ベトナム出身でカナダのケベック州に暮らす作家キム・チュイは、自身のルーツ(*1)や難民経験をもとにした5冊の小説(仏語)を発表、うち3冊は英語にも翻訳されている。
*1 1968年サイゴン生まれ。10才の頃に両親と2人の兄とともに自国を脱出、マレーシアの難民キャンプで4ヶ月過ごした後、1979年にカナダに難民として入国した過去を持つ。
*2 言語を全くまたはほんの数語しか話せない自閉症者は全体の約30%いるとされている が、思考プロセスについての研究は十分に実施されていないのが現状。
参照: https://www.verywellhealth.com/what-is-nonverbal-autism-260032
ベトナム出身の作家キム・チュイ/Credit: JF Brière
– 子どもが自閉症だと気づいたのいつ頃ですか?
キム・チュイ:長男と様子が違うなとは、かなり早い段階で気づきました。 ほとんど人と目を合わせず、よく泣き、寝つきも悪く、ひとりで過ごしたがる子でしたから。
保育園に通い始め、園長さんに聞いてみたんです。 少し言いにくそうでしたが、息子の行動には変わったところがあると認めました。そこで専門医のところへ連れて行き、自閉症と診断されたんです。ヴァルモンドが2歳の頃です。
– 日常生活では何が大変ですか?
長い間、ストレスフルな生活が続きました。 自閉症の人は情報を受け止める方法やスピードが私たちとは違うので、多くの誤解が生まれます。 例えば、彼を家にひとりぼっちにしておくことはできません。そんなことしたら、マイナス20℃の日にTシャツ姿で庭に出てしまいかねませんから。彼には不快感が寒さからくるということが理解できないのです。
幸いなことに、私は自閉症の専門家ブリジット・ハリソンとリーズ・サン・シャールに出会い、状況が一変しました。自閉症に関する本『L’autisme expliqué aux non-autistes(未邦訳)』も出されています。
ヴァルモントは爪を切られるのをとても嫌がるので、いつも夫と私の2人がかりです。彼の指を強く握りすぎて、あざができることもありました。ですが、ハリソンは自らも自閉症なので、ヴァルモンドがなぜ爪切りを嫌がるのかがよく分かるのです。
「あなたが何をしているのかわからないんですよ」とハリソンに言われ、「でも、10年もこのやり方をしてきたのに」と答えたのを覚えてます。ヴァルモンドにとって、爪切りは常に「初めての経験」だったのです。そのことに私が気づいてやれなかったのが問題でした。 何度やっても爪が伸びるということが理解できないどころか、自分の指すらも認識できていなかったのです。
(c)photo-ac
ハリソンとサン・シャールが推奨しているのは「サッケード・メソッド」です。これは目の見えない人にとっての点字や、耳の聞こえない方にとっての手話みたいなもので、自閉症の人が小さな絵を使って思いを視覚化・概念化できるようにするものです。
このメソッドのおかげで、爪を切っても大丈夫なのだと息子に説明できるようになりました。 彼の目の前に一枚の紙を置き、小さな四角形をいくつか描いて、それぞれに彼の顔、爪切り、彼の手、彼の笑顔を描き入れます。それぞれの言葉は理解できないのですが、すぐに一連の流れを理解し、私の前に座って手を差し出したのです。
– 絵で示す必要があったということですか?
自閉症の人は、言語コミュニケーションがある程度取れる人でも、主には目から入ってくる視覚情報で理解します。ですから、彼らとうまくコミュニケーションを取るには「視覚的アプローチ」が必要なのです。
ですから「サッケード・メソッド」はとても有効です。 あの子は一度見た絵は意味がわかるので、私が「爪を切るよ」と言うと絵が頭の中に浮かぶのです。一度見せた絵は、もう見せる必要はありません。
– このメソッドを取り入れることで日々の生活は変わりましたか?
息子の考え方が理解でき、彼のことばで会話し、何よりも私の言葉を押し付けずに済むようになりました。
以前はよく不安な素振りを見せ、呼吸が荒くなり、動悸が激しくなるなど、自閉症の人に典型的な反応を見せていましたが、今では私たちが言っていること、何が起ころうとしているかを理解でき、心の準備ができています。 彼も私もずっとリラックスできるようになり、あまりの落ち着きぶりに夫が心配するほどでした。
心が不安でいっぱいではなくなったので、学習する余裕ができたのです。 今通っている特別支援学校でもこれと似たメソッドを採用しており、ものすごいスピードで学習しています。
– どんなことを学んでいるのですか?
「書くこと」や「数えること」です。 幼い頃から数を数えることはできたのですが、1が「ひとつ」、2が「ふたつ」を表すとは理解していなかったのです。
学校では「変化」の概念も学んでいます。つまり、生きるとは静的なものではなく、いろんなことが移り変わるということです。学校から帰ると冷蔵庫を開けてニンジンを切るのが彼の日課なのですが、数年前まで、その形状は彼が最初にニンジンを見た時のイメージそのままのスライス状でなければならず、 丸ごとやスティック状ではダメでした。今では他の形も受け入れられるようになりました。
同じように、雑誌の表紙に私の顔が載っていたら、 当時の彼ならその雑誌を放り投げたでしょう。写真が私だとは分かるのですが、私が目の前と雑誌の2ヶ所に存在することが理解できないのです。 それも数年前から理解できるようになりました。
– チュイさんは出張が多いようですが、息子さんへの影響は?
寂しがってるみたいです。 以前も寂しさはあったかもしれませんが、今とは違って、どう表現したら良いかがわからなかったのです。出張に出ても、私の不在に気づくのは私が帰ってきた時。帰宅すると怒って私とスーツケースを家から放り出そうとするので、母としてはとても辛かったです。
今では「サッケード ・メソッド」を使い、出張に行くことやいつ帰宅するのかも伝えられるようになりました。 玄関口で私の帰宅を待ち、スーツケースを受け取ってハグまでしてくれるんです。
– 息子さんの存在はあなたの作品に影響していますか?
もちろんです。 息子がいなかったら、こんなにも多くの作品を書けなかったでしょう。自閉症の世界は興味深いです。私が知ってる世界とは異なるものの、逆に自分の世界への理解も深まっています。
例えば、自閉症者の多くは触られるのが苦手です。もし自分が見ていないときに誰かに触れられたら、その手の感触がしばらく残ります。「触る」というスキンシップを感情と受け止められないのです。息子のおかげで、こうした脳の違いを理解できるようになりました。
私の世界はより豊かになりました。例えば、息子はいろんな音を聞き分けられないので、同時にいろんな音が鳴ると頭の中が無秩序状態になります。私自身も音をより強く意識するようになり、家では静けさを大切にしています。ラジオをつけながら電話で話す、台所の片付けをすることは避けています。
– 彼の将来についてはどうお考えですか?
私や、彼の身近な人たちがいなくなった時が大きな問題です。 息子には彼のことをよく理解してくれる人が必要ですから、ネットワークを築かないといけませんね。
言ってることが矛盾するかもしれませんが、息子には私より先、もしくは同じくらいに他界してほしいと願っています。おこがましくも、彼を幸せにできるのは私しかいないと思うからです。 もし彼が不幸な状況に置かれて、自分でそれを伝えられないと思うと…。
– 自閉症の子どもも幸せになれるということですよね?
もちろんです。 でも彼らの「愛し方」をきちんと心得る必要があります。私はできるかぎりのことをやってきましたが、うまくいかない時期も長かったので。
例えばですが、私はシャワーは気持ち良いものと思い込み、あの子にも浴びさせたいと思ってました。でも、肌にあたる水滴をひとつひとつ数えたがる彼にとっては、シャワーはイライラするものでしかないのです。柔らかいお湯に包まれる湯船の方が好きなのです。
息子とコミュニケーションが取れるようになり、彼が何に喜び、何に不満を感じるかがわかってきました。今だからわかることですが、あの子は他の自閉症者と同じで視覚が非常に敏感です。 多くの人にとってはただの明るい光でも、ピカピカ点滅しているように感じるのでとても疲れてしまうのです。気まぐれなんかではなく、心底耐え難いものなのです。家からそうした照明を取り除くと、彼も調子がいいみたい。
– 「自閉症」を理解することは難しくもあります。こうして自閉症について話す機会はいかがですか?
とても大切ですし、自閉症について聞いてもらえて光栄です。 自閉症を誰より理解しているのはもちろん本人たちですが、周りにいる人たちもかなり理解しています。 自分で伝えられる自閉症者とその周りの人たちには、自分たちの体験を語る義務があると思います。 他の人たちが理解してくれるのを待つのではなく。代弁者として活動していけば、少しずつ自閉症者への理解が広まるのではと希望を持っています。
By Camille Teste
Translated from French by Caitlin Job
Courtesy of L’Itinéraire / INSP.ngo
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