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米国の「警察の軍隊化」が特に目立つようになったのは、9.11同時多発テロ以降*1 とされている。今回の抗議デモとそれに対する警察の対応を見ていると、政策としては“軍隊化の緩和”が推進されているにもかかわらず、警察文化はあくまで「われわれ」対 「 彼ら」というメンタリティーから抜けさせていないようだ。ボストン市警察官として27年働いた後、現在はエマニュエル・カレッジ(米ボストン)社会学客員准教授として警察組織や刑事司法について執筆活動を行っているトム・ノーラン*2が、「警察の軍隊化」について解説する。
*1 「米国愛国者法」をはじめとする同時多発テロ後の政策決定が軍隊化を後押ししてきた。
Police Militarization in the Decade Following 9/11
「敵」には何をしてもよいとする警察官メンタリティー
これまでのキャリアにおいて、警察が軍隊化する過程を目の当たりにしてきた。特に顕著なのは、市民と警察が衝突する時だ。歩み寄り・仲裁・平和的な問題解決よりも、暴力による作戦・選択の余地のない武力を優先しがちな「警察文化」もひしひしと体感してきた。
この警察文化があることで、警察官は(現実又は予測される)脅威を感じたら、利用可能なありとあらゆる力を行使してよいという考えが、警察官の間で広く受け入れられている。
実際、今回の警察対応もそうだった。警察は、社会的秩序、私有財産、自分たち自身の安全に対する“脅威”に対し、軍隊的対応を取った。
その一因は、抗議者たちを“敵”と認識する警察文化にある*。 事実、一部のトレーニングプログラムには、兵士のような考え方を身につけ、相手を殺す方法を学ぶ指導が組み込まれている。
*トランプ大統領は抗議者たちを「テロリスト」と呼んだ。
参照:As Trump Calls Protesters ‘Terrorists,’ Tear Gas Clears a Path for His Walk to a Church
9.11後からエスカレートした「軍隊化」がもたらしたもの
2001年以降、米国内の警察は軍隊的対応を取る戦略へと転換していき、それは暴動時に限らず、日々の活動にまで及んでいる。この軍隊化を大きく支えているのが、連邦政府からの支援だ。軍装備品を地方の警察に転送できるようにするアメリカ国防兵站局の「1033プログラム」(1990年)や、軍用兵器・車両の購入資金を提供する「国土安全保障助成プログラム(Homeland Security Grant Program)」などだ。
「警察の軍隊化」に批判的な人たちは、軍装備品を身に付けさせることで警察官らに “戦争状態にある” というメッセージを送ってしまっていると論じる。常に“敵”がいることが前提となっているのだ。そして、都市部、最近では郊外や地方でも、「敵」とされやすいのは“犯罪を犯しそうな者たち” である。
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そんな警察のメンタリティーが、死者を出す事態を次々引き起こしている*。とりわけ犠牲になりやすいのが黒人。2012 〜2018年に警察が関与した致死事件を調査したところ*、米国では毎日約3人の男性が警察の手により殺害されており、黒人男性が犠牲になるリスクは白人男性より3.2〜3.5倍高いことが判明した。
*2019年だけで1,000人以上が死亡(7年連続で1,000名超え)。犠牲者の約24%は黒人で、その多くが武器を所持していなかった。精神疾患を抱えている者や子どもも含まれている。
参照:Poisoning Our Police: How the Militarization Mindset Threatens Constitutional Rights and Public Safety
*参照:Risk of Police-Involved Death by Race/Ethnicity and Place, United States, 2012–2018
「警察の軍隊化」と「警察の暴力行為」には相関関係があることも分かっている。警察が関与した致死事件に対する警察の支出を分析した2017年の調査によると、その他の関連要因(世帯収入、総人口と黒人人口、暴力犯罪のレベル、薬物使用など)を考慮しても、軍隊化が進んでいるほど民間人の死者数が多いことが示された*。
*軍装備品への支援金がゼロから253万9,767ドル(約2億7千万 *調査対象の中で最大金額)相当を受けることになった郡では、その翌年の民間人の死亡者は2倍以上になっていた。
犠牲者本人だけでなく地域社会への悪影響も危ぶまれる
そして、苦しむのは個人だけではない。 警察の暴力性が地域社会に及ぼす影響について研究している行動科学者デニス・ヘルドは、今年初めにボストン大学ローレビューに発表した論文で「警察の暴力行為に遭遇することは強い波及効果をもたらす。隣人が警察に殺される、傷つけられる、精神的トラウマを経験する地域で普通に暮らしているだけの人たちの健康や幸福までをも損なう」と述べている。
警官に膝で押さえつけられて苦しむジョージ・フロイドの姿がいかにつらいものであったかは、その後の人々の反応を見れば明らかだ。
2014年、ミズーリ州ファーガソンで丸腰の黒人男性が警察に殺される事件が起き、この時も、抗議者たちと武装警官との間で暴力的な事態へと発展した。これを受け、警察のあり方を改革していこうとする大きな動きが起き、その対立関係を見直すことに焦点が当てられてきた。
暴動から数ヶ月後、オバマ大統領(当時)は「21世紀の警察活動についてのタスクフォース」を立ち上げ、市民との対立回避を重視した訓練・政策の実践を推奨。抗議デモ中は、軍事行動に見える装備や行動を最小限に抑えること、民間人の信頼を損ないかねない挑発的戦術や装備の使用を避けるよう求めた。
しかし、今回の抗議デモにおける警察対応を見る限り、多くの警察署はこの指導を遵守できていないようだ。
【オンライン編集部追記】
軍隊化は全米レベルでエスカレートしており、警察のあり方を問い直す声が高まっている。政府レベルでは、訓練の見直しや調査の予算確保をすすめるべきとしており、州・地方レベルでは地域コミュニティとの関係性改善や警官の評価体制の見直しの動きがある。また特別機動隊(SWAT)の出動、捜査令状の執行、警察の無断家宅捜査をめぐる透明性や監視強化に向けた体制づくり、法制化も必要との提言がなされている。
By Tom Nolan
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
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