10年前、当時8歳だった娘に、寝る前の読み聞かせをしていた。『オオカミ少年』のような物語だったが、主人公はつい嘘をついてしまう少女ルーシーだ。
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教育における批判的人種理論を研究している筆者は、人種差別が私たちの社会構造、特に教育機関に深く染み付いてしまっていることを人一倍理解しているつもりだ。私の研究分野の一つは、有色人種が体験する人種差別的なマイクロアグレッション*2で、些細でありながら重大な攻撃となることが多く、言葉によるものもそうでないものもある。他者のアイデンティティについての発言などさまざまな形をとり、その背景には慣例化してしまった人種差別がある。
*2 他者に対する否定的な言動で、何気ない日常の中の言動に現れる侮辱や否定的態度を指す。
人種差別の研究者だというのに、その絵を見た瞬間、親として娘をどう手助けすればよいのか分からなかった。また同じ頃、『ニューヨークタイムズ』に児童書作家クリストファー・マイヤーズが児童文学における人種差別的表現の問題について書いた意見記事「児童文学のアパルトヘイト*3」が掲載されていた。
*3 参照:The Apartheid of Children’s Literature
現実の人種割合とかけ離れた児童書での有色人種の登場率
こうした出来事が重なって、児童書における有色人種の描写をもっと調査してみようと思い立ったのだ。すると、ウィスコンシン大学に本拠を置く「児童図書協同センター(CCBC)」が、米国で出版された児童書のうち、著者または登場人物が有色人種の児童書のデータを収集していた。その数字を見て驚いた。
筆者が調査を始めた2015年度、同センターが受け取った3,200冊の児童書のうち、ラテンアメリカ系の登場人物を含むものは85冊、全体の約2.5%のみだった。今や米国の児童の4人に1人はラテンアメリカ系だというのに。
児童書での有色人種の描かれ方を意識したい
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16年以降は増加傾向ではあるものの、依然、著者なり登場人物が有色人種の本は、全出版数のごくわずかだ。2019年度でも、CCBCが受け取った4,000冊以上の児童書のうち、ラテンアメリカ系の登場人物が出てくる本は約6%だった。
児童書での有色人種の描かれ方が差別的であることも、長年問題視されている。著名な社会学者W.E.B.デュボイスが1920年代に、児童書における黒人への人種差別についての懸念を表明している。本というのは、子どもたちが個性やアイデンティティへの感覚を育むうえで重要な手段である。有色人種の子どもたちが読む本に、自分と同じ種類の人間が全く登場しなければ、自分たちは社会にとって無きに等しいというメッセージとなるおそれがある。
ブラック・ライヴズ・マター運動の集会で展示されていた児童書
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2020年に批判的人種理論を用いた共同研究を発表し*4 、児童書の人種的表現を批判的に分析するガイドを策定した。この研究の中から、有色人種を描いた本を選ぶ際に考慮すべき5つの点を紹介したい。
*4 参照:Theorizing a Critical Race Content Analysis for Children’s Literature about People of Color
1. 有色人種の登場人物はどんな役割を果たしているか
有色人種が人種差別的な比喩表現やステレオタイプにはまり込まないよう、さまざまなキャラクター設定で描写されていることが重要だ。物語の中でどんな立場にあるのか、意識してみてほしい。有色人種が主役となっている、またはストーリーの中心に位置づけられている本を目にする機会が増えることを期待したい。
筆者が勧めているのは、パム・ムニョス・ライアンの『Esperanza Rising』と
幼い読者には、マシューA.チェリーの『Hair Love』だ(どちらも未邦訳)。
2. 人種的なステレオタイプになっていないか
有色人種の人々に対し「文化的に劣っている」との見方がまだまだ色濃く残っていることが調査から分かっており、こうしたマイナスの視点は、“学歴が低い”、“貧しい”といった彼らが直面する社会的格差の責任を彼ら自身になすりつける発想をもたらしてしまう。
有色人種が登場する物語が、こうした視点を固定化させるものか、あるいは疑問を呈するものかを見極めることが重要だ。冒頭で紹介したメキシコ人盗賊が登場する本などは、人種差別的なステレオタイプを固定化する一例だ。米国で暮らすラテンアメリカ系の人々は、長きに渡りこのような描かれ方がされてきた。
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3. 文化的に忠実に描かれているか
“文化的に忠実な物語”とは、特定の文化を正確に描写するものをいう。たとえば、アン・シブリー・オブライエンの『I’m New Here』では、ソマリア、グアテマラ、韓国から米国に移住してきた3人の子どもが初めて学校に通う様子を描いているが、それぞれの移民体験がどれだけ異なるものだったのかまでは描き切れていないように感じる。
登場人物たちがどんな言語を使っているかも重要な指標となる。ベストセラー児童書シリーズ『Skippyjon Jones』では正しくないスペイン語が多用されていることを、教育学者のカルメン・マルティネス・ロルダンが指摘している*5。
*5 参照:The Representation of Latinos and the Use of Spanish: A Critical Content Analysis of Skippyjon Jones
4. 大局的な視点が得られるか
有色人種についてきちんと語られる物語は、歴史、社会、政治など幅広い文脈が組み込まれているべきだ。そうすれば、登場人物たちの日常の体験がより大きな社会の中でどのような位置づけにあるのかを、子どもたちは自然に理解することができる。
幼い読者向けの本では、かすかな手がかり程度で描かれることが多い。たとえば、キャロル・リンドストロームの『We Are Water Protectors』では、先住民が水を貴重な守るべき資源だと捉えている様子を描くことで、環境汚染が人々にどんな影響をもたらしているかを警告している。チャプターブック(絵本に比べ文字量が多い本)や中高生向けの本になると、背景事情もより明確に描かれる。俳優で日系アメリカ人二世のジョージ・タケイが第二次世界大戦中に日系人強制収容所で育った経験を書いた、2020年10月刊行の『<敵>と呼ばれても』などがその例だ。
5. 物語の中で支配力や権限を持つのは誰か
一つの物語も視点によって語られ方が変わってくる。有色人種の視点で描かれた物語が増えれば、読み手がその人物が持つ力を認め、その人がいるからこその展開や結末だと感じられる機会が増えるだろう。
フアナ・マルティネス・ニールの『アルマの名前がながいわけ』(2020年10月刊行)は、少女アルマが自分につけられた長い名前が家族の歴史と深くつながっていることを知っていく、心打たれる物語だ。
有色人種が登場していても、登場人物に名前がないのは良くない例だ。「少女」や「少年」などの一般的な呼び方だと、その登場人物の影響力が弱まり、読者との間にも距離ができ、人間味あふれる一体感を感じにくくなる。例えば、ハイロ・ブイトラゴの『Two White Rabbits』は、幼い少女が父親とともにメキシコから米国への移住を目指す途上を描いた物語だが、主人公には名前が付いていない。そのために、主人公や移民の苦労を描いた物語に共感しにくくなっているように思われる。
1899年刊行の児童書「ちびくろサンボ」では黒人の子どもが人種差別のステレオタイプ的な描かれ方をしていた Photo12/Universal Images Group via Getty Images
本の中の世界について子どもたちと話をすることは、親ができる最も大切なことの一つだ。子どもが目にしているものを理解し、意見を持ち、物語の語られ方に潜む問題点に気付くのを手助けしてあげることは、子どもたちがこの世界を読み取っていく上で大きな力となるだろう。
著者
Lindsay Pérez Huber
Associate Professor, College of Education , California State University, Long Beach
※ 本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年1月4日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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