(2007年11月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第82号より)




颯爽、かっこよく。さらば満員電車、クルマ渋滞



自転車は身近すぎて、その重要性になかなか気づかない。
自転車ツーキニストの疋田智さんは、
「未来は間違いなく自転車とともにある」と、自転車乗りの気概を語る。







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満員電車が嫌で始めたツーキニスト、二度と元には戻らない



満員電車に乗るのが好きな人は珍しいし、クルマで渋滞に巻き込まれるのが好きな人だってそうそういないだろう。毎日の通勤だったらなおさらのことで、そんな時はつり革につかまったり、ハンドルによりかかったりしながら、誰もがこっそりため息をついているんじゃないだろうか?

そんなため息のあいだを縫うようにして、颯爽と、かっこよく、私たちの横を通り過ぎていく人たちがいる。満員電車にも渋滞にも縛られないで自由に走り抜けるその姿はちょっぴり羨ましい。自転車で通勤する「自転車ツーキニスト」たちのことだ。





疋田さんは自転車ツーキニストという言葉をはやらせた張本人。自身でも毎日、自転車通勤を続けている。

「なんだかんだで10年ちょいたつんですけど、当初はね、例えば交差点に止まってても自転車に乗っているのは自分だけだったんですよ。『ああ、オレひとりかぁ』みたいなね。今はもうどこの交差点に止まってても、あそこにいる、あそこにもいるって感じでね」




自転車ツーキニストは今ちょっとしたブームなのだ。ただ普通のブームとちがうのは、これが一時の流行りで終わらないところにある。

「みんなもう満員電車っていうのが嫌なんですよ。それでいったん自転車に乗って通勤し始めると、もう二度と元に戻らないんです」




それだけじゃない。自転車生活の魅力はまだまだ他にもたくさんあるのだ。

例えば、自転車に乗るのは健康的であることを疋田さんは身をもって証明している。自転車通勤を始める前、84kgだった体重は1年後67kgに。ホームページに掲載されている「使用前」「使用後」という写真を見比べてみると、その差は歴然だ。自転車が糖尿病患者やその予備軍に最も合理的で、長く続けられるエアロビクス(有酸素運動)として勧められているのもうなずけてしまう。

やっぱり苦労して痩せても食事制限だけだとすぐに戻っちゃうでしょう。それが自転車の場合、カロリーを消費しやすい身体をつくることにつながるんです」

なにより自分の身体を使って自転車に乗るのは、愉しくて、気持ちがいいと疋田さんは言う。






電車なら50分、自転車ならドアトゥドアで35分



夏の朝は、ひんやりとした空気を吸い込んでペダルをこぎ出す。秋には霞ヶ関の丘をこえるとき、黄色く色づいたイチョウの並木道を通り抜ける。季節によって川の匂いが変わることに気づいて、移ろいゆく季節と街を、自分の目と鼻で味わい、確かめていく。

「これが電車とかクルマなら気づけないでしょう。東京だって春になるとモンシロチョウが飛んでたりするんですよ。皇居の周りにだって蝶々が飛んでるんです。夏の黄昏時になるとコウモリが飛んでたりしてね。東京にもコウモリがいるんだって最初はびっくりですよ。自転車だとそういうことに気づけるんです」

意外なのは、自宅から港区赤坂の会社まで通勤する疋田さんにとって、最も速い通勤手段はクルマでも電車でもなく自転車だということだ。電車なら50分はかかるところ、自転車なら35分でドアトゥドア。オートバイよりも早く着いてしまう。




この速さには二つの理由があって、ひとつは疋田さんの自転車がいわゆるママチャリではなく、それよりもっと速い自転車であること。それからもうひとつは、自転車が歩道ではなく車道を走るためだ。

……えっ? どうして自転車が車道を走れるのかって?

確かにこれは多くの人が驚く事実かもしれない。けれど自転車は、法律的には元々「車道を走るべきもの」なのだ。そんなこと知らないから、ついつい車道を走る自転車を見かけると「あれでいいのかなぁ」なんて口にしてしまうのだけど(自分もその一人でした)、本来は車道のほうが正しい。間違っているのはむしろ自転車を危ない目に合わせるインフラの側なのだ。






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「こんなことやってるのは日本だけでしてね。世界のどこ行ったって自転車は車道を走るものなんですよ。車道がクルマの聖域なんて日本だけ。本来は逆なんです。歩道は歩行者や交通弱者しか通っちゃいけません。それ以外のものは車道を分かち合ってくれ、というのが当たり前だったんですけど、日本だけが違ってしまったんです」

自転車といえばすぐに連想されるママチャリも、歩道の上を自転車が走る日本の特殊な状況に合わせて生まれたものだった。本来はもっと速く走れるはずの自転車をわざと遅いものにして、歩行者との事故を防ごうとしたためだ。ママチャリ市場は今も日本にしか存在しないのである。


後編へ続く