前編「オランダでたったひとりの日本人ホームレス(前編)」を読む


寒さ厳しいオランダの冬対策




Mさん「オランダ、特にアムステルダムはホームレス対策が行き届いているから、飢え死にもしないし、凍死もしないんだよ。去年の冬はかなり寒かったんだけど、凍死者がでたのは、ホームレス・シェルターに行かなかった2人だけだったんだ。ここスツールンプロジェクトの他にも、アムステルダムには幾つかのホームレス・シェルターや施設があって、DWI *4は、冬のピーク時になると、特別にベッドを多く用意するんだ。DWIは一室につき40人が定員で、基本的には、月に10日間泊まれるんだけど、気温が氷点下0度以下になると、毎日泊まれるんだよ」





ヨーロッパとの強い繋がり




タケトモコ「Mさんは不法滞在だから、オランダ政府から出て行けといわれる可能性が常にありますよね? もしオランダ政府から国外追放を言い渡されたら、どうするんですか?」

Mさん
「そうだな、まあ、とりあえずは、ベルギーあたりに出るだろうな。強制送還だけはどうしても避けたいね。5年はヨーロッパに出入り禁止になるらしいから。ちゃんと調べておかないと」
と、少し険しい表情を見せる。

「日本のことは全く恋しいと思わないね。日本に戻りたいと思ったことは一度もない。理由はわからないけど、魂が日本を拒絶しているんだ。
だから日本食も恋しくなったことは一度もない。好物は今も昔も日本食じゃなくて、フライドチキンだからね」






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Mさん(60歳)




タケトモコ「なぜ、そこまで日本のことが嫌になっちゃったんですか?」


Mさん
「日本は階級社会だから、そういったプレッシャーに絶えられなくなったんだろうな。じいちゃんは 敬虔な仏教徒で信心深い人だったから、子どもの頃からよく仏教の説教を聞かされていたんだけど、仏教の中でも階級があることを知って、死んでからも階級があるなんて思うと、嫌になっちゃったんだよ」



タケトモコ「日本が恋しくなったりしないんですか?」


Mさん
「もう死ぬまで二度と日本に帰ることはないだろうから、ヨーロッパのどこかに骨を埋めることになるんだろうな。どうせあと、数年くらいしか生きられないんだろうと思う。なぜかヨーロッパには子どもの頃から、特別な強い魂の繋がりを感じているんだよ」


「ずいぶん昔の話だけどね、24歳の頃に2年間つきあって、婚約までした女性がいたんだけど、結局うまくいかなかった。彼女の父親は厳しい人で、結婚の決断を早くと迫ってきたんだけど、自分が曖昧な返答しかできなかったんだよ。結局、彼女のために自分の生き方を変えることはできなかった。実はアムステルダムに暮らし始めるまでは、時々夢に彼女が出てきていたんだよ。彼女も自分も当時のままの若さでね」
と、照れ笑い。




アムステルダムのドラッグ事情




Mさん
「オランダは日本や他の国と比べると娯楽が少ないから、どうしてもコーヒーショップ*5に行っちゃうんだろうね。それで大麻なんかのソフト・ドラッグ*6を常用するようになる。でも、ソフト・ドラッグがあるからって、ハード・ドラッグ*6に手を出さないなんてことはないね。ソフトもハードもその気になって手に入れようと思ったら、簡単に手に入るだろうし、いろんなドラッグにはまってる奴らを、パーティでは何回も見かけたことがあるよ」


「アムステルダムは、ドラッグにはまっている奴らや観光客にも、ソフト・ドラッグを法律で認めて、コーヒー・ショップで売ってるし、それが観光業の一環として金儲けになっているんだから、ドラッグにはまったホームレスをケアするのは、ある意味、当然だと思ってるんじゃないかな。たとえば、オランダの政府は、地域別にドラッグにはまったホームレスを専門施設に入所させて、中毒の段階によって完全にドラックから足を洗わせる、社会復帰プログラムがあったりするからね。それにソフト・ドラッグを販売するだけでなく、そういった研究やプログラムの実践にも力を入れてるんだよ」






魂に正直に生きること




スツールンプロジェクトの4月末までの滞在期限を大幅に過ぎてしまい、Mさんは来週までにスツールンプロジェクトを出て行くつもりだと話してくれた。オランダの最高気温はまだ1ケタで、コートが手放せないような気候。例年よりかなり遅い春の兆しが、ようやく見え始めた。Mさんは最近、パーティやフェスティバルなど、週末の人が多い時にだけ、手作りチャイを売って生計にしているそうだ。

「とにかく、自分にとっては、魂に正直に生きることが一番大事なことだから、オランダに来ようと決意したんだ。特にアムステルダムは、その名前の通り、アムステル川をダムでせき止めて、埋め立てをして、オランダ人がオランダ人の手で作り上げた人口の土地なんだ。 だからアムステルダムには、ほとんど自然がない分、人との繋がりがより密になるところなんだと思う。アムステルダムに住むようになってからは、自分の魂に正直に生きているから、後悔はないんだよ。かつて日本に暮らしていた自分もそうだったように、今も日本に住んでいる人たちの大半は、自分を偽り、自分の魂に正直に生きてないでしょ?」


Mさんは泡の消えかけた2杯目のビールを静かに飲み干して、雨の降りしきるアムステルダムの街の喧噪の中へ姿を消した。




タケトモコ
美術家。アムステルダム在住。現地のストリート・マガジン『Z!』誌とともに、”HOMELESSHOME PROJECT”(ホームレスホーム・プロジェクト)を企画するなど、あらゆるマイノリティ問題を軸に、衣食住をテーマにした創作活動を展開している。
ツイッター:@TTAKE_NL
ウェブサイト:http://tomokotake.net/index2.html




注脚:


4. DWI (Dienst Werk en Inkomen )

アムステルダム市の自治体が運営する「雇用・所得センター」。アムステルダム市民の雇用と所得に関する業務に加え、ホームレス状態の人たちの相談、情報の提供、デイサービスやシェルターの紹介も行なっている。




5. コーヒーショップ

オランダには、「コーヒーショップ」と呼ばれるソフト・ドラッグを販売する店が存在する。コーヒーショップとは、日本で言うところのいわゆる「カフェ」ではなく、法律に基づいた量のソフト・ドラッグ(個人使用目的とし、1人にあたり5gまでに限定)の販売が認可されており、コーヒーショップでは、主に大麻(マリファナ)及び大麻加工物(ハシシ)を販売している。
コーヒーショップの店内では、ソフト・ドリンクを注文すると、椅子やソファーでくつろぎながら、店内でソフト・ドラッグの服用ができる。




6.ソフト・ドラッグとハード・ドラッグ

オランダでは大麻(マリファナ)及び大麻加工物(ハシシ)をはじめとする、マジックマッシュルーム、メスカリン、シロシビンなどのソフト・ドラッグと呼ばれる薬物の一定量の所持(個人使用目的とした5グラム以下のソフト・ドラッグ)や使用が、法的に認可されている。

日本とは違い、ハード・ドラッグとソフト・ドラッグが明確に分類されている。オランダでは、この分類が薬物による精神的あるいは肉体的中毒性があるかどうかに基づいて定められおり、そこを二分するライン引きが重要ポイントとなる。

ちなみにオランダで、ハード・ドラックと一般的に定義されている薬物は、ヘロイン、コカイン・メタンフェタミン(覚醒剤)、アンフェタミン、モルヒネ、LSDなど、ケミカル系と呼ばれるもの。








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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。