ホームレス問題や活動の理解を深めるため、ビッグイシューでは路上でビッグイシューを販売する体験と、ビッグイシューのスタッフと販売者の講義をセットにした研修プログラム「道端留学」を学生や社会人向けに提供しています。
今回の「道端留学」は、東京都町田市にある和光高等学校の10人の生徒さんが対象。“道端留学生”として販売体験1時間+講義というプログラムを受けました。
高校生が道端でビッグイシュー販売者になりきってみた
まずはグループに分かれ、“研修会場”である梅田周辺の販売場所へ。担当の販売者と簡単な自己紹介やレクチャーののち、緊張しつつ販売を開始しました。「ぼくは雑誌をこのくらいの高さに掲げてますね」「通る方の顔を見過ぎないでね」等、それぞれの販売者が路上で培ってきた販売ノウハウをOJT方式で教えてもらいながら、各グループで試行錯誤してみます。
通行量が多いからと言ってその分売れるというわけではなく、声を出せば売れるわけでもありません。“立っているだけ”に見えるビッグイシュー販売者にも、それぞれの工夫があることを体感していきます。
少し恥ずかしい気持ちもありながら、頑張って販売!
1時間ほどの体験で、売れたのはたった1冊のみ。生徒さんたちからは「大変な仕事だと思った」「この仕事で1日1万円以上売り上げる人がいるなんてスゴい」「雑誌を運ぶカバンがすごく重くてビックリした」などと、路上の現場に触れたからこそのリアルな感想が多く寄せられました。
“道端留学”が終わった後は、ホームレス問題やビッグイシューの取組についてのレクチャーののち、淀屋橋担当の販売者・松井さんが、ビッグイシュー販売に至った人生を振り返ってくれました。
浄瑠璃や書道をたしなむ家庭に育った販売者の体験談に触れる
神戸出身で、一人っ子だった松井さん。厳格かつ奔放な祖母と母の元に育ち、「グランドマザーコンプレックス&マザーコンプレックスだった」と言います。 ぽっちゃり体型で運動は苦手でしたが、母が浄瑠璃の語り手であり、小学校では書道展で入賞経験もあったことから、幼少期から書道と浄瑠璃を習い、習い事に忙しく、友人は少なめだったと振り返ります。高校時代は本屋でアルバイトをしつつ、甘いもの好きだったこともあり女友達と一緒にケーキ屋に行くなど、青春時代を楽しんでいました。
高校卒業後は、商売に興味を持ち写真店に就職。まじめに働くうち、いろいろな仕事を任されるようになりましたが、人間関係でつまずき退職。 その後、大阪空港の警備員を経て、関西空港の警備員になりました。しばらく働いた後、また配置転換で大阪空港の警備に戻りましたが、以前はいなかった後輩との折り合いが悪く、次第に仕事にやりがいを感じられなくなってしまいます。
気分を変えようと、この時期に書道を再開。ところが背伸びして高級な書道の紙を奮発して挑戦しては評価されず、仕事もうまくいかない日々にストレスをためてしまい、パチンコにもハマり出してしまいました。
「機械相手なのに、大勝ちした時は自分が認められたような気がした」と話す松井さん。ギャンブル依存気味ながら、なんとか「かな書道」の師範になることができたものの、コネもないなか「師匠に認められたい」「会派に認められたい」という焦りで、お金がどんどんなくなっていったといいます。
さらに50歳の時、父親が急逝ガンで亡くなり、ほどなくして母親も2年後にパーキンソン病を発症。一人っ子の松井さんには、頼れる人がいなくなってしまいました。
そして生活・書道・ギャンブルでお金が回らなくなった結果、手を出してしまったのがサラ金。「少し借りられたら楽になるかな…」という軽い気持ちでサラ金の事務所を訪れると、大歓待を受け、「あなたは信用できますから、たくさん借りても大丈夫ですよ」と言われたことで「認められた」と感じてしまい、気持ちよく乗せられて借金。少し返済しては借り…を繰り返すうち複数のサラ金に目を付けられ、ほうぼうで「まだ借りられますよ」とそそのかされていった結果、いつの間にか200万~300万円もの借金も抱えるようになっていました。
次第に膨らんだ借金の督促の電話が会社にかかって来るようになってしまい、会社での人間関係も悪化。とうとう嫌になって約30年勤めた警備会社を辞めてしまいます。 借金の一部は退職金を充て、残りは法テラスに相談して債務整理しましたが、生活が立ち行かなくなり西成のあいりん地区へ。初めての野宿は、なけなしの小銭やクレジットカードを盗まれるのではと不安で眠れなかったと言います。
その後、以前から知っていたビッグイシューにチャレンジしようと事務所を訪ね、販売者として再出発。
ビッグイシューの販売は根気のいる仕事ですが、日々雑誌を掲げて立ち続けることで、次第に常連さんがついてきます。「常連さんに、自分が認められているような気がします」と松井さん。 「紆余曲折あったけど、やっぱり書道が好き」という松井さんは、その腕を生かして、ビッグイシューを買ってくれたお客さんにかな書道を駆使して一筆お手紙をプレゼントしているそう。これを目当てに来てくれるお客さんついてきていますと嬉しそうに語りました。
また、松井さんは古典芸能への関心から、ビッグイシュー販売者で結成された「講談部」にも所属。講談師の玉田玉秀斎さんの指導のもと、玉玉亭播秀(たまたまていばんしゅう)の名で稽古に励む日々です。
ビッグイシュー日本版の373号のインタビューでは、「書道も浄瑠璃も子どもの頃は怒られてばっかりだったけど、それがなぜかホームレスになってから活かされた。今はとにかく褒められることがうれしくて、楽しむ心を思い出させてくれたお客さんには本当に感謝の言葉しかありません」と語りました。
62歳になった今、「新しい仕事は難しいと思うので、ビッグイシューを広め、ちょっとでも長く、販売で暮らしていけるよう頑張りたい。」と意気込みを語り、参加してくれた高校生には「自分はいろんなことに手を出し過ぎたかも。ここぞというときには目標を絞って、行動を早く起こすといいのかなと思います。ぼくは、反面教師、しくじり先生ですけどね」と苦笑いしながらメッセージを送りました。
「心や人間性は人それぞれ」/生徒さんからの声
今回参加した生徒さんの多くは、今回の道端留学で「ホームレスの人のイメージが変わった」と回答してくれました。「(ホームレスの人はその人自身に)何か問題があると思っていたが、周りの環境だったりもする。一人ひとりを見ていったほうがいいと思った」
「ホームレスの人は落ちこぼれというイメージだったが、家を持っていないだけ。心や人間性は人それぞれということを会ってみて深く知ることができた」
など、松井さんの柔和な表情や憎めない人柄に触れたせいか、当事者への寄り添いを感じる感想が多く寄せられました。
「偏見やイメージではなく、当事者に会って感じてほしい」/企画した先生
和光高校の横山先生は、道端留学を企画する理由について「最近は、生徒の生活圏で路上生活者を見ることが少なくなっているにもかかわらず、偏見や悪いイメージを抱いている生徒もいるように感じます。だから、こういった授業を通してまずは当事者に会って、自分の抱いているイメージについて考えてもらいたい」と語ります。そして、困窮状態に陥る若者が増えていることを受け、「最近の20代での借金経験率(奨学金など)は20~25%だと聞きました。生活苦の問題は、中高年だけでなく、若者にも近い問題として考えてもらう必要があると考えています。 だからこそ、当事者と交流することで得られることもあるのではないでしょうか。教育の在り方もアップデートしなければならないと感じます。」と語ってくれました。
「道端留学」プログラム(東京・大阪)
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/training/
格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。
小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」
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https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。