アフリカの魅力に取りつかれ、 獣医になってマサイ族の牛の巡回診療をしながら、 アフリカの野生動物保護を考える、滝田明日香さん。
しなやかでたくましく美しい、「ノーンギシュ(牛の好きな女)」と呼ばれる滝田さんの生き方を紹介しよう。
野生動物保護の鍵を握るのは、地元民・マサイの人々
ひたすらアフリカに住みたかった
野生動物の楽園というイメージが残るアフリカ、ケニア。うら若き女性、滝田明日香さんは現在ケニアのマサイマラに住み、獣医としてマサイ族の家畜である牛などの巡回診療をしている。だが、なぜ、日本人女性が、獣医として、しかもアフリカのケニアまで出かけ、マサイ族の家畜の診察をしているのだろうか?
”なぜ?“ ”どうして?“と、次々に問いが浮かぶ。
滝田さんは、父親の仕事の関係で6歳の頃からシンガポール、フィリピン、アメリカなどの海外で暮らす。アメリカで動物学を専攻するが、アフリカに魅せられ在学中にケニアに留学。その後、紆余曲折を経て獣医になったという異色の経歴の持ち主だ。
「小さい時に、日本の祖父から送られてくるビデオが『わくわく動物ランド』などの動物ものばかりだったのが影響して、昔から野生動物に憧れていました。特に巨大なアフリカ野生動物に憧れていました」と言う滝田さん。アメリカの大学に在学中は、動物学者になって絶滅の危機に瀕する動物を保護する活動をしたいと考えていたが、ケニアの野生動物マネージメント学校への留学で、その考えが一変する。
現地で野生動物保護などの状況を目の当たりにして、野生動物保護がただ環境保護をするかしないかという単純な論理では解決できないことを痛感した。保護区と保護区の周りのエコシステム、そしてそこに住む地域住民たち。すべてが保護策の中で取り入れられていないとどこかで摩擦が起きてしまう。自然と野生動物が種を残していく方法は、ただ一つ。「人間との共存である」との強い想いが、彼女を捉える。
その後、その想いを実現するためにアフリカに住みたい、そんな情熱が滝田さんをひたすら突っ走らせた。大学卒業後、ザンビアの国立公園に職を見つけるもののビザ問題で断念。2000年に、獣医免許を取るために25歳でナイロビ大学獣医学部に編入する。ナイロビ大学での授業は、かつて宗主国だったイギリスのスパルタ教育システムを踏襲する厳しいもので、滝田さんはここで徹底してしごかれた。
「勉強が大変でした。ずっと英語教育で理系の勉強をしていたので、語学の問題はなかったのですが、アメリカの教育制度からイギリスの影響を受けた教育制度に慣れなければいけなかったことが難しかったですね。アメリカの大学ではトップ5%に入る優等生だったのに、ナイロビ大学では赤点ギリギリでパスするのが精一杯なんですもの」
プライベートな時間もないほど猛勉強の末、卒業、05年に念願の獣医になるが、またしても厳しい現実が目の前に立ちふさがる。国立保護区の野生動物にかかわれるのは、ケニア国籍の獣医のみだったのである。だが、サバンナで仕事をしたいという彼女の思いは変わらない。悶々とする滝田さんに、「マサイの家畜診療をやってみる気はないか」という声がかかった。
マサイマラ国立保護区 総面積1672㎢の広大なサバンナ
滝田さんに家畜診療の話を持ちかけたのは、マラコンサーバンシー(非営利組織/マサイマラ国立保護区管理施設)のH氏だった。
ケニア西部に位置するマサイマラ国立保護区は、世界でも有名な動物保護区。総面積1672㎢の広大なサバンナでは、ライオン、チーター、ヒョウ、ゾウ、サイ、ヌー、シマウマ、バッファロー、エランド、トピなどの豊かな動植物を育む生態系が保たれている。隣接するタンザニアのセレンゲティ国立公園とはひと続きの生態帯で、毎年7月から9月にセレンゲティからマサイマラに移動する60万頭のヌーの大移動を見るために観光客が押し寄せる。
滝田さんは、マサイマラのサバンナの魅力を語る。「私はとにかく、サバンナと大空が好きなんです。360度に続く地平線が広がるサバンナ。そして、大きな白い雲が浮かぶ真っ青な大空。そして、その広大な自然の中で、野生動物たちが優雅に生きている。強く、美しく、逞しく、そして、時には残酷に自然のルールに従って生きている。そのすべてが大好きです」
マサイマラ国立保護区の土地は、もともとマサイ族の家畜の放牧地である。「マサイマラ」とはマサイ語で「マサイのまだらな土地」という意味を持ち、広大なサバンナの中に点々とある茂みを見て彼らがつけた名前だ。
マサイ族はこの地で、牛、ヤギ、羊などの家畜とともに、野生動物が生息するサバンナで共存しながら暮らしてきた。現在でも保護区周辺には7000人以上のマサイの人たちが住む。一家族平均100〜500頭の家畜を飼い、彼らが飼う牛の総数(東アフリカ・ゼブー牛)は2万頭以上にもなる。
マサイの人たちは、ナイロビなどで見られる急激に押し寄せる現代社会の変化などにはあまり影響されず、「牛は神様がマサイに授けた貴重な動物」という伝統的な暮らしに誇りを持って暮らしている。牛はマサイの財産であり生活の糧だ。
家畜により多くの牧草を食べさせようとするので、彼らの広大な土地はフェンスで囲まれず、野生動物はサバンナを自由に行き来できる。「そう、このマサイの人たちがいなければ、サバンナと野生動物たちは生きのびてこられなかったのです」と滝田さんは強調する。
<後編へ続く>
(2007年7月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第75号より)