オーストラリア・キャンベラの『ビッグ・イシュー』販売者シェーンは、ニューサウスウェールズ州の田舎で祖父母に育てられた。15歳で学校を退学した後は、叔父の牧場で働き始め、馬の世話をしながら馬の調教法や蹄鉄の打ち方などを学んだ。46年の人生でたくさんの試練と向き合ってきたが、今でも苦労しているのは読み書きだ。

「小学生の頃に学ぼうとしたのですがうまくいかず、よくからかわれました。先生からも『これ以上あなたにだけ時間を取るわけにはいかない。外で遊んでなさい』と言われました」

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シェーンのようなケースは決して珍しくない。オーストラリアでは成人の5人に1人が十分な識字能力や計算能力を持っていないと見積もられている*1。つまり、約300万人の成人が、仕事や生活をする上で必要最低限とされている文字さえ読めない状況にあるというのだ。読み書きが満足にできないと、食料品を買う、地図を読む、バスの乗り降り、会合への参加など、日常生活にも苦労する。薬のパッケージや注意喚起が読めず、危険な目にあう可能性も高まる。インターネットの世界でも、オンラインでの支払い、Uberの注文、住居探しが難しくなる。また、詐欺や誤情報に惑わされたり、必要のない支払いをしてしまう可能性もある。社会的な偏見を受けやすいが、読み書きが苦手なことを隠そうとするのも骨が折れる。

*1 Free Foundation Skills training for millions more Australians

低識字率をもたらすいくつもの原因

低い識字率には複雑な原因がある。2022年、連邦議会は成人識字率に関する調査を行い、報告書『Don’t Take It As Read(鵜呑みにしないで)』を発表した。識字率の低い人々に対する根強い誤解に疑問を投げかけるタイトルである。識字率が低いのは、貧困や失業に苦しむ人々や英語を第二言語とする人々だけでなく、社会経済的に不利な立場であることや地理的要因とも強い関連がある。

十分な識字教育を受けてこなかった人は、自分の子どもの学習サポートにも苦労しやすく、負の連鎖を断ち切りにくくなる。オーストラリアの僻地に暮らす人々は、就学前教育プログラムや専門的な識字学習の利用が限られがちで、成人向け教育プログラムにも気軽には通えない。地域によっては、良質な本を入手しづらいという事情もある。オーストラリア国内で最も識字率が低いのはタスマニア州で、最も貧しく、人口は農村部に広く分散している。現在はブリスベン(クイーンズランド州の州都)で『ビッグイシュー』を販売しているジャニーン(59歳)はタスマニア州で育ち、低識字率の負の連鎖を身をもって知っている。

ディスレクシア(読字障害)や学習障害の診断を受けたわけではないが、父親、そして息子も読み書きに苦労している。「学ぼうと努力したのですが、うまくいかなかったのです」とジャニーン。「人に頼らざるを得ないのは、ひどく歯がゆいものです。昨日もビッグイシューの事務所で書類に記入しなければならなかったのですが、スタッフの方にお願いしました。手紙や請求書も夫に読んでもらっています」。偏見もつらい、とジャニーンはこぼす。「読み書きできないことでよくからかわれてきた息子は、そのたびにすごく腹を立てていました。決して息子のせいではないのですが……」

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アボリジニやトレス海峡諸島民のあいだでも、英語の低識字率の問題がある。特に顕著なのが僻地で、タスマニア州と同じく、長年弱い社会的立場にあり、就学前教育が十分に整備されておらず、言語聴覚士のような専門家の早期介入がなされないといったことが要因である。

第一言語での読み書き基礎能力の重要性

「読み書きの能力(リテラシー)」という言葉は、「英語の」活用能力と混同されがちだが、厳密にはこの二つは同義ではない。オーストラリア先住民の識字教育専門家は、先住民たち自身が考案し、主導し、先住民の伝統的言語の教育と普及も含まれる教育プログラムの必要性を提言している。

というのも、母語(第一言語)で確固たる言語能力を築くことが、第二・第三言語の読み書きの能力を促進するからだ。それは先住民言語を話す子どもだけでなく、家庭で英語以外の言語が話されている子どものあいだでも証明されている。英語の読み書きを教えるうえで、僻地および都市部で通用する画一的な方法はなく、親が英語を話し、よく本を読んでくれる家庭でも、英語を読むのが難しいと感じる子どももたくさんいる。

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児童書ベストセラー作家がディスレクシアの理解を促進する著書を発表した理由

子ども・ヤングアダルト向け書籍で知られるベストセラー作家のサリー・リッピンは、当然のことながら読み書きが中心の生活を送っている。「読書好きな子どもを育てるための親たちの知恵」を集めることに夢中になってきた。「私が取り込んだやり方は、私や上の子たちにはうまくいきました。子どものまわりに常に本をおき、たくさん読み聞かせをすると、自然に本を読むようになるのです」とリッピン。なので、3人目の息子が小学校で読書に苦労していることを知ったときには驚いた。じきに解決するだろうとしばらくは放っておいたが、そうはならなかった。

「2年生になると、『学校が嫌い、本が読むのが嫌い』と言うようになったんです」。何年も経ってから、失読症(ディスレクシア)とADHDであることが判明したが、その間、彼の学び方に合わせることができなかった学校は、彼を「面倒な生徒」扱いをした。「高校生になる頃には、すっかり自信をなくし、どんなに頑張っても意味がないと感じるようになっていたんです」。息子をサポートするために声を上げたが、すべての親が同じようにできるわけではない、とリッピンは語る。「親が英語を話し、家庭教師や言語聴覚士をお願いできる環境で育てられた息子は恵まれていました。診断してもらうだけでもけっこうな費用につきますからね。ただ、こういった費用はとても高額になってしまうこともあります。私は学校に出向いて、うちの息子に何が必要かを訴え、転校させることも選択肢にありました。でも、そうはできない家庭も少なくないと思います」

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この経験からリッピンは、一般的な学校で読み書きの教育がどのように行われているか、ニューロダイバージェント(大半の人と異なる方法で情報処理する脳を持つ人。自閉症、ADHD、難読症の人が多い)の子どもにとっての教育環境のさらなる理解に力を入れ始めた。2022年にはその過程を描いた著書『Wild Things(型にはまらない人たち、未邦訳)』を発表し、教育の専門家やニューロダイバージェントの大人たちとの対話を紹介している。「誰であれ自信を失ったまま12年間も耐え続ける必要はないのです」とリッピンは語る。

わかりやすさ重視の文書やウェブサイトを

前述の『Don’t Take It as Read』報告書では、読み書きの能力向上に向けて、家族やコミュニティ全体での取り組みを推奨している。たしかに、英語の読み書きスキルの底上げを目指すなら、家族やコミュニティ全体での取り組みを支援する必要があるが、これは英語にかぎった話ではなく、どこに住んでいても、大人が手軽に英語の学習プログラムを利用できるようにすることも重要だ。そして何よりも、人はみな少し異なるのだということを理解するのが大事だ。すべての人が同じ方法で学べるわけではない。オーストラリア全体の基礎的な識字率を向上させるのも重要だが、もっと平易な英語の文書、だれにでも分かりやすいウェブサイト、対面による公的サービスを増やすなどして、読み書きが苦手な人でも安心して生活できるようにし、社会全体を改善していくべきだ。

BIA

「そうなれば生活がはるかに楽になる」と話す販売者のジャニーンは、今日もブリスベンで雑誌販売に勤しんでいる。オーストラリアで最も歴の長い販売員の一人であることを、そして小学生の孫娘のことをとても誇りに思っている。「よく本を読むし、間違えずに書けるし、理解もとても早いんです」と話すジャニーンは、今でも読み書きを学び直したいと思っている。「息子と一緒に学べる場所があれば、すごくうれしいですね!」

By Sophie Quick
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo


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