(2012年2月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第184号より)




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ミャンマーとビルマのあいだ



国際社会で、ミャンマーへの関心が高まっている。一昨年の総選挙を受け、政権側が民主化の方向にかじを切ったとみられているためだ。

クリントン米国務長官の訪問では、ミャンマーとビルマ、どちらの国名が使われるのかが注目を集めた。

米政府は、クーデターで権力を奪取した軍事政権の正当性を認めず、一貫してビルマと呼び続けてきた。一説では、ビルマは多数派の民族を、ミャンマーは土地の名称を指すとされる。

今後は反政府勢力との和解などが課題になるが、彼らの立脚点は、故アウン・サン将軍が取りまとめ、少数民族に独立の権利を認めた1947年のパンロン合意だ。

国名に関しては、反政府勢力の間にも「意味としてはミャンマーの方が適切」との見方がある。

だが、これを公に認めれば、独立の権利がほごにされかねず、独立を果たせば、そこはビルマとは別の国になるとの事情がある。クリントン長官は訪問中、「この国」と呼び続けたという。

(長谷川亮/参照資料:AFP、シャン・ヘラルド)