超高齢社会化、地方の過疎化が進む日本においては、公共交通機関が運行されなくなるという問題が発生していく。一方、バス、タクシーの運転手は不足しており、全国各地で運転手がいない状況となっている。
公共交通機関のない地域では、地域住民が自分たちで解決することはできるのだろうか。公共交通機関を使わない住民を巻き込み、地域社会を変える視点を考えてみたい。


 *この記事は、地域の課題解決を担う人材を育成することにより地域の魅力を高め、地域の未来を創造していくことをめざした「とよなか地域創生塾」の公開講座の4回目、大阪大学大学院助教の猪井博登さん(交通計画、社会福祉学)による"地域問題の解決には「お金」よりも大切なことがある"の講義をもとにしています。


「運転手の担い手がいなくても、そのうち自動運転の時代が来るからいいんじゃない?」という人もいるだろう。

しかし自動車の自動運転が実用化するのは、2020年代後半と言われているうえ、それも最初は高速道路などの道路の使用状況が限定できるところに限られそうだ。
「今現在困っている人」を10年以上も待たせるわけにはいかない。また、事故が起きたときに誰が責任を持つのかなど、解決されていない問題は多い。
地域に住み続けられる環境を整えるため、住民が移動をどう確保していくかを考えなければならない。

大阪大学大学院助教の猪井博登さん(交通計画、社会福祉学)は、地域の小さな取り組みが、社会を大きく変えることに繋がると話す。猪井さんは、地域の交通問題の解決を目指して活動するなかで、インドの経済学者、アマルティア・センの考え方が、地域問題を考える際にも有効であることに気付いたという。

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“欠けている生き方”に注目して福祉を考える

福祉とは「困っている人に対して、手助けをすること」。
だが、どんな人が「困っている」のかは必ずしも明確ではない。猪井さんによれば、アマルティア・センの提案は"「生き方の幅」で評価すること”だという。

“生き方の幅とは、その生き方の“可能性の広がり”のこと。人間が生きる営みには、状態や行動などの要素があり、その一つひとつを「ファンクショニング」を呼びます。人は様々なファンクショニングを組み合わせて、ある1つの生き方をしています。

例えば、サラリーマンであれば、「事務作業をする」能力が必要となるでしょう。また、事務作業だけではなく、例えば、栄養をとって次の日に備えるため、「食べ物を買う店がある」「お金がある」という能力や状態が必要となるでしょう。これらのファンクショニングを組み合わせて生きています。その広がり(や多様性)が「生き方の幅」ということになります。
そして、本来、必要なファンクショニングがそろっていれば、サラリーマンだけではなく、主夫や映画監督という生き方をすることも可能なはずなんです(図1)。”

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社会福祉を考えるとき、「人には『今選択している生き方』だけではなく、(その人が選ばなかったとしても、)本当は他にも色々な生き方の選択肢がある」と考えることが大事であると、猪井さんは言う。本来、その人ができる生き方の選択肢の広がり、つまり「生き方の幅」の広がりがあるかどうかで「困っている状態」があるかどうかを評価することが必要だという。
しかし「生き方の幅」を考えるには、単に相手の要望を聞くだけでは不十分だ。

人は非常に繊細な生き物で、<選択できない選択肢の存在>を考えることに非常にストレスを感じます。「自分にはできない生き方がある」と考えてストレスを感じてしまわないように、「そんな生き方なんて元々無かったのだ」と思ってしまうことが多い。ですから、相手に「どうしてほしいか」という意見を聞くだけでは駄目で、周りにいる者が「こういう生き方もあるよね」と可能性を伝えて、一緒に考えていくべきです。
一緒に考えていくというのは、困っている人に対して個別に対応するだけでなく、「やろうと思ってもできない」、「能力がないからできない」、「資格がないからできない」、「状態にないからできない」という、“「欠けている・欠けざるを得なかった」生き方を発見して、補う「仕組み」を作っていくことだ、と猪井さんは言う。

議論を通じた住民自身の「選択」と「プロセス」の積み重ねが強い地域を育てる

地域問題を解決する上で、地域の住民同士が討議することが重要だと、猪井さんは強調する。学者や専門家だけで決めるのではなく、住民自身が議論して決めることに価値があるのだという。

猪井さんによると、センは「非帰結主義」と「行為主体的自由」という概念で、この問題を論じている。「非帰結主義」は結果だけでなく、結果までの過程を重視する考え方だ。結果のよしあしではなく、議論した過程が重要だとする。

そして、「行為主体的自由」は、自分で物事を決めることが大事だという考え方である。他人ではなく、自分が物事を「選択」する事に、価値がある。ここでいう「選択」とは、「自分の置かれた環境を自分の力で変えられるという認識を持つこと」(猪井さん)。

「選択」が力を発揮するのは、何も人間に限らない。コロンビア大学のシーナ・アイエンガーは著書「選択の科学」(文春文庫)の中で、選択によって、ラットは持っている力を引き出せたと指摘している。
脱出を経験したラットと、経験していないラットを同じような水の中に入れて、どちらが長い距離を泳ぐのか、という実験をしています。脱出した経験のあるラットは、経験のないラットよりも長い距離を泳いだと言われています。脱出を経験していないラットは溺れるほかないのに、脱出した経験があるラットは(実際に脱出できるかは別にして、)生きられる選択ができるということが長く泳ぐことを可能にしていると言うことです。
選択できることは、生物を強くするのだと、猪井さんは言う。 animal-1239127_960_720
© pixabay
同じように人間も、人間社会も選択できることが自身を強くすると思うのです。“専門家が「こうすべきだ」というのは、良い解決策が出るかもしれません。議論して、合意を作り上げることは、人がどう考えているかを話し合ったり、利害関係を調整したりという、しんどい作業です。「目の前の問題を解決するのに、何でこんなしんどいことしなきゃあかんねん」と思うかもしれない。けれども、「住民同士で議論した経験」は地域や住民自身を強くし、それが将来的に生きてくる。
しかし、どんな時でも議論が優先されるわけでない。本当に苦しい状況にいる人たちは、視野が限られてしまい、議論する余裕はない。そのため、まず「応急処置」として、その人を議論できる状態まで引き上げたうえで、「体質改善」として住民参加してもらうべきだという。

問題解決には共感が大事。皆が「嫌だ」という状況は合意が成り立ちやすい。

地域住民同士で話し合おうと思っても、合意形成は非常に難しい。そこで、「共感」を形成することが重要だ。猪井さんによれば、センはそれを「共通悪」と呼ぶ。共通悪とは、みんなが嫌がる状況の事だ。「この状況だけはかわいそうだ」「自分でもそれだけは嫌だ」という状況についてなら、合意が成り立ち得るという。

猪井さんは、交通手段の空白地帯になっている地域に、バスを運行する活動を支援してきた。その時にもっとも住民の共感を呼んだのは、ある高齢女性の話だという。女性は年金をもらって1人で暮らしていた。この地域には、バスは運行されておらず、町まで往復1万円をタクシー代に使っていたという。

1万円もタクシーにかかってしまうので、日々の買物のためだけに町まで行くわけに行かない。ちょうど月2回病院に行くので、このとき、通院のついでに雑貨店に行って、カップラーメンを箱買いしてきて、毎日1個ずつ食べていたのです。
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©photo-ac

店が無く、バスも通っていないために、高齢女性が辛い思いをしていた。そのことについて、地域の住民に「それはかわいそうだ、おばあさんのこと、なんとかしたい」と思ってもらえたという。地域住民の多くは自動車で外出できるため、高齢の女性がつらい思いをしていることに想像が及ばなかったようです。「地域問題は、共感を呼び起こすことができないと、解決できない。無関心こそが問題なのかもしれない。」と猪井さんは話す。

一方、住民が議論することは、無駄を省くことにも繋がる。昔のバスは、通勤のために使えることが主な必要で、住宅地と駅をどう効率的に結ぶかを考えなければならなかった。今必要とされるのは病院やスーパーに行くバスだ。だが、外部の人間は、どこの病院を結べば便利なのかわからない。ニーズをよく知った住民が議論することで、合意形成ができ、「誰も利用しない路線」のような無駄が減るという。

ただし、「地域の人が考えることが大事だ、と言って、すべてを放り投げるのも正しくない」。選択することは重要だが、選択肢が多すぎると、人は疲れてしまう、と猪井さんは指摘する。
専門家の関わり方として、何を議論できるか選択肢をわかりやすくし、今議論しなければならないことのおすすめを示すことが必要と思います。さらに、無関心を防ぐため、多くの人に知ってもらうように取り組むこと、さらに、共感を呼ぶためには、正確な数字だけではなく、ウェットな話も組み合わせないと、地域問題を解決、合意はできないと思っています。


「ニッチ」から始め、たくさんの「ニッチ事例」をつくる「戦略的ニッチアプローチ」

猪井さんは、兵庫県西宮の生瀬で、数年前からバス「ぐるっと生瀬」を走らせる取り組みをしているが、活動に関わる中で、住民の力に驚かされたという。
最初は交通問題を解決する活動だったのですが、その過程でゆるキャラを募集しました。「キャラクターを作って終わるんかなあ」と思っていたら、着ぐるみを作った経験がある人がいて、「発泡スチロール削って作ったんやぁ」と着ぐるみまで作ってしまいました。このゆるキャラは皆さんに受け入れられていき、月1回のバス運行の会は、殆どその、「ぐるっとちゃん」の活動報告の会になりつつあったりと、交通問題を起点に地域活動が発展していったんです。

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(「ぐるっと生瀬」マスコットキャラクター ぐるっとちゃんの着ぐるみ制作過程:Faccebookページより)

この「ぐるっとちゃん」のような、一見、交通と直接関係のない活動こそが重要だと猪井さんは言う。

地域にはいろいろな人がいます。人と議論するのがお得意な人、裁縫が得意な人、多くの人に参加して、関心を持ってもらうと参加してもらう形がいろいろあった方が、参加してもらいやすくなります。また、小さな単位で試しにやってみる事も大事です。期間や対象などを限定したこの小さな単位をニッチと言います。たくさんのニッチでの試し、つまり、色々な人が色々な事をやる環境を作っていく。「やっていこうよ」と、地域の雰囲気を作っていく事に当たると思います。また、生じた課題や成果を皆で共有して、「こんなことやって、うまくいった」という話を共有すると、それぞれの取り組みが改善していく。その結果、「あれがうまくいくんだな」という理解が広まり、一定の方向性を持ち始めて、最終的に支配的なデザインつまり「上手くいく方法」が見つかる。


小さな範囲で問題を解決することでが、より大きな社会問題の解決に繋がる。猪井さんによると、これは「戦略的ニッチアプローチ」という考え方だ。

ニッチの範囲なら、関係者が少ないので合意も比較的に簡単だ。ニッチをたくさん発生させ、それぞれの中で社会問題を解決する。事例が共有されると、次第にニッチな活動は一定の方向性を持つようになり、社会の枠組みを変えていくという。

実際に、「ぐるっと生瀬」では、住民がバスの利用状況が分かるWebサイトを作ったり、絵のうまい人が地域報を作ったりと、様々な自主的活動が生まれていっているという。

このように、例えば「交通」のような1つの地域問題から始めるにしても、それだけを切り出して議論するのではなく、他の問題も一緒に議論するべきだと、猪井さんは言う。多様な活動を促し、それぞれの活動を繋げていくことで、地域は活性化していくからだ。

実験の期間や、住民の負担を限定して、わざとニッチを作ることも有効だという。最初から完璧なしくみを作るのは難しく、実際に物を見ないと、住民もイメージができない。そのため、実際にやってみることで、負担することの練習や、メリットを実感できる。

「1週間だけやってみよう」と。運営がうまくいかなくても、「この金額以上かかる場合は、研究費として私たち(大学)が負担します。」と言いました。地域問題を解決する時は、最初調査して、実際にやってみるという流れなのですが、この取り組みでは、最初は「大学に付き合ってください」というスタンスでやってみて、そのあと皆さんの意見を聞くという方法でやっています。それは、少しずつ大きくすることで、地域で合意をすることの実地研修をしているのです。
事前に実験をすることは、地域活動のPDCA(計画、実行、評価、改善を行う事)のためだけでない。社会実験のたびに、住民に「続けますか?」と問いかけるような方法を取ることで、住民は生活がどう変わるかを経験でき、合意形成に役立ったという。また、行政や議員への説得にもなった。
実は行政の中で「住民だけに任せたって、無理や」という意見があったそうです。ですから、社会実験が「できたやん」「できるやん」という事を見せることが、役に立つのです。
私たちが人を救おうとするときに、「自分の力は限られている。範囲が限られている。たいしたことが無い」と思うかもしれません。しかし、その取り組みで、どのような人が困り事がなくなったのかを共感し、地域の人と共有し、小さくても良いのでまた別の新たな取り組みを次々と一緒に考えるようになると地域がかわります。地域がかわると社会が変わりますと猪井さんは言う。「最初の取り組みが小さかったとしても、少しずつ広げていけばいい。そのことによって社会が大きく変わる」。

バス「ぐるっと生瀬」の乗り口の手すりは、乗務員が自発的に付けたものだという。
乗り降りしているときに、身をかがめているおばあさんもいて「しんどいやろうから、これ付けた方がええ」ということで、ホームセンターで材料を買って、設置しています。
地元の小さな気遣いで走るこのバスは、走り始めてから2年で累計乗客数が4万人を超えた。


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  http://toyonaka-souseijuku.org/ 


記事作成協力:佐藤遼太郎

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