美術家・深堀隆介さん—本物と見まがう立体絵画を描く「金魚絵師」の想い

本物かと見まがうような立体作品を生み出す“金魚絵師”は、誰もが知る小さな魚に、どんな想いを抱いているのだろうか。

樹脂に閉じ込めた金魚が今にも動き出しそうに泳ぐ

(美術家・深堀隆介さん)

自暴自棄になった時、目にとまった赤い金魚

手前:「和金(にきこがね)」、
奥:「月光(げっこう)」 
2009年制作、木桶、超難黄変エポキシ樹脂に着彩

深堀隆介さんは子どもの頃、長崎の祖父が正月に送ってくる「干支を描いた書画」が楽しみで仕方なかった。将来の夢は漫画家になることだった。母が週に1度、会社からどっさり持ち帰る使用済みのコピー用紙の裏に絵を描きまくり、使い切るのが日課となっていた。
大学でデザインを学んだ深堀さんは卒業後、樹脂で遊園地の造形物などをつくるメーカーで2年ほどアルバイトをしたのち、別の会社に就職した。

「そこでは主に、百貨店のショーウインドーを飾るディスプレイをつくりました。昼つくって夜設営するので、毎日寝不足でした。丹精込めてつくったものを『作品として売ってほしい』と言ってくれる人もいましたが、納品した商品なのでそうもいかず、結局廃棄されました」

後世に残るものをつくりたいと思うようになった深堀さんは、26歳で美術家を目指し始めた。「そうはいっても、作風はバラバラ。大きな立体をつくったかと思えば、急に平面作品をつくったりと、僕には自分の作風というものがありませんでした」

焦りは募り、「俺はもうダメかもしれない」と自暴自棄になっていった。

その時ふと目にとまったのが、枕元の水槽で糞にまみれた赤い金魚だった。それは学生の頃、金魚すくいのおじさんが「閉店だから持ってけ」と30匹ほどの金魚をくれた中の1匹だった。次々と死んでいく中で、その1匹だけが7年も生き続け、20センチ以上に成長していた。

「以前、金魚は人がフナを改良し、つくり出したものだと聞いたことがありました。鑑賞用として高く評価されるエリート金魚の裏では、先祖返りしたり、身体の部位が奇形になってしまった金魚がたくさん生まれているという現実に深く興味をいだいたんです」

金魚は、そんな人間の〝美への欲望〟やエゴをすべて包み込み、美しさと妖しさと虚しさを一身に背負って生きている存在なのだという。「この子のもつ多面性を描くことができれば、救われるんじゃないか」との思いが、深堀さんの胸にじわっと湧いてきた。

赤い水彩絵の具を絞り出し、手近にある木片やガラクタに手当たりしだい金魚を描いた。そのうち、頭の中に金魚の大群が浮かんできて、どんどん描けそうな気がした。

一面の和紙にほうきで描く。いつかはロケットにも

「金魚救い」が起きた年、深堀さんは、銀座にある銀行のショーウィンドーをディスプレイするコンペに応募し、見事採用された。猫の身体から抜け出した金魚の大群が、そばに干された洗濯物の間を勢いよく泳ぎ回るさまを表現した作品だった。タオルやTシャツ、そして深堀さんが小学生の頃に実際はいて泳いでいた海パンにまで、大量の金魚が描かれた。

金魚の大群は見る人に強烈なインパクトを与えたようで、何年か経ち、銀座のギャラリー巡りをした時も「金魚見たよ」と声をかけられたそうだ。

深堀さんは複数の金魚を飼ってはいるが、実在する金魚を忠実に模写しているわけではない。描くのは「自分が美しいと思う金魚」だ。だから厳密に見れば、現実にはありえない品種が泳いでいたりもする。しかし、深堀さんにとっては「どの金魚にも個性があり、命が宿っている」のだという。

そのことを最も感じさせてくれるのが、工業製品用の透明な樹脂を使い、升や桶、真っ二つに割れた竹の中で金魚が泳ぐ姿を表現した一連の作品だ。器に流し込んだ樹脂の上に、アクリル絵の具で金魚の一部を描く。その上からさらに厚さ数ミリ程度の樹脂を流し込み、2日以上置いて固まったら、また金魚の一部を描き加える。この工程を何度も繰り返すことで、今にも動き出しそうな立体的な金魚が完成する。

下絵は一切描かない。「この辺にいるなぁ」と金魚のイメージが浮かんできたら、その場所に筆をおろす。中には、糞まで描かれている作品もある。「この子はおなかの調子が悪いので糞は細め」というように、糞にも個性が表れている。

すっかり樹脂作品で知られるようになった深堀さんだが、大作にも意欲を燃やす。昨年8月には、神奈川県の保土ヶ谷公園でライブペインティングを行った。池の端に掲げた和紙のキャンバスに、ほうきで巨大な金魚を描いた。描いているうちに日が暮れて、競演した舞踏家の振り回す炎が、真っ赤な金魚を浮かび上がらせた。

「東京国際フォーラム館内でのライブペインティング風景」 2010年

「いつかロケットにも巨大な金魚を描いてみたい。途中で塗料が溶けて消えてしまうかもしれないけど、宇宙へ飛んでいく姿をぜひ見てみたいですね」
大空に舞う〝深堀金魚〟が見られる日も、そう遠くはないかもしれない。(香月真理子)

深堀 隆介(ふかほり・りゅうすけ)
1973年、愛知県生まれ。95年、愛知県立芸術大学美術学部デザイン専攻学科卒業。99年、退職後、制作活動を始める。第9回岡本太郎現代芸術大賞展2006入選。09年、ドイツ・ミュンヘンにて個展を開く。

(2011年4月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 164号より)