誤報、デマ、フェイクニュースなど、社会に広がる“誤った情報”に気づくためには、どうしたらいいのか? 解決策の一つである「ファクトチェック」(事実に関する言明の真偽・正確性を検証する活動)を行い、公表している「ファクトチェック・イニシアティブ」事務局長の楊井人文さんに話を聞いた。
2017年秋の衆院選でファクトチェックプロジェクト、
サイト上に計18本の記事をアップ
2017年秋の衆院選では実にさまざまな報道が飛び交った。刻一刻と変化する政治家たちの駆け引きを伝える情報の中には、しかし真偽のほどが定かではない情報も少なからず混ざっていた。だが個人がその真偽を検証するのは容易ではなく、不正確な情報はSNSを中心に拡散されていくのがネット社会の特徴でもある。
そんな“誤情報”を検証、公表する試みが日本でも始まっている。2017年6月に発足した「ファクトチェック・イニシアティブ」(FactCheck Initiative Japan/以下FIJ)は、日本におけるファクトチェックを推進するため、ジャーナリストや研究者などによって立ち上げられた。
これまで研究会の開催や国際会議への参加などを続け、今回の衆院選では「2017年総選挙ファクトチェックプロジェクト」を実施。BuzzFeed Japan、Japan In-depth、ニュースのタネ、GoHooの4つのネットメディアが協力して衆院選にまつわる情報を検証。誤りがあればその証拠も提示するかたちでサイト上に計18本の記事をアップした。
なぜ、ファクトチェックが大切なのか? FIJ創設の発起人で、事務局長の楊井人文さんは「ウェブメディアやSNSが広がる中で、誤情報が連鎖しやすく、弊害が大きくなってきた」と指摘する。
ファクトチェックはよく『事実確認』と訳されます。しかし、この言葉は誤解を招きやすい。私は大手メディアにもファクトチェックの重要性を呼びかけていますが、必ずこういう返事が返ってくるんです。『いや、私たちも事実確認は十分やっていますよ』と。これは半分正解で、半分誤りです。私も元新聞記者ですから、記事を書く前に詳細な事実確認をしていることはわかっています。しかし、どんなに正確性を期しても生まれてしまうのが誤情報。私たちが主張するファクトチェックとは、すでに社会に広がったニュースや言説の『真偽検証』を行い、しかも誰もが確認できる証拠や根拠も明らかにすることで、できるだけ多くの人が立場を超えた判断ができることを目指しています。
大震災後に作った「GoHoo」が唯一だった
誤情報の発見から記事執筆まで人員も予算も必要
たとえば、2017年の衆院選では“立憲民主党が政党要件を満たさない”という重大な誤報が産経新聞によって行われました。これは立憲に投票しても意味がないんじゃないかということをミスリードしかねない。その後、産経は紙面上で訂正を出しましたが、それがきちんと行き渡らず、誤報の連鎖によってネット上のニュース番組も大炎上しました。
政治家の発言もいくつか記事にしましたが、印象的だったのは“幼稚園の4歳、5歳、そこから高校の私学まで実質、無償化しているのは大阪だけです”という松井一郎氏の発言。検証すると、実際は大阪府内の一部の自治体のみ、高校は所得に応じた無償化で、発言は事実でないことがわかりました。
今回の衆院選プロジェクトでファクトチェックを担ったメディアの1つ「GoHoo」は、もともと楊井さんが2012年に立ち上げたものだ。
その前年にあった東日本大震災と福島原発事故は、国民レベルでメディア報道に対する疑心暗鬼が広がった重要な出来事になりました。私も含めて全国民が正確な情報を求めているのにメディアがそれを伝えない、あるいは誤った情報を流してしまう。苛立ちや危機感から、自ら誤報の収集・検証に特化したサイトGoHooを立ち上げました。最初の記事は『SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク)が不具合で予測不能になっている』という読売新聞の誤報を検証したものでした。
その後も、弁護士として活動するかたわらGoHooの運営を行ってきた楊井さんだが、誤情報の発見、取材、検証、記事執筆という一連の手順には人員も運営資金も必要になる。
それをほぼ楊井さん個人の持ち出しで運営する苦しい状況が続いていた。
また、欧米には数多くのファクトチェック機関が存在しており、情報の真偽や正確性を社会全体で監視する仕組みが整い始めている。翻って日本では、GoHooが唯一、米国デューク大学に登録されたファクトチェック機関として存在するのみだった。
この状況を打破すべく、楊井さんは今年、専門家やジャーナリストの仲間とともにFIJを立ち上げ、より幅広いファクトチェックが実施されるよう、各メディアの協力体制づくりやプロモーション活動を行ってきた。
チェック機関のまがい物も現る!中立性、公平性、透明性を確保
信頼できる機関をつくるには?
誤情報(ミスインフォメーション)にはいくつかの種類がある。「誤報」「フェイク(偽装)ニュース」「デマ・でっちあげ」「虚報」「プロパガンダ」などがそれだ。だが楊井さんはよりシンプルに、それらすべてを「事実の正確性を欠き、誤解を与える情報=誤情報」として定義している。「その記事が悪質な意図をもって書かれたフェイクニュースなのか、単なる誤りなのか、極端なことを言えばその裏の意図は関係ないということです」
近年はフェイクニュースに関する話題も増え、一部では「ファクトチェック=フェイクニュースを発見すること」と勘違いされることも多い。だが、フェイクの言葉の使い方には注意が必要だと楊井さんは警鐘を鳴らす。
たとえば、米国のトランプ大統領も、受け入れたくない情報に対して根拠なくフェイクというラベルを貼りつける。そういうふうに発信者の意図がどうであったかをまったく検証せずにフェイクだと言い合ってしまっては、社会の分断を助長しかねない。大事なのは裏の意図を憶測することでなく、それが事実に基づいているかどうか、まず真偽をチェックすることです。
世界ではすでに、政治的につくられたまがい物のファクトチェック機関も出てきています。今後もそういうのは出てくるでしょう。だからこそ、日本でも今のうちに中立性、公平性、透明性を確保した、信頼できるファクトチェック機関をつくっていきたい。FIJの取り組みはまだ始まったばかり。メディア関係者だけでなく、広く一般の市民のみなさんにもご協力をいただければと思います。
(三浦愛美)
ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)
ウェブサイト:http://fij.info
メール:info@fij.info
寄付振込先:①みずほ銀行 渋谷中央支店(普)1838718「ファクトチェック・イニシアティブ」②ゆうちょ銀行 〇一八(ゼロイチハチ)(普)7583989「ファクトチェック イニシアティブ」
※以上、2017.11.15発売の『ビッグイシュー日本版』323号「ビッグイシュー・アイ」より記事転載