介護者による高齢者虐待は世界的な課題。家族へのサポート、高齢者用シェルターなど、認知症フレンドリーな社会に向けた取り組み

高齢者への身体的・心理的虐待、その多くは自宅で起きており、痛ましいことに加害者は身内の人であることも多い。
ある日を境に、年老いた親類を介護しなければならない日々が始まる。心づもりがあったとしても、日々の生活にかかる想像以上の負担…ゆえに起こってしまう悲しい事態。これに加えて、家族以外の介護人から虐待されるケースも多い。今や多くの国で優先課題とされている高齢者虐待の問題、その実態と防止策についてギリシャのストリートペーパー『Shedia』の記事を紹介する。


もうすぐ80歳になるメアリーはニューヨークで姪と暮らしていたが、関係はうまくいってるとは言い難かった。「彼女ったらいつも大声で私を怒鳴りつけ、一日中ベッドに寝かせておこうとするんだから。」

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ある日、行きつけの美容師にそんな愚痴をこぼしたところ、美容師が念のためと「成人保護サービス(Adult Protective Services)」(※)に連絡を入れてくれた。その結果、メアリーはニューヨークにある世界初の高齢者虐待被害者用シェルター「ハリー&ジャネット・ワインバーグ高齢者施設」(参考)に引き取られることとなった。2004年に当施設が開設されて以来、アメリカには同様の施設が10ヶ所以上誕生している。

※ 虐待、ネグレクトの被害に遭っている高齢者や障害者の保護を目的とした米国の州や自治体で提供されている社会事業。

シェルターに入ったメアリーは、絵を描いたり、合唱グループで歌ったり、自宅にいた時より活動的に過ごせている。当施設の責任者、ジョイ・ソロモンは問いかける。

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「誰にだって、自分たちにふさわしい生活を送る権利があるはずでしょう?」

「ここに来る人の多くは所持金もなく、少しの着替えぐらいしか持っていません。自分を受け入れてもらう、愛情を注いでもらうことを特に必要としている状況なのです。何年ものあいだ、虐待され、閉じこもった生活をしてきた彼らですが、ここに来れば家族との関係も穏やかになるケースが多いです。」

施設立ち上げに至った動機について、ソロモンは次のように語った。

「1999年当時、私はNPOのコールセンターで高齢者虐待の報告書を取りまとめる仕事をしていました。ある日、年配の女性から電話があり、一緒に暮らしている孫がしょっちゅう彼女の持ち物を盗んだり手をあげてくる。自宅でも心が休まらないが、年齢や体調が安定しないからとDV(家庭内暴力)シェルターには入れてもらえないのだ、と訴えたのです。女性は自分の名前すら言いたがりませんでした。」

「彼女がどうしようもない状況に置かれていることが伝わってきました。実際、家庭で起きている高齢者虐待のほとんどは通報されません。高齢者が通報する術を知らない、または家族から引き離されることを恐れているケースも多いのです。家族との衝突を避けたがりますが、実際は家族が加害者になってしまっていることが非常に多いのです。」

WHO発表 「高齢者の6人に1人が虐待を受けている」

WHO(世界保健機関)が2006年に実施した研究(※)によると、高齢者の6人に1人が虐待を受けているとした(虐待には身体的暴力から、精神的・感情的暴力、ネグレクト、経済的搾取などを含む)。うち90パーセントの加害者は家族で、被害届が出されたのはたったの4パーセントだった。この結果を受け、多くの国々が高齢者虐待の防止策を講じているのが現状だ。

※編集部補足:この調査は高齢者だけでなく、その家族や介護スタッフなどへの聞き取り調査も含む。

スロベニアでは、「スロベニア年金受給者連盟(ZDUS)」が省庁との共同出資で「Elderly for the Elderly」プロジェクトを開始した。同プロジェクトのもと、高齢者虐待やネグレクトの兆候を見抜くトレーニングを受けたボランティアたちは、近所に暮らす高齢者を訪ね、食料品の買い物などを手伝う。虐待に気づいた場合は、社会福祉施設に知らせる。施設にはコールセンターも併設されており、高齢者自らが通報することもできる。

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スウェーデンでは、介護の知識や自覚を欠く家族を対象に、自治体がトレーニングやサポートプログラムを提供。社会省(Ministry of Health and Social Affairs)も、認知症患者の介護者向けトレーニングを実施、認知症の症状や患者の行動を「拘束する」以外の介護方法を提案している。これは実際に、認知症患者の扱い方を心得ていない老人ホームでよく起きていることなのだ。

ギリシャではタブー視されている高齢者の虐待問題

ギリシャにある「Nea Thalpi 老人ホーム」の責任者で、老年学の専門家でもあるディミトリス・カバナロス医師によると、ギリシャでは高齢者の虐待やネグレクトの問題はいまだタブー視されているという。

「女性や児童の虐待問題はよく知られていますが、高齢者のこととなると見て見ぬふり。これは高齢者に対する社会的評価が低いことが関係していると思います。つまり、社会が高齢者に『無力な人』『弱い人』といったレッテルを貼り、彼らがやってくれることと言えば、孫の面倒をみる、年金を子どもに与える、家のことを少しするだけくらいに思っています。」

「高齢者自身もそういう見られ方を受け入れているため、虐待の被害者になりやすいのです。家にいてなさい、生活に最低限のものがあれば十分だろうと。実際、多くの人が食事と薬だけ与えておけばいいと思っています。」

ソーシャルワーカーたちは老人ホームが建築基準を満たしているかどうかばかりに気を取られ、そこで提供されているサービスの質まで十分にチェックできていない、とカバナロス医師は指摘する。
「私たちの施設に高齢の親を連れて来る人たちは、気がついたら暴力を振るってしまっていたと口にします。おむつの交換や食事の準備でいっぱいいっぱいになると。自分も子どものときに虐待された経験があるから同じことをしてしまう、と言う人もいます。」

「暴力というのは、死や痛みに対する恐怖の表れでもあります。ある息子さんは、母親を入浴させる度に暴力的になってしまい、自分をコントロールすることができなかったと話してくれました。自分の母親が年を取っていく様を受け入れられなかったのです。」

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制度的にも問題がある、というのがカバナロス医師の意見だ。

「ギリシャには公営の介護施設が一つもありません。毎月の年金受給額が300ユーロ(約40,000円)しかない高齢者はどこの施設にも入れず、非営利の老人ホームですら、年金受給額が600〜700ユーロ(約75,000円〜90,000円)以下の人は受け入れていません。」

「以前、ある介護施設から電話があり、カテーテル治療中の男性が入居しているが、自宅の名義を姪に変更した途端、介護費用が支払われなくなったと。施設としては彼を置いておくことができないと言うので、私たちの施設で2カ月間引き取りました。年金受給額が少なかったため、他の施設では受け入れられなかったでしょう。彼はその後、アテネ市モスカトにある社会福祉施設に入りました。」

虐待の多くは通報されていない

虐待やネグレクトを受けても高齢者のほとんどが通報しない。その理由を、彼はこう説明する。

「高齢者たちが虐待を『プライベートな問題』と捉えているということもありますし、我が子が虐待的になる、物を盗むという事実を認めたくないのです。」
「高齢者にとっては生活のすべてがひっくり返ったようなショックだと思いますし、そもそも通報できる場がないという問題もあります。」

介護施設ばかりを高齢者虐待の温床と悪者扱いするのは問題、と言うのは「Aktios 老人ホーム」責任者のコステス・プルースカス医師。

「高齢者虐待は介護施設で起きていると考えられていますが、実際はほとんどの場合、外部から見えない家の中で起きています。介護にあたる身内の人が途方に暮れてしまうのです。」

「配偶者からの虐待もとても多いです。パートナーが認知症になってしまうと、二人の生活が崩れ出し、一緒に旅行に行く、孫に会いに行くといったことができなくなります。認知症の症状がひどくなるにつれ、負担も大きくなります。妄想や認識力の衰え、理解不能な行動を取るパートナーを不快に感じ、イライラし、虐待的な行動に出てしまうのです。」

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「施設にやって来る家族や配偶者は言います。『手を上げてしまって…もう耐えられません』と。(外国人の)介護者と言葉が通じないために口を閉ざしてしまった高齢者もいます。ギリシャ国内で介護者訓練が行われていないことも大きな問題です。高齢者の世話をしている家族へのサポートも全くありません。」

「介護従事者のデータベースを整備し、国が適任者を把握できるようにすると良いかもしれません。または、社会福祉担当者が高齢者宅を訪問し、適切な介護を受けているか確認するなども考えられます。国として必要な支援もせず、介護者だけを責めることなどあってはなりません。税控除、所得補助、年金給付の拡充…何らかの形で支援できるはずです。」

介護者向けの心理トレーニングからLGBTQ+ の高齢者サポートまで

ギリシャ第二の都市、テッサロニキに拠点を置く「アルツハイマー・ヘラス(Alzheimer Hellas)」では、認知症患者を看護する人たちを対象に、虐待やネグレクトを起こさないよう心理トレーニングを提供している。
「高齢者虐待やネグレクトの疑いがあれば、家庭訪問を実施しています。緊急性が高い場合は公的機関の介入が必要ですが、私たちはそれ以外のケースを担当しています」と心理学者エヴドキヤ・ニコライドゥは言う。

「介護者や家族をジャッジしたいわけではありません。私たちを信頼してもらい、アルツハイマー病の高齢者には何が必要なのかをきちんと理解してもらいたいのです。そのため、病気の症状や進行具合によって何が起こり得るのかについてグループや個人向けトレーニングを行なっています。介護者の不安やイライラ感にも対処できるよう、精神面からのサポートも行っています。」

「イライラする気持ちをうまく処理できない、大事な人が変わっていく姿を目にし声を荒げる、手を上げるなど虐待的になってしまった人たちを多く見てきました。概ね、トレーニングは効果を発揮しています。徐々に自分のやっていることを受け入れ、考え方を改め、高齢者との関係性も改善しています。」

介護ソーシャルワーカーのイオアンナ・トカナリも言う。

「介護者同士のグループを作り、同じような問題に直面している人たちが体験を共有し、助言を求めあったりしています。例えば、認知症の高齢者が栄養不良になってしまうケースがあります。これは、患者の目の前に食事を置いたからといって、患者は必ずしもそれを食べないとと理解するわけではない、そのことを理解していなかったからです。」

「ギリシャには、アルツハイマーや認知症患者に特化した介護施設はほとんどありません。認知症の高齢者を受け入れる老人ホームでも、この病気に特化した介護経験は乏しいのが現状です。老人ホームから受け入れを拒否された認知症患者を、精神科に連れて行く家族もいるんです。当然そこでは精神疾患者として扱われ、ベッドに固定され、鎮静剤を大量に投与されることだってあり得るのです。」

認知症患者を優しく受け入れ、支援してくれるコミュニティを創ることが、高齢者への虐待やネグレクトの解決になると考えるのは、「地域開発と精神保健連盟(Association for Regional Development and Mental Health)」の心理学者ミハリス・ラウダス。

「つまり、認知症患者が心地良さを感じられる場所です。高齢者の物忘れがひどくなると、家に閉じ込めようとしがち。そんな認知症にまつわる闇を明らかにしていきたいのです。」

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ラウダスは、LGBTQ+の高齢者サポートを目的とした初の団体「Proud Seniors Greece」にも関わっている。LGBTQ+の高齢者たちは、性的指向やジェンダー・アイデンティティによって差別の対象になりやすいからだ。

「LGBTQ+の高齢者たちは、どうせ厳しい目が向けられるだけとケアセンターに来ようとせず、家にひきこもりがち。でも、人恋しくなるのでしょう。家まで来てくれないかと電話をかけてくる人もいます。」

「家族を頼ると、自分たちのセクシャリティが軽んじられ、パートナーと連絡取ることを禁止される場合もあります。介護施設でも、LGBTQ+の高齢者同士が仲良くならないよう、無理やり引き離したケースも多々ありました。ですから、ご家族の理解さえあれば、私たちが間に入り、高齢者のニーズや権利を理解し、リスペクトするお手伝いをしています。」

虐待を受けた高齢者の親戚たちで立ち上げたサービス

キプロス共和国では8年前、虐待を受けた高齢者の親戚ら7人が、「キプロス・サードエイジ調査局 (Cyprus Third Age Observatory)」を立ち上げた。創設者の一人、ディモス・アントニウは言う。
「多くの人が介護施設や自宅に来るヘルパーから虐待を受けています。アルツハイマーの祖母を訪ねると、よくアザをつけていました。ヘルパーはたまたまぶつけただけと言ってましたが…責任者に報告もしましたが、政府は何も動いてくれませんでした。施設スタッフがより暴力的になることを恐れ、報告したがらない人たちは多いです。」

「高齢の親に子どもが会いに行かないことも、ひとつの虐待と言えるかもしれません。以前、ある高齢者が電話をかけてきて、『電話をかけてください。家族は1ヶ月に1度も電話をくれないんです』と自分の番号を伝えてきたことがあります。私たちから週2回、電話をかけるようにしています。」

「3週間ほど入院していた高齢の女性は、誰もお見舞いに来てくれなかったと言うので、ボランティアチームを作り、病院を訪れておしゃべり相手になるようにしました。」

「新しく始めた『アダプト・ア・シニア』というプログラムでは、身近にいる一人暮らしの高齢者をボランティアが訪ね、家事を手伝ったり、新聞を読んであげたりしようと思っています。」

「有資格トレーナー7名には、高齢者との接し方を学べる100時間プログラムを指導してもらっています。どのように話しかけたらよいのか、食事のあげ方、入浴や投薬の方法までカバーします。母親が求めているものが理解できず手を上げてしまった男性も、受講後はうまく意思疎通ができるようになったと言ってくれました。」

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© Pixabay

「警察官へのトレーニングプログラムもあり、高齢者虐待やネグレクトの兆候を見抜く方法を指導しています。明らかな兆候としては、接触されるのを嫌がる、話している時に目線をそらし続ける、質問に答えるのを拒む、などがあります。」

「今後は緊急事態にも即時対応できるよう、24時間ホットラインの開設を目指しています。」

By Spyros Zonakis
Translated from Greek by Christina Karakepeli
Courtesy of Shedia / INSP.ngo

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