちを巻き込んで、変化を起こす機会をつくることはできます」

SSM_Homelessness policy


By Annemarie Cuccia
Courtesy of Street Sense Media / INSP.ngo


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