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いま求められる、人権としての「住宅保証」



「安心して暮らせる住まいを喪失する」ということは、生活に困窮している当事者にとってどういう経験だろうか。

住まいとは、ただ単に睡眠や食事、休息をする場所であるだけではなく、仕事や交友関係などの社会生活を営んだり、公的なサービスを受ける上でも拠点となるべき場所である。

そのため、住まいを失うことは、「毎晩、寝る場所に苦労しなければならなくなる」というだけでなく、「履歴書に書く住所がなくなる」、「住民票もなくなり、身分証提示を求められるネットカフェに入店できなくなる」、「友達にもどこに住んでいるか言えなくなり、関係が疎遠になる」といったさまざまなダメージを本人に与えることになる。

日本では公的な住宅政策が貧弱であるために、住まいを喪失した人たちに直接、住居を提供する仕組みは存在していない。そのため、住まいをもう一度確保するために活用できる支援策はかなり限定されることになる。ここでは代表的な制度を3つ紹介する。

なかなか利用できない、ホームレス自立支援事業



第一に挙げられるのは、東京・大阪・横浜などの大都市圏で整備されてきた「ホームレス自立支援事業」である。この事業は実施する地方自治体によって、仕組みに違いがあるが、共通するコンセプトは「住民票を置ける居所がないと、安定した就職先を見つけるのが非常に困難になるので、一時的に住所を設定できる施設に入所してもらい、求職活動を支援する」というものである。 

東京23区では当初、各区の福祉事務所を通して、いったん緊急一時保護センター(入所期間1~2ヵ月)(※1)に入り、その後、自立支援センター(入所期間2~4ヵ月)(※2)に移るという二段階方式で事業が実施されていたが、現在はこの2つのセンターがフロアごとにすみ分けをする一体型の新型自立支援センターの整備が進められている(入所期間もそれぞれ短縮され、就職が決まった人は借り上げアパートへの入居もできる)。

東京都の発表によると、2011年12月末までの実績で就労自立した人は約49%(アパート確保約35%、住み込み約15%)。就労が決まらなかった場合は入所受付をした福祉事務所が対応をして、生活保護制度などにつなげることになっているが、実際には野宿へと戻されている人も多い。また、区によって入所の受付方法が違い、「週1回の抽選で当たらなかったら、来週の抽選まで野宿してください」という対応を取っている区もあるため、なかなか利用できないという苦情も多い。

若者が申請をためらう、生活保護制度



二つ目に生活保護制度がある。生活保護制度は、生活に困窮していれば誰でも活用することのできる制度であり、若年層でも、住所がなくても申請をすることができる。しかし、野宿状態のまま生活保護を受給することはできないので、いったんは中間的な施設に入所することになる。

ほとんどの場合、福祉事務所は中間施設として民間の宿泊所を指定してくるが、民間の施設の中には居住環境や職員の資質に問題があることが多く、こうした施設には入りたくないという人も多い。

生活保護制度には「居宅保護の原則」(※3)があり、生活保護の申請と同時にアパートに入居するための初期費用の支給を求めることができるが、この支給が認められるまで時間がかかることもある。また、生活保護の申請を受けた福祉事務所は二親等以内の親族に「扶養照会」(経済的な援助が可能かどうか家族に問い合わせること)を行なうことになっているため、「生活保護を申請したことを家族に知られたくない」という若者が申請をためらう理由になっている。

第2のセーフティネット、住宅手当制度は?



三つ目に、近年の経済不況を受けて新たに整備された「第2のセーフティネット」といわれる一連の事業がある。その一つである住宅手当制度は、生活に困窮した人がハローワークによる就労指導を受けることを条件に、6~9ヵ月間、アパートの家賃補助を受けることもできる仕組みである。しかし、住所のない人が住宅手当を使う場合、アパートに入居するための初期費用を用意する必要があるが、初期費用分は住宅手当からは支給されず、その部分は社会福祉協議会から貸付を受けなければならない。この貸付にあたっては厳しい審査があるため、せっかくの住宅手当も制度利用が進んでいないという現状がある。

住宅手当は単年度の事業であるため、期限が切れれば消滅してしまう危険性がある。制度の恒久化と、初期費用も給付制にするなどの改善が必要であろう。

以上のように、若者ホームレスが住まいを確保するために活用できる制度はいくつかあるものの、制度利用者の立場からすると、どれも使い勝手が悪い状況にある。住まいの確保を支援のゴールとして設定するのではなく、人権として住まいを保障していく政策が求められている。

稲葉 剛(委員/NPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事)

※1 身体を休め「自立」に向けた心身の準備を整えるための宿泊施設。食事の提供、健康相談などが受けられる。現金の支給がないため、事実上、就職活動はできない。
※2 就労による「自立」を目指すための宿泊施設。緊急一時保護センターの入所者のみが利用できる。入所者はそこに住民票を置き、仕事探しを行う。
※3 生活保護において、被保護者をその「自宅」で保護すること。