リチャード・ウィルキンソン教授は、深く根付いた社会の格差をあらわにし、より平等な社会であれば人々の暮らし向きがいかに向上するかを示す研究に熱心に取り組んでいる。



その研究結果は、研究仲間であるケイト・ピケットとの共著で出版した著書『平等社会 経済成長に代わる、次の目標(原題:The Spirit Level: Why More Equal Societies Almost Always Do Better)』 のなかで一般の読者にも提示された。「グローバル・ストリートペーパー・サミット2017」での基調講演を終えてからINSPの取材に応じた教授は、深刻さを増す格差問題とこの問題に取り組むストリートペーパー事業についての思いを語った。

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Credit: Big Issue North

日々、社会格差の問題に最前線で取り組む聴衆を前に

本日の聴衆は私にはかなり手ごわい方々です。私は研究者や現実社会と離れたところで活動している人々に向けて話すことが多いのですが、ここにお集まりの皆さまは、これからお話しすることの現実を私よりもよくご存知ですから。
公衆衛生学者として名高く、ベストセラー本『平等社会』の著者でもあるリチャード・ウィルキンソン教授は、世界中のストリートペーパー代表者が大勢詰めかけた会場でのスピーチをこう切り出した。

2009年に出版され異例のヒットを記録した著書のなかでウィルキンソン教授と共著者のケイト・ピケットは、所得格差はいかに社会的要因に深く影響されたものなのかを客観的かつ信頼できる憂慮すべきデータを提示することで論証した。この8年間で、この研究知見をあらゆるコミュニティや聴衆に届けてきた教授は、TEDプレゼンにも出演する一方で、非難の声にも応じてきた。著書がもたらした影響ならびに人気は一向に衰えず、彼の研究から明らかにされた「不都合な真実」の先見性は驚異的だ。



「ストリートペーパー国際会議2017」の最初の基調講演者として登場した教授は、日々、社会格差の問題に最前線で取り組んでいる方々に向けて話すのは恐れ多いことだと認めたが、会場に詰めかけたストリートペーパー代表者の数が彼の人気を物語っていた。講演前のブリッジウォーターホールは興奮に包まれ、講演終了後には著書にサインをもらおうとする人たちもいた。

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Credit: Big Issue North


昼食時にウィルキンソン教授と話ができたのだが、その際に、彼の著書や研究結果が今でもなお人々の意識にあることは必ずしも喜ばしいことではないと言い、その理由を説明してくれた。
残念ながら、本が出版されて以降、論証をさらに裏付ける状況が生まれています。格差問題への関心が高まっているのは良いことですが、当時から正しいと確信できていたということは、今だに問題が改善されず、前向きな取り組みがされていないということですから

国内の社会・健康問題が大きいほど、その社会は格差が大きい

本の中で書いたほとんど全てのことは、今や諸外国の研究者によっても確認されています。『暴力と格差』『社会的流動性の低さと格差』などわれわれが示したさまざまな関係性だけでなく、『経路』と呼んでいる格差と悪い結果をつなぐ社会プロセスもはっきりと見て取れます。本の中で書いた全体構造が正しかったということでしょう。間違っているとするには筋が通り過ぎています。
著書『平等社会』が異例のヒットとなったのは、必ずしも心躍るデータではないものをグラフ・表・傾向線などを用いて視覚的に提示したからだろう。2009年の出版前にはもっと狭い範囲のターゲット読者を想定していたし、出版後は、専門家や“証拠”に対する逆風が巻き起こっている。EU離脱の是非を問い、その結果EU離脱が決定した英国の国民投票に先立ち、保守党議員マイケル・ゴーヴが発した悪名高い言葉も記憶に新しい。「この国の人々はもう“専門家”には飽き飽きしている」

にも関わらずウィルキンソン教授は、学術コミュニティへの無関心は一般大衆全体としてというよりも政治体制のある部分を反映したものだと言う。
右翼はいつだって社会科学を毛嫌いし、証拠や専門家を相手にしたがらない。なぜなら学術研究は、必ずしもではないが、圧倒的に進歩的なため、彼らには風当たりがきついのだ。
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Credit: Lars Aar

人々は、フェイクニュースや政治家がつく嘘の数々にもかかわらず、真実は単に相対的なものでであるから自分たちが信じたいものを信じればよい、いう考えには至っていません。物事にはその証拠があるという考えをまだ持っているので、科学者は政治家より信頼されているのです。
今回の講演では、研究の中でもより衝撃的だった点についてもありのまま取り上げた。格差が大きい国にはその格差から生まれる明らかな社会問題があるとし、殺人率・大量投獄などの大きな問題から不安神経症など個人レベルの問題までを挙げた。研究結果を形式通りに紹介し、テンポ良く論理的に進む彼の講演が至る結論は常に同じ、国内の社会・健康問題が大きい社会は、より格差が大きいというものだ。

至急、タックス・ヘイブンに対する措置を!

一度だけ、冷静な科学的手法から離れて情熱と怒りをこめてこう話した。「何よりも先に、富裕層が自分たちの資産をタックス・ヘイブンに隠し持つことをやめさせることだ!」それまで静かに聴き入っていた聴衆も熱烈な拍手でこれに応えた。教授は私とのインタビューでも再びこの点に触れ、「これは人々が注意を払うべき最も明らかな問題。直ちに何らかの対策を取るべきだ」と語った。

実際の規模が把握できていないので軽く見られていますが、人口の8割が大きな格差を実感する一方で、企業のトップレベルの人たちは億単位の資産を得て税金逃れをしているのです。怒りが湧き起こっています。
ローマ法王、バン・キムン(前国連事務総長)、クリスティーヌ・ラガルド(国際通貨基金専務理事)などの著名人も格差社会に反対する力強い声明を出しました。OECD(経済協力開発機構)はデータを税務当局に提出させるというタックス・ヘイブンに関する措置を開始しました。これが大きな変化を生むかどうかは分かりません。でも、本を書いた時点では「格差」というものの知識も関心も懸念も全くなかったのに、今やメディアでも格差問題が扱われる機会が大幅に増えています。何らかの対策が取られるまで、この問題が消え去ることはないでしょう。

ホームレス問題への言及とストリートペーパー事業への称賛

教授は格差社会の広がりについて数多くの要因に触れたが、ひとつ大事な点を見落としていたことをストリートペーパー代表者からなる聴衆が気付いた。「ホームレス問題についてはどうなのか」と。 教授は決して見落としていたわけではないとことわってから、次のように言った。
ホームレス問題というのはその規模を測るのが非常に難しく、比較できるものがあまりないのです。ホームレスの人たちがいそうな場所を一晩ですべて訪れてホームレス問題の規模を把握しようとしている人たちがいますが、それを国全体で実施したものや、そこからサンプリング方法を編み出し他の国でも展開するなどした正確な数字を見たことがありません。
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Credit: Lars Aar


教授が自身の研究で調査した要因と同じようにホームレス問題を説明できるほど科学的研究が足りていないのかもしれない。だが彼は、いかにホームレス問題を彼の研究結果に組み込めるかをよくご存知だ。
住宅問題が悪化しているのは間違いありません。ホームレス問題はそうした住宅問題の末端で起きるものですし、ご存知のようにその影響を誰よりも受けるのはいつだって最下層に属する人々です。経済苦境に陥っても富裕層はそこから抜け出す方法を見いだせます。失業してもまた他の仕事が、多くの場合これまでより高い給料の仕事を見つけられますから大した問題ではありません。本当に苦しむのは最下層の人々なのです。

教授はまた、格差という誤ちを正すことに貢献するストリートペーパー事業を強く称賛した。
ストリートペーパー事業にはふたつの役割があります。ホームレス問題に対する社会の意識を高めることと雑誌販売者を支援すること。販売の仕事が彼らの自信回復につながることは間違いありません。
でもあなた方は、この問題の構造上の決定要因にも取り組まなければなりません。健康上の格差なりホームレス問題なり何においてもです。そして、それを最終的に解決できるのは政府なのです。境遇は最悪のままなのに、人々がその状況に満足していたとしても、それでは不十分なのです。
教授は長期間かけて実施してきた研究を通じ、格差問題は深刻化しているという確信に至ったが、無力感にとらわれているわけではなく、希望の光も残した。
皆さんは常日頃、人前ではあまり悲観的にならないよう努めていると思いますが、この問題は非常に憂慮すべきことです。でも、この格差が続くことに平気でいる人々に反発する動きは増えています。その動きにしっかり目を配ることが大事です。この問題に対して、私たちがもっと楽観的になれる根拠なのですから。
文:トニー・イングリス
INSP.ngoのご厚意に感謝して

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