(2013年4月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第213号、「ノーンギシュの日々--ケニア・マサイマラから」より)






象牙密猟の犠牲になった雄ゾウ、ヘリテージ




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「ヘリテージ」と呼ばれる大きな雄ゾウが、象牙密猟の犠牲になった。ヘリテージのことは2006年の頃からよく知っていた。当時、私は保護区外にあるマサイランドの森のすぐ横に住んでいたからだ。

ヘリテージはよく、うちの庭のフェンスをゆっくり持ち上げて野菜畑に入ってきては、トウモロコシを盗んでいった。私は唐辛子の粉を混ぜたオイルをフェンスに塗ったりして、彼が庭に入ってこないように工夫したのを覚えている。




ゾウは保護区の中だけでは、生きのびていくことができない。サバンナが広がる保護区の中には、木がポツンポツンとしか生えていなくて、大きなゾウたちがお腹いっぱい食べられるほどの植物がないからだ。そのため、大きな雄ゾウの多くが保護区の外にある森に入り、そこで多くの時間を過ごしている。

深い原生林で長年の間、平和な時を過ごしてきたゾウたち。しかし、ゾウたちにとって平和な場所はもうなくなりつつある。優しい雄ゾウ、ヘリテージの死骸は、彼が大好きだった深い緑の森の中で見つかった。




横たわった、山のように大きな彼の身体。機関銃から放たれた銃弾が身体の右側に10個以上埋まっていた。身体の反対側には、あと何発ぐらいの銃弾が埋まっているのかは、わからなかった。

大きくて、とても静かだったヘリテージ。彼の動きを把握するため無線ラジオコラーをつけようとしたことがあり、大きな鼻から息を数えて麻酔のモニタリングをしたのが、彼を見た最後となってしまった。その時、眠っていた彼の滑らかな象牙を撫でたので、私もその大きさと美しさは見ている。でも、それは生きている姿の美しさであり、決して彼の命に代わるものではない。

1頭1頭、大きな象牙を持った雄が殺され、生きのびた雌ゾウたちも子孫が残せなくなって、ゾウはこのままいなくなってしまうのだろうか……。彼らの将来を考えると、心配で眠れない日が続く。




(C) Marc Goss


たきた・あすか
1975年生まれ。NY州のスキッドモア・カレッジで動物学専攻。大学卒業後、就職活動でアフリカ各地を放浪。ナイロビ大学獣医学部に編入、2005年獣医に。現在はケニアでマサイマラ巡回家畜診療プロジェクトなどの活動を行う。ノーンギシュは滝田さんの愛称(マサイ語で牛の好きな女)。著書に『獣の女医 ―サバンナを行く』(産経新聞出版)などがある。
https://www.taelephants.org/