言語の壁がなくなりつつある昨今だが、社会の分断は深まっている。そんな時代に求められる人材とはーー相手を尊重しつつ異議を唱え、相手との違いを超えて関係を築ける人である。国際的指導力、異文化理解、インクルージョン(自分たちと異なる人たちを受け容れること)の核心にあるのが「文化的知性(カルチュラル・インテリジェンス:CQ)」と呼ばれる能力で、「より良い聴き手」になることがその重要要素の一つだ。そう主張するのは、文化的知性のマスターファシリテーターとして活躍するルーシー・バターズだ。バターズが国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)のサイトに寄稿した記事を紹介しよう。
私には三つ子の息子がいる。息子たちが通う小学校では読み書きや発表の宿題がよく出ていたが、外国語を学ぶとき以外に「聴く力(listening)」に関する宿題は一切なかった。リーダーシップ、チームワーク、インクルージョンを発揮する上では「聴く力」が最重要スキルの1つとされているのに、なぜその能力を育むことに時間を割かないのだろうかと疑問に感じてきた。

聴く力は、決して自然に身につくものではない。学習によって身につけるべき能力である。誰の話をどのように聞くか、何に耳を傾けるか、言葉や沈黙をどう解釈するか、相手にどのくらいのスピード感で反応してもらいたいと思うかーーこういったことには、文化が大きく影響している。
文化的知性(CQ)の先駆的研究を行ったのはシンガポール南洋理工大学の経営学者スン・アン教授で、もう20年以上前のことだ。
アン教授は、性別、人種、国籍、職業、宗教、政治など、さまざまな違いを乗り越えて良好な関係を築き、協力し合える個人/組織と、その点に苦戦させられる個人/組織の違いはどこにあるのかを考察し、円滑に協力し合うための4つの核となる能力(CQドライブ、CQナレッジ、CQストラテジー、CQアクション)を明らかにした。
2013年にこの研究と出会った私は、現在は世界で10人しかいないCQのマスターファシリテーターの1人として活動している。そしてこの度、世界各地の専門家を取材し、文化的知性の育成に関する知見をまとめた著書『Cultural Intelligence in Practice: Expert insights for trainers in a multicultural, globalized world(カルチュラル・インテリジェンスの実践:グローバル化世界の多文化環境で活躍するトレーナーのための専門的知見)』(未邦訳)を刊行した。

文化的知性の育成において、「聴く力」は非常に重要な要素で、決して受け身的なものではなく、意識的に育むことができる能力である。スン・アン教授が提唱した4つの能力に照らし合わせると、以下のようになる。
CQドライブ(動機):興味・関心の選択
「聴く」という行為には「動機」が必要だ。「私が相手の話に注意深く耳を傾けるのは、相手が自分自身について、また、自分にとって重要なことを語っているから。聴くことで相手への理解が深まり、互いの違いを埋めるための策を練ることができる」と、カルチュラル・ブリッジ 創設者のアンドレイ・ユリガはいう。まさに「文化的知性の動機」を体現する言葉である。私たちは、相手を取り巻く現実を理解したいと思うから耳を傾ける。「相手を負かすため」ではなく、「相手から学ぶため」に聴く。こうした意識の変化が、社会に大きな変革をもたらしうる。
CQナレッジ(認知):「聴くこと」は文化的行為と知る
ただし、普遍的な「聴き方」など存在しない。
・誰が質問をするのか
・誰が答えるべきなのか
・沈黙が何を意味するのか
・どれくらい素早く反応すべきなのか
・人々が何に注意を向けるのか
などには、文化が大いに影響を及ぼす。例えば、質問した後に流れる「間(ま)」は、確信のなさを表すこともあれば、相手への敬意の表れであることもある。文化を十分に理解していないと、聞こえるもの/聞こえないものへの解釈を容易に誤りかねない。
CQストラテジー(メタ認知) :相手の心を開く質問を心がける
「聴くこと」と「質問」は切り離せない。どんな問いかけも役に立つといえる。ただ「なぜ?」と何度も尋ねることは、機械的な問題や、身体の仕組みに関わる問題を扱う場合には物事の深い部分を探る上で有効な手段となりうるが、仕事上の人間関係や集団内の力関係に作用しているものを理解する上では、必ずしも善いアプローチではない。何度も「なぜ」と問われると、相手は自分の正当性を証明しなければならないと感じてしまい、人はいったん守勢に入ると、問題の原因を突き止めることへの柔軟性が失われ、好奇心も急速に消え失せてしまう。
対話を深めるには、次のような問いかけが効果的だ。
- 何が〜?
- いつ〜?
- どのように〜?
- ~について教えてください。
- ~について説明してください。
また、より良い質問を考えるには、
- 目的(Aim):なぜその質問をするのか?
- 関係性(Relationship):相手との関係性がどう影響するか?
- タイミング(Timing):適切なタイミングか?
の頭文字を取って「ART」と呼ばれる枠組みがある。これら3つの点に配慮することで、相手は「自分の話を聞いてもらえている」と感じやすくなる。
CQアクション(行動) :信頼を築くために「聴く」
結局のところ、文化的知性は行動によって示される。「CQアクション」とは、いつ、だれの話を、どんなふうに聴くべきかをを、状況に応じて柔軟に変えることだ。それは沈黙に慣れることかもしれないし、いくつも質問するよりも明確な質問を1つだけすることかもしれない。相手が抱えている問題を十分に理解する前に解決してあげようとはやる気持ちを抑えることかもしれない。
思考の環境づくりに関するナンシー・クラインの研究では、急いで解決策を提示することが、相手を「子ども扱い」してしまう可能性を指摘している。これとは対照的に、じっくりと耳を傾け、本質的な質問をすることで、物事を自分ごととして思考を深めやすくなる。「聴くこと」で、決して会話への貢献度が減るわけではない。むしろ、相手がより多くのことを成し遂げられるよう手助けすることなのだ。
次世代のリーダーに必須の「聴く」力
「聴く」という行為は、文化、経験、思い込みによって形作られ、決して中立なものではない。だが幸い、育成していくことができる能力でもある。意見の違いによっていとも簡単に分断が深まりうる今の世の中においては特に、リーダー、トレーナー、教育者が育むべき重要な能力の一つである。組織として、インクルージョン、グローバル規模での協力体制、二極化を深める議論と取り組まなければならない中で私たちに必要なのは、相手を理解したいという思い、違いを認識する知識、より良い質問をするための戦略、柔軟性を持って行動を適応させていく姿勢、つまり「文化的知性」である。
By Lucy Butters
Courtesy of INSP.ngo

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