世論の反対により、これまで3度廃案になった“共謀罪”法案。それが「組織犯罪処罰法改正案」に“テロ等準備罪”として盛り込まれ、国会での議論が始まった。1999年から共謀罪の問題に取り組んできた弁護士の海渡雄一さんに、共謀罪の危険性を聞いた。
Photo:横関一浩
「マンション建設反対」も共謀罪?可能性を話し合っただけで処罰
“自白”強要で大きな罪の危険性
犯罪といえば、普通は被害が生じたり、犯罪行為がすでに始まっている未遂の段階で処罰されるが、共謀罪は違う。二人以上の人が法律に違反する可能性のある行為を“話し合っただけ”で処罰できるようになると海渡雄一さんは言う。
そのため日本では、殺人や強盗など71の凶悪犯罪に限って予備罪(※1)か共謀罪を定めているが、現在の法案はその適用範囲を拡大し、広範な共謀罪を新設する。たとえば、こんなことも罪になる可能性がある。
町内の高層マンション建設を止めようと、周辺住民のみなさんが工事現場のゲート前に集まろうと決めたとします。実際には『工事をやめてください』と現場で訴えるだけで、建設会社から『話し合いの機会をもつから、今日のところは工事車両を通してほしい』と言われ、渋々解散したかもしれない。ところが共謀罪法案には、実行前に自首(密告)した人は刑を免除・軽減されるとの規定がある。だから、誰かが怖くなって『強硬なAさんが工事車両を止めると言っていたから、やるはずだ』と警察に届ければ、威力業務妨害の共謀罪が成立してしまうんです。
そんな“起きてもいない犯罪”について合意した証拠をつかもうと、警察がメールや電話の傍受(盗聴)を一般市民にまで拡大し、それが正当化される可能性もある。捜査のゆくえしだいでは、まだやっていない行為だけに「どこまでやるつもりだったか」と自白に頼った取り調べとなり、その結果、冤罪や大きな罪に変えられる危険性もあると海渡さんは懸念する。
すり替わった共謀罪新設の目的
テロ対策主要13条約はすでに批准
共謀罪法案が、最初に国会に提出されたのは2003年のことだ。以来04年、05年と3度にわたって提出されたが、いずれも世論の反対に遭い廃案に追い込まれた。
あまりに評判が悪いので、政府は07年に『テロ等謀議罪』と名称を変えて“テロ対策のために必要なのだ”と主張を転換しました。しかし、政府はそもそも『国際組織犯罪防止条約(TOC条約)』を批准するために共謀罪が必要なのだと説明していたんです。
TOC条約とは、2000年に国連総会で採択された条約で、主にマフィアを念頭に置き「薬物や銃器の不正取引、盗難品の密輸、脱税や資金洗浄等の金融犯罪」を防止・摘発しようとするものだ。そもそもテロは対象外だという。
条約の批准にあたって国連が各国に求めたのは、重大犯罪に関して未遂以前の処罰を可能にする法制度ですが、日本はすでに殺人や強盗など71の凶悪犯罪について予備罪・準備罪・共謀罪・陰謀罪を定めています。締結国187ヵ国のうち広範な共謀罪を新設したのは、立法の背景が相当に異なるブルガリアとノルウェーだけ。日本はその他の国と同じように、共謀罪を新設することなく条約を批准できるはずなんです。
テロ対策に関しても、日本はすでに国連が定める主要13テロ対策条約すべてを批准し、国内の法整備も行っている。「爆発物取締罰則にはすでに共謀罪があるし、ハイジャックの具体的な準備をしたり、サリンをつくる原料を調達した場合などには予備罪も成立します」
しかし、今年に入って政府は共謀罪を“テロ等準備罪”という名称に変えた上で、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて必要なテロ対策と主張、テロとは直接関係のないものまで含め676もの犯罪を共謀罪の対象にしようとした。
その後、公明党の要請で277まで絞られたが「それでもまだ組織的威力業務妨害罪や所得税法、著作権法など、テロとは関係ないものが数多く含まれており、濫用される危険性が残されている」と海渡さんは指摘する。
市民運動、封じ込めてきた歴史
米国と情報監視システムも共有?
共謀罪の始まりは13世紀の英国での誣告(故意に虚偽の事実を申告する罪)の共謀だという。
独裁政治を行うヘンリー8世が反政府勢力を潰すために共謀罪適用を拡大したとされています。そして、資本主義が勃興してきた18世紀に息を吹き返し、労働組合や借家人組合の運動を阻止した共謀罪は、法律体系の似た米国に渡り、ベトナム反戦運動や黒人の権利獲得を目指すブラックパンサー党の運動を封じるのにも使われました。
しかし現在は、海外の事例を調べようにも共謀罪の実態が見えにくくなっていると海渡さんは言う。
共謀罪で検挙された時は無罪判決を勝ち取るのがほぼ難しいといわれています。指紋などの証拠がないので、言葉のやり取りをめぐる捜査では『あれは冗談だった』と言っても通用せず、その多くが罪を認める代わりに刑を軽くしてもらう司法取引によって解決されているようです。
自首した人の刑を免除・軽減することで密告を奨励する点では、戦前の治安維持法(※2)や軍機保護法(※3)と同じだと海渡さんは危惧する。
今の状況は当時とよく似ています。軍機保護法と国防保安法(※4)に対応するのが、2013年に成立した特定秘密保護法。治安維持法に対応するのが今回の共謀罪。そして隣組(※5)を末端組織とする防諜活動(スパイの取り締まり)に対応するのが、昨年5月に成立した警察による通信傍受の対象拡大です。どうしても戦争を始める準備に思えてなりません。
背景には、米国からの働きかけもあると海渡さんはみている。
昨年9月、日本政府が共謀罪法案の国会提出を検討していると聞いた当時のキャロライン・ケネディ駐日大使は『大変勇気づけられた。できることがあれば協力する』と歓迎しました。元CIA職員のエドワード・スノーデン氏の告発で明らかになったように、米国国家安全保障局(NSA)は世界の通信網を無差別に傍受して、一般市民の日常生活を含めた膨大なデータを収集している。特定秘密保護法に続いて共謀罪をつくることで、この情報監視システムを一刻も早く共有したいとの思いが日本政府にはあるのでしょう。もちろんそこでは、日本の警察が収集した情報も米国と共有されるはずです。
このまま、もし法案が通ったとしても、まだできることはあるのだろうか。
国会で法律を廃止することはできるし、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由を保障する憲法第21条に違反しているとして争うこともできる。しかし、できればそうなる前に、市民の反対意見で法案が通らなくなることを願っています。
(香月真理子)
※1 特定の犯罪を実行する目的で、その準備行為を行った罪。
※2 1925年に制定。国体の変革・私有財産制度の否認が目的の結社・個人的行動を処罰。反戦、共産主義をはじめ、思想の弾圧に用いられた。
※3 1899年に制定された軍事機密を保護する法律。
※4 1941年に制定された国家秘密を広く保護する法律。
※5 1940年、国民統制のために組織された町内会などの下部組織。思想統制、相互監視に利用された。
(プロフィール) かいど・ゆういち 1955年、兵庫県生まれ。弁護士。東京共同法律事務所所属。原発訴訟、監獄訴訟、盗聴法・共謀罪・秘密保護法などの反対運動に従事。2010年4月から12年5月まで日弁連事務総長、同共謀罪対策本部副本部長。 |
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